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しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 (第四回)「この気持ちどこかで知っている」

齋藤美和(さいとうみわ)
掲載日:2023/08/08
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 (第四回)「この気持ちどこかで知っている」


「思えば、あれが家族揃った最後の夏の旅行だったね」ってなるんですよ。と保育者の越丸さんと話をした。越丸さんは二人の大学生の親である。わざわざ「これが最後の家族旅行」と決めて旅行に行くことは少ないだろう。

何となく家族で毎年恒例だったものが、子どもの成長と共に薄れていく。そして気がついたら「あれが最後だったね」となる感じが、なんだかしっくり来る。さみしい感じではなく、その時の流れが誠実で、あいまいでとてもいい夏の話だなと思う。


話は変わって、先日の土曜日の話。

保育の養成校の学生さんを案内するために、土曜日に出勤をした。基本的には土曜日は私は出勤をしておらず、他の保育者のみなさんにお願いする形にしている。久しぶりの土曜日。部屋に入ると幼児グループの男の子が「あれ、美和さん来たの?」と声をかけてきた。「うん」と答えると「なんで?」と言うので「大学生が見学をしたいというから案内するんだ」と答えると更に「ふーん、なんで見学したいの?」とまた尋ねられる。「楽しそうな保育園だから見にきたくなったんじゃないかな」と答えると、それには返事をせずに、また遊んでいた場に戻っていった。

学生さんたちがアトリエの部屋に入ると、その男の子は背中を向けてラキュー(ブロックのようなパズルのようなもの)を作っていた。「車作った」「人作った」。作っていたものを私に見せてくれる。ちらっと学生さんの方を見つつも、彼女たちには声をかけない。他の子どもたちは、紙と毛糸で焼きそばを作っていたり、金魚すくいごっこをしたり、ビー玉転がしなどをしていた。土曜日特有のゆっくり感。内容も夏祭り感がある。しばらく、学生さんたちと部屋の中で、子どもたちの様子を眺めていた。

保育を学んできた学生さんたちなので、部屋の中でそっと存在感を薄くするのが上手だなと思った。子どもたちも保育者も、その存在に引っ張られることはなかった。ただ、最初に話した男の子だけは、少しだけそわそわしている。学生さんたちと、コミュニケーションを取りたい感じ。

すると、以前作ったダンボールの盾のようなものを奥から引っ張り出してきて、なんとなくそれを持ちながら学生の前を通った。でも何も言わない。あまりにも唐突だったので、学生さんたちも彼が「意識」をしているのがわかっていた。微笑ましい表情で彼をみる。

そんな中、学生さんの一人が声をかけた。「それ、いいね」。すると小さい声で「まだ・・・完成してないけどね」と答えた。

見学の時間も限られているので、隣の図書室へと移動する。中で絵本や絵本棚の説明をしていると、ドア越しにさっきの彼が立っていた。また別のものを手に持っている。私も説明もしたいものだから、彼の存在は目の中に入れつつも案内を続けた。気がついたら彼はもうお昼ごはんのためにランチルームへと移動していたのだった。ラボ、建築室など各部屋を案内し終わると、廊下で食事を終えた彼と出会った。

すると、彼は突然クルリンと側転を披露してくれた。言葉はない。クルリン、クルリン、2回側転を見せてくれた。学生さんたちはおおーっと拍手。いつもはやんちゃな彼が、何となくお客さんに「いいところ」を見せたいと思った気持ち。

最後に「また来る?」と学生たちにそっと聞いていたと後から聞いた。

幼い頃の夏休み。(幼稚園だったので1ヶ月弱夏休みがあった)10歳年上の兄の友達が家に来るとやけにソワソワしたことを思い出す。お気に入りの人形を手にして、兄の部屋から聞こえてくる笑い声に耳をそば立てていたこと。自ら母に麦茶やお菓子を兄の部屋に運ぶと名乗り出たこと。子どもたちと一緒にいると、あれ、この気持ちどこかで知っている、と思うことがある。すぐには思い出せない、淡い記憶。思い出せないままの時もあるし、うーんと考えていると「あ、あれだ、あの時のだ」と思うこともある。ささやかな小さな出来事。このささやかさがたまらなく好きだ。

ー このコラムは『しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記』の連載第4回です。

このコラムの連載

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記(第一回)「ゆらゆら期の私たち」

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記(第一回)「ゆらゆら期の私たち」

年度末を迎え、折り重なるように新年度に向かう4月。私たちはこの時期を「ゆらゆら期」と捉え子どもたちとの時を積み重ねる。子どもたち一人ひとりの想いや表現を慎重に捉えながら、しぜんの国保育園の暮らしが子どもたちの身体に馴染むように意識をする。この意識はそれぞれのご家族とも分かち合い、この時期を過ごす。

先日、エントランスで1歳児クラスのお父さんが「絶賛ゆらゆら期っす」と話してくれた。笑顔で話してくれているものの心配だろうな、とも思いを寄せる。子どもの心、保育の心、親心、私はその三つの心をいつも、自分の中で多面的に見つめないといけないと思う。

「自分たちはいい保育をしているんだ」と、独りよがりにならないように。

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記(第二回)「とるに足らないオシロイバナの種のような」

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先日、婦人之友社と東京すくすく(東京新聞)が企画した「子育てスクスクフェス」に呼んでいただき、認定特定非営利活動法人こまちぷらすの理事長・森裕美子さんとお話をさせて頂いた。

その中で「子どもとふざけるのが好き」という話をして(そんなこと実は初めて言った)、改めて帰りの電車の中で「ああちょっと本音だったな」と思い返していた。

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 (第三回)「コーヒーの甘い部分」

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しぜんの国の地続きにある簗田寺の敷地内にはCONZENCOFFEEというコーヒースタンドがある。生産地ごとの気象や地理的条件に由来するスペシャルティコーヒーを飲むことができる。その場で豆の焙煎も行なっているので、豆を焙煎しているときは山の方まで香りが漂って来て「あ、小井土くん(店長)が焙煎しているな」と思いを寄せる。
先日仕事終わりの月曜日、CONZENに寄った。