しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 (第八回)「かわいい、私の、私たちの縁」
年小クラスのみーちゃんがごはんのあと、窓の外を眺めていた。何をみているのかな、と思いつつ遠くから眺める。ここに言葉はいらない気もしたけれど、みーちゃんが何をみているのか、感じているのか知りたくなってしまう。虫がいるのか、花が咲いているのか、なんだろう。
随分と長い間、眺めているものだから、どうしても気になってしまう。
保育園での暮らしの中で、こうしてぼんやりと眺める時間があるといいなあと思ってきた。
この園舎には、廊下があったり、たくさんの窓があったり、そんな保育や暮らしが育まれる工夫が随所にある。だけど、環境があるだけではなく、それを感じられる「私」でないと、そんな保育はできない。
眺める 感じる 余白
みーちゃんのみている世界が知りたくて、とうとう声をかけてしまった。「みーちゃん、何をみてるの?」すると、ニコッと微笑む。何も話さない。言ってしまってから、自分の声だけが輪郭を持って、その場に残ってしまったような気もしている。
その後、年長のいっちゃんがやってきて「お〜」と挨拶をした。今、しぜんの国は「こども坐禅週間」で、ブッダが悟りを開いた成道会の日まで、朝坐禅を組んでいる。私はいっちゃんと坐禅を組む時間がとても好きだ。静かで、空気がしっとりとする。今日は、なんとなくひらめいて、いっちゃんとみーちゃん二人を坐禅に誘ってみた。
いっちゃんは「やる」と言う。そんないっちゃんをみて、みーちゃんも「やる」。みーちゃんは、坐禅をやりたいというよりは、いっちゃんと一緒にいたいという感じがした。3人で座る。みーちゃんはキョロキョロしていたけれど、場にいる心地よさを感じているようだった。
目をつむり、座る。人を感じながら坐禅するこの感じがとても気持ちいい。
今日はいっちゃんとみーちゃんと坐禅をしていたら、ひーちゃんとりっちゃんと、はっちゃんとさやちゃんが来て、6人で座った。
しぜんの国という場で出会った、不思議な縁。
愛おしい縁。かわいい、私の、私たちの縁。
こどもと出会って、幸せになった。保育に出会って、幸せな人生になった。悩みも、考えることも増えるけど、こどもと一緒にいればいるほど、彼らと一緒に過ごせることに幸せを感じている。
ー このコラムは『しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記』の連載第8回です。
園長美和さんのわっしょい日記
しぜんの国保育園の暮らしについて、園長という視点から綴られているコラム連載。“タイトルの「わっしょい」はさまざまあるようですが、語源である「和を背負う」という意味と、なんだか口に出すとうれしい気持ちになるところから名付けました。悩み揺れながら感じる日々の小さなあれこれを綴っていきたいです。”(園長美和さんより)
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齋藤美和(さいとうみわ)