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「座っているふりができる子にしたいですか?」柴田愛子さんと山内小学校校長 佐藤正淳さんと考える、学校へ行く意味。〈後編〉

三輪ひかり
掲載日:2024/02/22
「座っているふりができる子にしたいですか?」柴田愛子さんと山内小学校校長 佐藤正淳さんと考える、学校へ行く意味。〈後編〉

りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする連載「井戸端aiko」。
第六回目のおしゃべりのお相手は、神奈川県横浜市にある山内小学校で校長を務める、佐藤正淳先生。

前編では、愛子さんの子ども時代や佐藤校長先生の実践の話から、子どもに携わる大人の在り方や学校という場の持つ可能性について話が広がっていきました。
後編は「そもそも学校って何する場所?」という愛子さんの質問から、さらにおふたりの子どもへの眼差しと在り方が見えてきます。


学校は何のために行くの?何するところ?

愛子さん
そもそも学校は何をするところなんでしょうね。「学ぶところ」と言えればまだいいほうと感じてしまう子どもや親の姿が多くなっていません?特に受験のシーズンは体調管理から休む人もいると聞きます。

佐藤校長先生
山内小学校は、中学で私立に行く子の割合って3割ぐらいなんです。それはこのあたりだと少ないほうで、着任した際に驚きました。というのも、僕が初任で配属された学校は、2月1日は教室に5人ぐらいしかいないのが毎年の風景でしたから。7割8割の子が受験をします、というような学校だったんです。

その頃から今の僕の考え方に繋がってる話をさせていただくと、受験のために塾へ行っているような子たちは、6年生の秋頃には授業中に寝ている子が多いんですよ。こんなの2、3年前には勉強しているし、塾でもっと難しい勉強しているし、この授業は受験には関係ないでしょって言うんです。それで僕は思うわけです、「教科書で教えていることがこの子たちにとってどんな意味があるんだろう。公立学校って何のためにあるんだろう」と。

そこから、教科書通りにやるのではなくて、今の子どもたちの興味関心はどこにあるのかということをまず考えて、「うわっ、おもしろい!」と言わせてやるぞ、みたいな、そこで勝負するような授業をしたいと思うようになりました。もちろん学校は勉強の基礎や基本を教える場であるということは大前提なんですけど、キラキラワクワクするような、子どもが発見して喜ぶような活動や授業をつくることを意識するようになりました。

佐藤校長先生
あと、コロナを経験して、改めて学校って何だろうって考えた人って多いと思うんです。それこそあの頃はオンラインで授業もやったりしていたので、「授業を教えるのが上手な人がいて、その動画で学べばそれでいいんじゃない。学校に行かなくても別に学べるよ」みたいな事を、笑い話としてですけれど、言う人もいたりしました。

愛子さん
でも、そうじゃないのよね。いわゆる知識的なことを学ぶんだったらそれでもいいのかもしれないけれど、学校である意味はそこじゃなくて「群れ」の中で生活すること、学びあうところにあるはず。

佐藤校長先生
その通りだと思います。学校の、特に公立学校があることの意義は、多様であるということです。いろんな子がいる中で、時にケンカして、泣いて、どうしようかなってうじうじしながらも、誰かに何かを言われてニコって笑って、よし次にいこうって気持ちを切り替える。いわゆるレジリエンス、1回へこんでも起き上がれるような力を身につけられるのが、学校だと思います。

愛子さん
義務教育っていうのは、子どもに義務があるわけじゃなくて、大人に義務があるわけですよね。不登校ゼロを目指すとか、文科省がいつか言っていたような気がするんですけれど、そういうことじゃないとやっぱり私は思うわね。


成果が評価につながる学校と、不安な気持ち。

愛子さん
今、子どもに限らず人間全体が、わからないこと、不安なことには手をつけないという人種になってきているなと感じるんです。先が見えないことには踏み出さない、不安がいつまでも安心にならない。それこそ石橋を叩いて渡らないんですよ。叩いちゃったら、もう不安で渡れない。
子育てに関しても、わからないことや不安なことがあるとまず専門家やネットに聞くという人が増えているように感じるの。子どもが減ったこともあって、親御さんも丁寧に育てているからなおさら失敗が怖いというのもあるのかもしれないけれど、そこに答えがあると思っているのね。子どものほうを見ていない気がする。

愛子さん
あと、冒険という言葉も死語になっている気がするんです。わけがわからないからワクワクする、知らないからやってみたいという気持ちやチャレンジする精神が萎えていると思いません?

佐藤校長先生
思いますね。子どもだけじゃなくて、やっぱり先生たちを見ていてもそうだと感じます。それってやっぱり原点に戻って、「どんな経験をしたら、わからないことや不安と感じるものに前向きになれるんだろうか?」ということを、みんなで議論していく必要があるだろうなと思います。

愛子さん
子どもたちをワクワクさせることができるかというと、幼児の場合はしやすいんですよ。大人の声かけが真っ直ぐ届くし、エルマーの冒険なんか読むとすぐに「よし、冒険にでかけよう!」となる。でも学校って、勉強して努力して成績が出るじゃないですか。なんでも、成果が評価に繋がっていく。
だから未だに、うちみたいな自由な保育をしていると、「小学校に入って、座っていられますか?大丈夫なんですか?」と聞いてくる人もいたりします。そういう時私は、「座ってるふりができる子にしたいですか?」と言ってしまうんだけれど。今はもう、地球規模でも規格内で収めて評価してもらうという社会じゃないと思うんです。だけど、その古い体質がまだまだ多くの人や教育に染みついていますよね。

佐藤校長先生
学校の教育システムはコロナ以降タブレットを使うようになって、今が大事な転換期だと感じています。それ以前は、基本的にずっと変わってこなかったんです。僕が小・中学生の時に受けていたような、先生が黒板に書いたものをおとなしくノートにとるような、言葉を選ばずにいうと、子どもが大人に付き合ってあげているような授業ってまだまだある。そういう考え方や在り方の選択肢の少ない授業や学校は、今の子どもたち、社会の状況とはもう合わなくなってきているはずなのに。

あなたはあなたのままで素晴らしい。

愛子さん
あと、空気を読んでしか喋れなくなっていくわよね。幼児は、自分の本音を簡単に出すけれど、小学校に行くとどんどん本音が言えなくなっていく。いわゆる無難な教育の中で、遊んできていない、自己主張を思いっきりしてきていない、チャレンジをしてきていないという積み重ねが、そういう姿を生み出しているんじゃないかなと思います。

佐藤校長先生
正直、国の教育を変えるとなると100年はかかるなと思います。チャレンジするのが怖い、自分の気持ちを言えないという子どもたちを変えていく近道もない。でも、あなたの存在そのものが意義深く価値深いんだよっていうことを、絶えず子どもに返してあげることが大事なんじゃないかなと思うんです。

愛子さん
りんごの木に「とことん週間」というのがあってね、自分のやりたいことを1週間とことんやり続ける週があるんです。その、とことん自分がやりたいものを選ぶときに、自分ができないことから選ぶ子と得意なことから選ぶ子といるんだけど、たいちゃんという子は登れないから崖登りを選んだの。
12、3人ぐらいのグループで近くの公園の崖を登るんですけど、たいちゃんは一番難しいコースの途中で止まっちゃったの。下にいる保育者が「大丈夫。落ちてもいいよ。支えてあげるから」って言ったらね、たいちゃんは「おおきくなりたいんだ」って言ったんだって。そのまま30分近くもじっとして、そのうち木の根っこを見つけて掴んで、とうとう上まで登って、そしてなんて言ったと思います?みんなの方を振り返って、「おおきくなった!」って言ったんです。

私はその話を聞いた時に、これだと思ったの。こんなふうに子どもが持っている力って、本来すごいエネルギーがあるのよね。

佐藤校長先生
先ほど一緒に見ていただいた墨の絵の作品も、子ども達は自分で描けただけでも満足かもしれないけれど、「わあ、素敵だな」って私たちを感動させてくれました。子どもの存在そのものに、ものすごく勇気をもらうんですよね。

佐藤校長先生
山内小学校は「あったかハート」というキャッチフレーズを、21年前から使っているんですよ。あったかハートってすごくいいなと思う一つが、定義がないというところなんです。あったかハートとは、1〜〜、2〜〜、3〜〜というふうに定義付けした瞬間に、そうせねばならぬ、そうじゃないものは違うんだっていうふうになっちゃうじゃないですか。

この前3年生の教室へ行った時にも、「クラスをよりあったかハートなクラスにするにはどうしたらいいだろう?」とグループに分かれて議論していたんですけど、その中で「aさんとbさんがあったかハートだと思う場面が違う」ということが起きていたんです。でも、あったかハートってこうであるべきという定義がないので、その場その時によっても変わるし、その人が「あったかだ」と思ったらそれがあったかになるから、それぞれが思うあったかを大事にしようと。すごくいいなと思いました。

6年生も、毎日帰りの会で「今日のあったかハート」を発表して付箋に書いて教室に貼っているんですけど、そこで発表されるものも本当に千差万別です。そんなふうに、あったかハートはそれでいいんだという考え方が学校の中に一本しっかりと通っているなと思うし、それはとても大事なことだと思っています。

愛子さん
声をかけてほしい子もいれば、声をかけない方がいい子もいますし、いわゆるルールや定義とかになった途端に、気持ちが伝わらなくなってくると私も思います。

佐藤校長先生
校則もそうだなと思うんです。山内小にも、校則というかルールが色々あるんですけど、「そもそもそのルールって必要?」と思うものもあるんです。小さなことですが、例えば、体育の時間は寒い日でも長いズボンは認めないというものが元々ありました。でも、長いズボンをOKにすることで困ることなんかないよねと話をして、そのルールはなくしました。

愛子さん
りんごの木を卒業した子どもでも、「体操服ってなんで着替えなくちゃいけないんだと思う?」とか「誰が1年1組って決めたの?」とか「学校ってチャイムがなると、今までのことはなかったことになるんだよ」と言う子がいました。他にもね、「図工の授業で絵を描いていて、描き終わっても座ってないといけないの」と言う子がいたり、「遊びと学びはどう違うんだ」ということを言ったりして、子どもはなかなか冴えてるなと思いました。だから、「本当にこれ必要?」って言える人はね、やっぱり学校にいなくちゃいけないわね。

佐藤校長先生
本質を見極めたり、本当にそうか?といい意味で疑ってかかるのはすごく大事なことですよね。

あと僕は、同調圧力だとか右にならえとかって嫌いとは言いませんよ、否定はしない。でも、それがその子の全てには絶対になってほしくないんですよね。自分の「好き」や「こう思う」をもっと大事にしていいし主張していい。その上で、対話をすればいいんです。

学校は多様性があり、一人ひとりの出っこみ引っこみはこんなにある。でもね、それを尊重した上で合わせてごらんって。その出っこみ引っこみはパズルのようになって、みんなででっかい絵が描けるんです。

佐藤正淳さん

1967年生まれ、56歳。福島県出身。文教大学教育学部卒。
1989年、横浜市立あざみ野第二小学校で教員人生をスタート。
西前小学校では個別支援学級担任を5年間務める。ルーマニアブカレスト日本人学校を経て、白幡小学校で副校長などして地域や企業と連携した先進的な取組を牽引。
2013年、横浜市教育委員会事務局教育課程推進課指導主事として「横浜教育ビジョン2030」の策定や働き方改革を推進。2017~18年には文部科学省の業務改善アドバイザーとして全国各地に出向き、働き方改革に係る講演等を行う。2019年より現職。

神奈川県横浜市立山内小学校:
今年創立150周年を迎えた公立小学校。
「あったかハート」という学校テーマと「誰一人取り残さない学校」という教育目標を掲げ、学校内だけでなく地域や地元企業と連携した共育・共創の教育活動を実践している。

山内小学校の取り組みの参考記事はこちら

柴田愛子さん

1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。
著書
「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、「それってホントに子どものため?」チャイルド本社、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」その他多数。

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撮影:雨宮 みなみ

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盛り上がったおしゃべりの中で、泣く泣く本編からはカットした「愛子さんと佐藤校長先生のこぼれ話」を、番外編としてお届けしたいと思います。