保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]

「信じて待つ」〜造形あそびとこどもたち Vol.12〜

矢生秀仁
掲載日:2024/03/08
「信じて待つ」〜造形あそびとこどもたち Vol.12〜

一年間にわたってお送りしてきました、造形遊びにみるこどもたちの姿と保育。 とうとう今回が、最終回となりました。 最終回も皆さんと造形活動の場面から保育について一緒に考えていければと思います。

2023年度からスタートした、連載コラム「造形あそびとこどもたち」。
造形の時間を通して出会った子どもたちの姿から、その奥にある子どもの世界を覗いていきます。

今回出会ったのは…


信じて待つ

僕がある保育園の3、4、5歳クラスで毎月一回の造形活動を担当していた時のことです。

3歳クラスで出会ったちーちゃんは、造形活動には、まったく参加しない子でした。

活動が始まると、ちーちゃんは自分の好きな遊びをはじめます。そして時々、僕のところにきては、遊んでいるものを見せてくれたり、おしゃべりしにきたりしますが、造形活動には参加しませんでした。

そんなちーちゃんへ毎回一度は「今日はこんなもの作って遊ぼうと思うんだ。ちーちゃんもいっしょにやってみる?」と誘いますが、「いい。」「やんない。」というこたえが返ってくると、「そっか。」と言って、そのあと何度も誘うことはしませんでした。
そのかわりに、ちーちゃんの遊びの話を聞いたりおしゃべりをしたりして、仲良くなる、もっといえば、「信頼関係を築いていく」ということは意識して関わるようにしていました。

第5回のコラムで「やらない子」について書きましたが、「やらない」といってもいろいろとあります。
「方法がわからないからやらない」という子は、一緒にやってみようと誘うと作りはじめたり、「つまらなそうだからやらない」という子は、他の子の作品がだんだん完成して、遊びがはじまると「やっぱりやる!」といってはじめることが多くあります。
ですが、ちーちゃんには、そうした様子は見られませんでした。きっとちーちゃんの中には様々な想いがあって、「やらない」という判断をしているのだろう、と僕は思いました。

そこで、担任の先生とは、「ちーちゃんはきっと理由があって、自分でやらないと決めているのだと思うから、ちょっとじっくり待ってみましょう。その分、やってもやらなくても、うまくてもへたでも、そんなこと気にしなくていいんだ。っていう安心の雰囲気づくりを心がけていきましょう。」と、そんな話をしました。
また、「もし、僕たちが待ち続けて、ちーちゃんが自分で一歩を踏み出せたら、それはものすごい瞬間に立ち合えたってことだから。それを楽しみに、信じて待ってみましょう。」とも話しました。

そうして、待ち続けること、一年と七ヶ月。
4歳クラスの10月にちーちゃんは、はじめて造形活動に参加しました。

その時の嬉しさと言ったら。今でもよく覚えています。担任の先生とも、「ちーちゃん、作ってましたね。」と喜び合いました。それからは、今までの姿が嘘のように、ちーちゃんは夢中になって造形活動を楽しみ、卒園していきました。


ちーちゃんとの三年間を通して、僕は、目の前のこどもの成長を信じて待つという時間は、ほんの一時間とか、一日とか、一ヶ月とか、そういう短いスパンだけではなくて、一年、二年、さらには十年、二十年とそれくらい長いものなのかもしれないなということを教えてもらったように思います。

ちーちゃんについては、もう一つ、印象深い出来事がありました。

卒園前、ちょうど今の時期の最後の造形活動でのことです。活動が終わり、片付けをしながら「今日で最後だねえ。みんな小学校行っても元気でねー。」などと話をしていると、 突然ちーちゃんが、
「わたしさ、さいしょはさ、 このじかん すっごく やだったんだよ。だけど、ずっとたっていったら、どんどんたのしくなってきて、いまは だいすきになったよ。」
と、自分を振り返りはじめました。

「そっか、それは嬉しいな。」と言うと、「ひでちゃん、ありがとう。」とちーちゃんは僕にお礼を言いました。 僕も「こちらこそだよ。ありがとう。」と言いました。すると、ちーちゃんは、「あ、こわれちゃった。」と言って、そのまま作品の修理をしに道具コーナーへはしっていってしまいました。

僕は、その言葉をきいて嬉しい気持ちにもなりましたが、それ以上に、ちーちゃんがなぜ参加をしなかったかが分かったような気がしました。 

ちーちゃんは、大人のことを本当によく見ていたんだと思います。
大人が自分をどんなふうに思うか。失敗したら嫌われちゃわないかなとか。うまくできなきゃダメかなとか。きっと大人の評価に敏感になっていたのだと思います。そして、大人をよくみているからこそ、やらなかった自分を振り返り「ありがとう」と言ったのかもしれないなと思いました。

もちろん、それは、ちーちゃんの素直な気持ちですし、それを「ありがとう」と言えることはとても素敵なことだと思います。僕も嬉しかったし、ちーちゃんに感謝しかありません。だけど、実は、僕はあの時「ありがとう」と返事をしてしまったことを、後悔もしています。
なぜなら、僕が「してあげたこと」は、なにもないからです。

ちーちゃんが少しでも参加したくなるように、色々な見本を作ってみたり、安心してもらえるようにおしゃべりをしたり、そういうことはたくさんしてきましたが、それはちーちゃんのために「してあげた」のではありません。
ただただ、ちーちゃんの育ちと充実を願って、その環境づくりをサポートしただけです。それは、してあげることではなく、こどもに対する大人の役目だと思っています。だからお礼はいらないのです。

誰かがしてくれたことに「ありがとう」と伝えることは、もちろん大切なことで、こどもたちがそれを家族に、友達に、先生に言えることは素敵な育ちの姿だと思います。だけど、卒園するときには、「先生、今までありがとう!」なんて言わなくてもいいよ。それよりも、明日の自分に期待して、そのワクワクで胸がいっぱいになって「先生、ばいばいー!」とカラッと巣立っていってほしい。僕は、そう思っています。

こどもの育ちに関わっていると、目の前の行動や結果でついつい焦ってしまいますよね。
そこをどっしりとふんばって。こどもの育ちを本当の意味で信じて、受け止めていく。
そんな保育が現場にもっともっと広がっていったらいいなと思います。

このコラムが、少しでも、現場の先生たちのふんばりを支える何かになれていたら嬉しいです。

一年間お読みいただきどうもありがとうございました。 

明日からもこどもたちと楽しい保育となりますように。

このコラムの連載

「いいこと思いついた!」〜造形あそびとこどもたち Vol.1〜

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子どもたちが、お絵描きや工作の遊びに夢中になっている中で、よく聞こえてくる素敵なセリフがあります。
それは、「いいこと思いついた」です。

自分のひらめきに心が躍り「あ!いいこと思いついたー!」
と喜びの声をあげる子もいれば、嬉しい気持ちがこぼれるようにぼそっと「いいこと思いついちゃった。」とつぶやく子もいます。

「材料をとりにいく背中」〜造形あそびとこどもたち Vol.2〜

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こどもたちが造形活動をしている時に注目している姿の一つが、「材料を取りにいく背中」です。

僕の造形活動では、毎回、部屋の一箇所に材料コーナーを設置するようにしています。
こどもたちは、各自そこから使う材料を持っていき、作っているうちに材料が足りなくなったらその都度取りに行くという形です。

この材料を取りに行く時のこどもたちの姿がなんとも素敵なんです。

「造形活動後のこどもたち」〜造形あそびとこどもたち Vol.3〜

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造形活動では、こどもたちの作品の魅力はもちろんですが、形に残らない想いの魅力もたくさんあると思っています。
そこで、今回皆さんに紹介したい視点は、「活動後のこどもたちの姿」です。

「テーマと違うものを作るこども」〜造形あそびとこどもたち Vol.4〜

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「真似をする子」〜造形あそびとこどもたち Vol.6〜

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「終わりにするのがはやい子」〜造形あそびとこどもたち Vol.7〜

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今回注目するのは「終わりにするのがはやい子」です。

「ふざける子」〜造形あそびとこどもたち Vol.8〜

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今回、皆さんと一緒に考えたいのは「ふざける子」についてです。

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今回注目したいのは、子どもたちの想像力の「深さ」です。

「くやしさや葛藤」〜造形あそびとこどもたち Vol.10〜

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今月も皆さんと一緒に造形活動の子どもたちの姿から、保育について考えていければと思います。 
今回は、こども園の5歳クラスでの実践場面から。

「乱暴な行動と本心」〜造形あそびとこどもたち Vol.11〜

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今月も造形活動のこどもたちの姿から、皆さんといっしょに保育について考えていきたいと思います。
今回注目する姿は、 周りの友達や保育者に攻撃的なふるまいをする子について。