「白と黒の間にはカラフルゾーンがある」山内小学校の実践から見る、小学校の今と教育の可能性。ー 柴田愛子さん×山内小学校校長 佐藤正淳さん〈前編〉
第六回目のおしゃべりのお相手は、神奈川県横浜市にある山内小学校で校長を務める、佐藤正淳先生。ほいくる編集長の雨宮から、おもしろい取り組みをしている山内小学校の校長先生とお繋ぎしたい、と提案させてもらい、佐藤校長先生との対談が決まりました。
子どもの淵には、いろんな人がいます。
今回、雨宮さんから「横浜市でおもしろい取り組みをしている校長先生がいるから会いませんか?」とお誘いいただきました。
りんごの木は横浜市にあります。子どもたちが進学した先で、結構苦労していたりします。近くに、そんな方がいるなんて知りませんでした。「会ってくださるなら、行きましょう!」と即答です。かすかな光を求めて伺うと、校長先生自ら駐車場の門を開け招き入れてくださいました。
今回の対談場所は山内小学校。対談をはじめる前に、佐藤校長先生が学校案内をしてくださいました。
各学年の授業の様子や、不登校の子どもが学校の中で安心して過ごせる居場所として設置した校内フリースクール「あったかハートルーム」、苦手分野やつまずいている単元をゆっくり学習するための取り出し授業を行う「キラキラルーム」を見学させてもらってから、井戸端aikoのスタートです。
「井戸端aiko」おしゃべりのお相手は…
佐藤 正淳さん
1967年生まれ、56歳。福島県出身。文教大学教育学部卒。
1989年、横浜市立あざみ野第二小学校で教員人生をスタート。
西前小学校では個別支援学級担任を5年間務める。ルーマニアブカレスト日本人学校を経て、白幡小学校で副校長などして地域や企業と連携した先進的な取組を牽引。
2013年、横浜市教育委員会事務局教育課程推進課指導主事として「横浜教育ビジョン2030」の策定や働き方改革を推進。2017~18年には文部科学省の業務改善アドバイザーとして全国各地に出向き、働き方改革に係る講演等を行う。2019年より現職。
神奈川県横浜市立山内小学校:
今年創立150周年を迎えた公立小学校。
「あったかハート」という学校テーマと「誰一人取り残さない学校」という教育目標を掲げ、学校内だけでなく地域や地元企業と連携した共育・共創の教育活動を実践している。
山内小学校の取り組みの参考記事はこちら
柴田 愛子さん
1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。
著書
「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、「それってホントに子どものため?」チャイルド本社、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」その他多数。
たった一人の人との出会いで、心が柔らかくなったり閉じたりする
愛子さん
私は、子どもの頃幼稚園も保育園も行っていなくて、小学校が初めての集団生活でした。子どもが多い時代でしたから、1クラスに40人ぐらいの子どもたちがいて、私は黙って座っていることしかできなかったの。今で言う場面緘黙のような子だったのよね。だから、毎日お腹が痛かったし、学校に対していいイメージが全然なかった。結局、3年生くらいから喋るようにはなったんですけど、6年間で自分から手をあげたことも3回しかなかったんです。
佐藤校長先生
今でも覚えているんですね。
愛子さん
そのうちの一つを特によく覚えてるんだけど、1クラス5名ずつ選ばれる区の合唱コンクールで、3年生か4年生のときの担任の先生が、「うちのクラスでは誰さんと誰さんと誰さんにお願いしたい」と言った中に私が入っていたんですよ。それで、「その中で嫌な人がいますか?」と聞かれたときに、私は手をあげたんです。それが3回のうちの1回なの。
ところがね、「じゃあ、柴田さんが出ないっていうので、クラスの中でもう1人を選びましょう。出たい人はいますか?」と言われて、また手をあげたのよ。その一連の行為を自分の中で無意識のうちにやってしまっていたんだけど、よく考えてみたら、先生が勝手に選ぶことに関して嫌な思いというか、抵抗する気持ちが子どもながらにあったのよね。
先ほど校内を案内していただいたときに、佐藤先生が「タブレットに書くことでみんなが意見を言えるようになった」とおっしゃったじゃない。あの頃の私が今の学校にいたらどうしただろう、どう感じただろうと思ったりもしました。
タブレットを使った授業内容をまとめた掲示を説明する佐藤校長先生
佐藤校長先生
コロナによって子ども一人にタブレット一台の時代がきて、たしかに子どもの表現や意見の表出の仕方が大きく変わったと感じています。
たとえば、タブレットが普及する前だと、授業でノートに書いたものを見てもらう機会は、隣りの席の人と見せ合いをしてみるか、4人グループを作って班で見るかという選択肢しかありませんでした。また、クラス全体のワークになったとき、「これはどう?意見ある人いますか?」と先生が聞いても、手をあげる子はクラスの中で4、5人だけです。30人いて、4、5人。25人は手をあげないんですよね。つまり、学校教育では何十年も、それこそ私が小学校の頃から、ほとんどの子どもが発言をする機会のない授業をやってきたんです。
ところがタブレットを使うようになって、大きな50インチのモニターに全員の意見が瞬時に出るようになりました。「〇〇ちゃんと〇〇くんの書いたものを比べてみよう」と先生が選ぶと、テレビモニターにもタブレットにもその2人の書いたものが表示される。今までは手をあげた5人にしかなかった、自分の考えをアウトプットする、自分の考えを見てもらう、聞いてもらうという機会が、毎時間ほぼ全員にあるようになったんですね。
それによってどんなことが起きるかというと、見てもらうのが当たり前という前提の上で、子どもたちは「だったらより感動させよう」とか、「より相手に伝わるようにしよう」みたいなことを考えてやるようになるんです。パワーポイントでスライドを作るときに、「これぐらいの大きさだといいよね」とか、「色はこういうのがいいよね」と、僕なんかが30歳位からはじめたことを、今の子どもたちは3年生からやっている。またその中で、自分が書いたことを認めてもらえる自己有用感を持つみたいな経験を日々積んでいるんですよね。
愛子さん
私、自分を表現するって癖になってくると思うの。「受け手がいると伝わる」ということがわかると、 どんどん発信できるようになっていく。だから、りんごの木の子どもたちのミーティングもうるさくてしょうがないんですけど、内面を表現することって実はみんながしたいことなのよね。
佐藤校長先生
相手がいて、言葉のキャッチボールや思いのキャッチボールをするという経験の中で、やっぱり意見が合わなかったり、対立したり、でも1つにまとめようと議論することってすごく大事ですよね。そんなことも今、前よりもはるかにしやすくなってきていると感じますし、多様な人たちが集まる「学校」という中でそういう経験をして育っていくことは、子どもたちの大きな力になるなと感じています。
愛子さん
発せずして次のものは生まれませんものね。
佐藤校長先生
あと、一昔前は一人の先生がいろんな授業を教えていたのが、今は学年によっては、社会科、理科、英語、音楽、家庭科、体育、図工と、7人の先生が一人の子どもと関わってるんです。
愛子さん
教科によって先生が変わるのね。
佐藤校長先生
そうです。良し悪しあると言われますけど、子どもだって先生との相性もあるでしょうし、A先生は気づかないその子の良さをB先生は気づくということもあります。なので僕は、気持ちや考えを表出する方法が多様になって、それを受け入れてくれる先生や接点を持つ先生が増えたことはすごくいいなと思っています。
愛子さん
私、小学生の頃の自分はさなぎで、その中でじーっと観察をしてきたと思うのよね。そしてそのとき何を見ていたかというと、主に先生を見てて、「あの先生は同じいたずらをしても、あの子とこの子では叱り方が違う。先生って信用ならない」と思ったりしていたわけです。
でも、そんな私も中学2年の時に心の窓がちょっと開いたんですよ。それはなぜかというと、担任の数学の先生が廊下ですれ違ったときに、「あなたは自分が思っているより出来る人ですよ」と一言言ってくれたの。言い換えると、自信を持ちなさいってことですよね。その一言がすごく自分の励みになったんです。見てくれているということが安心に繋がった気がします。
先生は90歳を超えてらっしゃるけどお元気で、今でもやり取りをさせてもらっているんだけど、私にとってずっと信頼している人なんです。子どもってこんなふうにね、たった一人の人との出会いによって、心が柔らかくなったり、閉じたりするのよね。
知ってもらうこと、力を貸してもらうこと
愛子さん
それで先生ってやっぱり子どもにとって身近で大切な存在だと私は思うんですけど、最近往往にして小学校に子どもを出す親が「当たり外れ」という言葉を使うじゃないですか。
佐藤校長先生
最近は「ガチャ」って言いますよね。先生ガチャ、学校ガチャとか、校長ガチャなんて言われたこともあります。
愛子さん
当たり外れがあるって、事実ですか?
佐藤校長先生
なかなか回答しにくい質問ですけど、当然経験の浅い先生っていうのはたくさんいます。今、横浜市は教員のうち48パーセントが10年未満の先生で、そういう中で、毎年初任の先生が2、3人来るというのが現状です。
でも、40代とかの先生と1、2年目の先生を比べてもしょうがないですし、若い先生を見ていると、それはそれで強みがあるなと思うんですよね。若い先生はまず元気ですよ。元気だし、前向きだし、失敗を恐れない。
愛子さん
それが取り柄ですよね。
佐藤校長先生
ベテランになっていくと、効率の良さを優先したりしてしまう人も多いので、子ども目線で見ると、どっちが魅力的なんだろうって。確かに授業は教員歴の長い先生のほうがうまいかもしれないけど、若い先生は休み時間に遊んでくれたり、一緒に肩を並べて悩んだり考えたり頑張ったりしてくれる。だから、そこにはガチャはあるんですけど、ガチャじゃないというか、見方を変えるとその本質は全く違ってくるなということは常々思っています。
愛子さん
私、保護者が先生や学校を「ガチャ」としてみる背景には、コミュニケーション不足があると思うんです。親にしてみると学校ってコミュニケーションハードルが高い。忙しそうだし、わざわざ個人的なことで質問はできない、と思う保護者が多いみたい。実際、今の学校には保護者とコミュニケーションをとる余裕や工夫はあるのでしょうか?
佐藤校長先生
山内小学校でいうと、まずはコミュニケーションの一歩目として学校を見える化しようと、instagramで、毎日学校のことを投稿しているんです。
2019年7月7日に始め、今ではもう4050投稿以上を投稿している。
佐藤校長先生
子どもがこんなことをしていますよ、こんな素敵な経験をしているよ、先生もこんなに頑張っているよということを発信し続けています。今では、保護者にも地域の方にも浸透してきていて、学校がどんなふうに動いているのかをわかってくれている人がとても増えたように感じています。
あと、柴田さんのおっしゃるコミュニケーションとは少し異なるかもしれませんが、山内小には「あったかハートハートナー制度」というものがあって、通訳ができます、イラストが得意です、カメラが得意ですというように得意や好きを保護者の方に登録してもらって、授業などでサポートが必要な時にお声がけをさせてもらっているんです。
愛子さん
へぇ、面白いわね。
佐藤校長先生
僕の今の思考を支える原点にもなるのですが、僕の実家が曹洞宗のお寺で、お寺って檀家さんがサポートしてくれるんですよね。ある人は「力仕事はできないんだけど、本堂のお掃除とかそういうのってやらせてもらえるかしら」と声をかけてくださったり、ある人は「俺は庭の剪定が得意なんだ、力貸すよ」と言ってくれたり、ある人は「食べてねー」と畑で採れた野菜を持ってきてくれるんです。学校もそういう場になるといいなと思って始めたんですけど、保護者の方が力を貸してくれるのは山内小の魅力の一つだなと思います。
150周年モザイクアートを作っている様子
佐藤校長先生
僕個人の話でいうと、25歳くらいの時に5年生を担任して、理科の授業で「フナの解剖」という単元があったんです。教科書には「フナを解剖してエラ呼吸を観察しましょう」と書いてあったんですが、僕は血とか大嫌いなのでそんなのやるの嫌じゃないですか。
結論から言えば、多くの先生も実験はやらず、「ほら、教科書を見てごらん。人間の肺呼吸とはこんなふうに違うんだよ」と授業をして、テストに「人間は( )呼吸、魚は( )呼吸」というような問題を出して終わりです。でもそれではつまらないなと思って、僕は閃くわけですよ。何をかっていうと、「あ、そうだ、クリハラさんに相談しよう」と。
クリハラさんというのは生徒のお父さんなんですけど、板前さんだったんです。それでちょっと力を貸してくれませんかと相談したら、当日、鯛を持ってきてくださって。子どもの前にボンって置いて、ガッと締めて、で、ほらほらほら、これがエラでねって。最後は、3枚におろして刺身にしてくれたものをみんなで食べました。つまり、ゴールが一緒でも、人の力を借りればいろんなことができるんですよね。
白と黒の間にある「カラフルゾーン」
愛子さん
私も同じようなことをりんごの木でやってきているけれど、それが「学校」という大きな規模でも実現可能なんですね!
佐藤校長先生
可能なんですよ。山内小がInstagramやlineスタンプ(*1)、オンラインショップ(*2)をやっているのを知っている他の学校の校長先生や先生からも、「そういうことをやって教育委員会に怒られないんですか?」と聞かれることってよくあるんですけど、「悪いことをしていないのに、誰が何に対して怒るんですか?」と笑いながら聞き返すんです。
学校はやっていいよというゾーンがあります。それはホワイトゾーン。その反対に、これはやったらダメよというゾーンもあります。それはブラックゾーンですね。一見、オセロのような感じ。ところが私に言わせると、その白と黒はこれくらい(両手をいっぱい横に広げる)離れているんですよ。
*1*2:創立130周年の記念に、児童によって作られた山内小学校のシンボルキャラクター「ケヤリーフ」を、イラストレーターの保護者の協力の元、LINEスタンプやグッズにして販売。その収益は子どもたちが「みんなの役に立つこと。誰かのためになること」を考え、使っている。
愛子さん
白と黒の間にグレーゾーンがあるのね。
佐藤校長先生
まさに、ここにはルールがないんです。つまり、学校の裁量でやれるんですよ。インスタをやっていいなんてどこにも書いてないですけど、やってはいけないとも書いてないわけです。もちろん、コンプライアンスに反することはダメですけれど、自分たちでルールを決めてそれを説明できればいいでしょうと思うんです。
学校のいたるところにシンボルキャラクター「ケヤリーフ」のイラスト。
佐藤校長先生
ところが、みんな黒か白か、半か丁かみたいに考えちゃうので、そこから進めないですね。さきほどのグレーの話に戻しますけど、「学校ってグレーのところがあるんだよ」と話をしたら、ある時にある先生から「正淳先生、それってカラフルゾーンですよね」と言われて。グレーじゃないカラフルゾーン、まさに!って、そこからはカラフルゾーンと言っています(笑)。
このカラフルゾーンを考えることが、僕の中でワクワクなんですね。そしてその実現のためには、学校だけでやることには限界があって、保護者や地域の人、企業などいろんな人を巻き込む必要があるし、そうすることによってよりカラフルになっていくと考えています。
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撮影:雨宮 みなみ
写真の一部ご提供:山内小学校
この記事の連載
「座っているふりができる子にしたいですか?」柴田愛子さんと山内小学校校長 佐藤正淳さんと考える、学校へ行く意味。〈後編〉
第六回目のおしゃべりのお相手は、神奈川県横浜市にある山内小学校で校長を務める、佐藤正淳先生。
前編では、愛子さんの子ども時代や佐藤校長先生の実践の話から、子どもに携わる大人の在り方や学校という場の持つ可能性について話が広がっていきました。
後編は「そもそも学校って何する場所?」という愛子さんの質問から、さらにおふたりの子どもへの眼差しと在り方が見えてきます。
「おかげで、私は自分が好き」子どもの一言から見えてきた、私たちのやるべきこと。ー 柴田愛子さん×山内小学校校長 佐藤正淳さん〈番外編〉
第六回目のおしゃべりのお相手は、神奈川県横浜市にある山内小学校で校長を務める、佐藤正淳先生。
盛り上がったおしゃべりの中で、泣く泣く本編からはカットした「愛子さんと佐藤校長先生のこぼれ話」を、番外編としてお届けしたいと思います。