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「育とうとする力が子どもの中にはある。」ー柴田愛子さん×臨床心理士 武田信子さん〈後編〉

三輪ひかり
掲載日:2024/11/08
「育とうとする力が子どもの中にはある。」ー柴田愛子さん×臨床心理士 武田信子さん〈後編〉
りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする連載「井戸端aiko」。

第8回目のおしゃべりのお相手は、臨床心理士で一般社団法人ジョイスの代表理事を務める武田信子さん。

後編では、編集部の質問から話が広がり、お二人の考えや在り方をたっぷりとお聞きしました。


何か起きてしまったら…という責任で失われるもの

編集部
「何か起きてしまった時の責任」が、親や保育者、教育者の先回りや過度な安全管理などの背景にはあるのではないかと感じているのですが、お二人はどうお考えですか?

愛子さん
「何かあったら」が今ってすごく多いじゃない。でも、何かあったらどう責任とるのって言うけれど、命を奪われるわけじゃないんだからいいんじゃないって。だって、責任を問われてなんなのよと思わない?

もし仮に何か起きてしまって、親として、保育者として、監督責任を問われたとしたら、失敗は認めなければいけないけれど、そして、相手の苦しみや悲しみは真摯に受け止めなければいけないけれど、次に失敗を活かすしかないでしょう。それを、安全安心で先回りして、子どもの世界や遊びが窮屈になってしまうことのほうがよっぽど問題だと思う。

武田さん
『やりすぎ教育』(ポプラ社)でも紹介しているのですが、ウェールズでは、「予測できない危険によって子どもがケガをした場合、そこにいた大人の責任を問わない」という条例を制定して、子どもたちが思いきり遊べる環境を作っているんですよ。

愛子さん
それ、すごいよね!

武田さん
プレーパークのプレーリーダーをやっていた20代の三人の若者が、「お前は政治家になれ、俺は現場で頑張る」と約束をしあって、それぞれが30代になって、市長、市議会議員、プレーリーダーになって作った条例だって聞きました。だから、ウェールズ(グレートブリテン島とアイルランド島の北部からなる島国)では学校の先生たちも遊びの大事さを知っているし、IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)の世界大会がウェールズの市庁舎で開かれたこともあるんですよ。

武田さん
「一人の子どもを育てるには一つの村が必要」というアフリカのことわざがありますが、私は、何かあった時に誰の責任かがわかんないくらい、いろんな人が子育てに関わっていればいいと思うんです。今の世の中は、この子をこの親が育てたということがワンセットでわかってしまう。でも、いろんな人が寄ってたかって育てていると、責任も分散されてわからなくなるでしょう。自分の子どもの子育てをする前にバラエティに富むさまざまな育ち方や育て方、子どものことを知るきっかけにもなるし。

愛子さん
そうね、今は子どものことをよく知らないまま親になったり保育者になってしまう人が多いんだろうなと思う。知る機会がないのよね。

武田さん
先日、孫と一緒に子育て支援施設に行ったんですけど、びっくりしたことがあって。とても人気な施設だそうで、すごく広くて、おもちゃが綺麗に棚に並んでいるんだけど、どう遊ぶのかっていうと、子どもが好きなおもちゃを選んで用意してある机と椅子に行くんですよ。それで、親と子でそのおもちゃで遊び終わったら、それぞれのおもちゃの置き場所が決まっているから元の棚に返すんです。

子どもも親も他の親子と交流しなくても遊べて、トラブルが起きないようになっていて、トラブルが起きそうないいおもちゃの場合は、事務室に「貸してください」と借りに行って、遊び終わったら事務所に返すっていう徹底ぶりで。せっかく他の子や他の家族がいるのに、関わったり、知ったりする機会がないんです。

愛子さん
それって、何しに行くの?そこに。

武田さん
“おもちゃ”で遊ぶため、でしょうね。スタッフの方は基本的に事務室にいて、時々、見回りというか、乱れたおもちゃを整えたりして。

愛子さん
結局さ、繋がらない限り信頼関係ってできないのに、それだと何もうまれないわよね。

武田さん
子どもたちも、普通は他の子どもたちが遊んでいるところに寄っていったりするじゃないですか。でもそこに来ている子たちはみんな、他の子が使ってるおもちゃには関心を寄せるけど、他の子には関心を寄せないんですよ。

愛子さん
あら、いやだ。私、今「人を信じる」っていうこともどんどん欠落してきていると思うの。そこの施設も人(子ども)を信じられないから、そうやってそもそも関わりを持たないように環境をつくっているけれど、みんな別々の人間なんだから生きているといろいろあるわけじゃない。

りんごの木でもね、入園を悩まれている保護者の方がどんなにお話しても悩まれているから「考えていてもキリがないですから、私を信じて腹をくくりません?」と伝えたことがあるのよ。そうしたら、「私があなたを信じられるだけの材料がまだないから、こういう時にはこうします、ああいう時にはそうしますっていうのを約束してほしい。信じられるだけの材料をいただきたい」って。

愛子さん
でも信じるってそういうことじゃないじゃない。信じるって賭けみたいなもので、だからそこで何か不都合なことが起こる可能性はあるものなのよ。その時に、なんでこの人はこんなことしたのかしらとか、私はこう思うんだけどあなたはどう考えていたの?とかさ、やりとりをすることで賭けたものが信頼関係に育っていくのよね。

ところが、人を信じられないと繋がりができないから、一度でも自分の思い通りのことをしてもらえないと「どうしてそんなことするんですか!」となっちゃったり、ネットや専門家の情報だけを頼りにしてしまうんだと思うの。

その子を見る、知る、育つ力を信じるということ

愛子さん
だから、とにかく正しい“らしい”情報をキャッチして、その通りにやるっていうことが増えているのかもしれないわね。

保育の現場でもそうだけど、この子今こうしたいのかな、こんな気持ちなのかもしれないって、子どものそばにいる人は肌感覚で子どものことを察知していて、それが正しいはずなの。でもそこに、行政や専門家、大学の先生たちが「主体性」とか「不適切(な保育)はいけない」とかいろんな言葉で伝えてくるわけよ。そうすると何が起こるかというと、子どもを見ないでその言葉をどう理解するかに必死になっていく。だから、「主体性っていうのは、その子のやりたい放題やらせなきゃいけないんだ」とか「ダメと子どもに言っちゃいけないんだ」と頭で考えて、それを子どもや保育におろしちゃうのよね。

ある研修でも、「1歳児の子が椅子に乗っちゃうんですけど、危ないからどうしたらいいですか?」という質問があって、「椅子に乗れるようになって、体重移動ができるようになって良かったですね」と言ったのよ。そうしたら、「でも椅子から落ちたら危なくないですか?」って。だから、「あなたが心配だったら、布団を敷いておくのはどう?もしくは倒れそうになったらすぐ手が出る距離にいればいいんじゃないの」と伝えたら、今度は、「でも、しつけができてない、安全管理ができていないって言われる」って。そこでしつけ論や責任が出てきてしまって、この子の今の気持ちとかやろうとしてることを察しようとする“こっち側”(保育者としての)の専門家になりきれないんだよね。

武田さん
私、子どももそうなんですけど、まずは野菜を育ててみたら?と思うんです。土から耕して、雨が降っているのにこちらの気持ちで水をやっちゃったら枯れちゃうよねとか、肥料あげすぎても栄養過多で良く育たないとかいうことを、一から体験するのがいいんじゃないかなと。

この間、うちの観葉植物の葉の裏に白いカビみたいなものがついていたので、お店に行って「これなんですけど」と写真を見せたら、「じゃあこの薬剤を撒いてください」と勧められたんです。なので、それを買って帰ったんですけど、やっぱりまずは1枚1枚葉をキレイに拭いてみることにして、そうしたら元気そうに見えたのでひとまず薬剤はまかなくていいやとほっといたら、今しっかりと元気なんですよね。

薬剤をやらなくてもちゃんと観察して、「この子は今どんな状態かな」「何が必要かな / 必要じゃないかな」とやったら育っていくのに、そこで専門家に薬剤を撒けと言われると、薬剤を撒かないといけないと思ってしまう。それと似たことが今、子育ての中で起きているんじゃないでしょうか。

武田さん
知っています?今ってトマトを日光も土もなしでビルの中で育てたりもしているんですよ。

愛子さん
『やりすぎ教育』の中でも短期間で効率的に育てられたブロイラー(肉食用鶏)のことを取り上げていたけれど、私もよくその言葉を使っていたのよ。管理して、栄養素をたっぷりあげれば美味しいお肉はできるかもしれないけれど、人間は違うじゃないって。いい栄養素だけを与えて育てた先に本当に豊かで幸せな人生が待っているのかしら?


どんな大人でありたいか?

武田さん
私、大学教員をしていた時に心理学の授業を受け持っていたんですけど、一番最初の授業は教室で1時間くらいガイダンスをしたら、その後ちょっと外に出てみようということから始めていました。「ガイダンスを受けていた1時間と外に出た30分と、あなたたちはどっちが気持ちいい?」って話をして、絶対外にいた方がいいでしょって。室内に子どもたちをずっと閉じ込めている学校という場は、それ自体が子どもたちにとってストレスフルな環境を作っているんだということにまず気がついてほしいなと思ってのことです。

そもそも、雪が降ったら外に出たいよねとか、晴れて虹が出たら外に見に行きたいよねとか、そういう感覚を持った学校の先生になってほしいなという願いもあるんですけどね。

愛子さん
そうだよね。りんごの木でも、子どもたちは雨だと喜んで外に出て行くの。この間は、長靴をぬいで水たまりに入っていったり、滑り台をウォータースライダーにして遊んだりしていて、そうだよね、そうしたいよねって。

ケロポンズの二人は昔りんごの木で保育者をしていたんですけど、ぽんちゃんっていう大きい方の人なんかね、台風ぐらいの雨の時に「シャンプー!シャンプー持って行くよ!」と言って、大雨でシャンプーしていたわ(笑)。

武田さん
カナダに住んでいた時に、私の友人がお子さんに「雨が降っているから散歩に行こう」って言っていて、そのセンスすごくいいなと思ったのを思い出しました。


りんごの木Facebookページより

武田さん
勝手な話をしていいですか。今朝、NHKの虎に翼の主題歌にもなっている米津玄師の『さよーならまたいつか!』を聴いていたんですけど、2番の歌詞に「生まれた日からわたしでいたんだ知らなかっただろ」という歌詞があって、そうだよな、生まれた時からその人はその人だよって改めて思ったんですよね。

というのも、ちょうどうちの孫が昨日お座りをしたんですよ。自分で座れて、座位が取れたから、いつもお姉ちゃんが遊ばせてくれないおもちゃを出してあげたら一人で集中してずっと遊んでいたんです。その姿を見て、最初は「かわいいな」と思ったんですけど、よく見ているうちに、「今この子すごい学んでいる」ということに気がついて。ものすごく集中して手を伸ばしているこの人に、なにも教えることなんかないな、声をかけたら邪魔しちゃうなって思ったんです。

愛子さん
そうだよね、元々育とうとする力が子どもの中にはあるのよね。

武田さん
15年ぐらい前なんですけど、「遊ぶ時に大人はどのくらい必要ですか?」というアンケートを子ども向けにとったことがあるんです。

小さな子たち(幼児)は、大人に遊んでもらえたら嬉しい、小学1・2年生は、大人がいるといいという回答が多いんですけど、3・4年生くらいになると、「風船が木に引っかかった時」とか、「喉が乾いた時に大人がほしい」となっていって。

愛子さん
そうそう、うちの子たちもそう言う!

武田さん
5・6年生くらいになると、「いついかなる時もいらない」って。で、面白いのが、プレーパークで遊んでいる子どもたちは、小学1・2年でも、「大人はいらない」って言うんですよね。

愛子さん
りんごの木も、ケンカした時にあいだに入ろうとすると、「ほっといてくれる」って言われたりするの。じゃあどんな時に大人がいるの?と聞いたらさ、さっきの風船じゃないけど、「困ってる時は必要な時があるよ」って。

武田さん
大人は遊んであげないといけない、何かしてあげないといけないと思っているかもしれないけれど、基本いらないんですよね。見ていて、なにかあった時にだけこうやって手をぱっと差し出すみたいな。それだけでいいのかもしれません。



武田 信子さん
1962年、名古屋生まれ。
20代の頃に総合病院精神神経科思春期病棟で行われていた精神分析的治療の様子から、人生の最初期のケアがどれほど大切かをスタッフや患者さんたちから学ぶ。
大学教員をしながらの子育てを経て、乳幼児の養育環境の改善による発達支援のために、世界各国・日本各地の子育てや教育の現場を子連れで視察、滞在。心理学・教育学・ソーシャルワークの3分野の学びを深める。
2020年に大学を早期退職して、2021年一般社団法人ジェイスを立ち上げ、体と心と脳の発達を保障する社会の実現を図ろうと、日本の子どもたちの育つ環境について、全国で講演や研修、集会を行い、発信している。

柴田 愛子さん
1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。
著書
「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、「それってホントに子どものため?」チャイルド本社、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」その他多数。
新刊「保育のヘンな文化 そのままでいいんですか!?」大豆生田啓友共著 小学館、「愛子さんの子育てお悩み相談室」小学館。

写真:雨宮 みなみ
写真の一部ご提供:りんごの木子どもクラブ

この記事の連載

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第8回目のおしゃべりのお相手は、臨床心理士で一般社団法人ジョイスの代表理事を務める武田信子さん。

「武田さんがりんごの木に遊びに来てくださった時におしゃべりに花が開いて。井戸端aikoでもぜひ武田さんとお話したいなと思ったの。」という愛子さんからのリクエストで、武田さんとの対談が決まりました。

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盛り上がったおしゃべりの中で、泣く泣く本編からはカットした「愛子さんと武田信子さんのこぼれ話」を、番外編としてお届けしたいと思います。