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しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 (第三回)「コーヒーの甘い部分」

齋藤美和(さいとうみわ)
掲載日:2023/07/11
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 (第三回)「コーヒーの甘い部分」


しぜんの国の地続きにある簗田寺の敷地内にはCONZENCOFFEEというコーヒースタンドがある。生産地ごとの気象や地理的条件に由来するスペシャルティコーヒーを飲むことができる。その場で豆の焙煎も行なっているので、豆を焙煎しているときは山の方まで香りが漂って来て「あ、小井土くん(店長)が焙煎しているな」と思いを寄せる。
先日仕事終わりの月曜日、CONZENに寄った。

「少し甘いものが飲みたい」と言ってカフェモカを注文する。小井土くんが「そうしたら、新しい豆のGOTITIのラテも美味しいですよ」と教えてくれたので、素直にアイスのカフェラテを注文した。小井土くんは季節や時間帯でコーヒー豆を選んでくれる。

ぼんやりと店の外を眺める。草木が揺れる、コーヒーを淹れる音がする。


昨日、しぜんの国の廊下でつぼみ組1歳児クラスの子ども達がながーい廊下でぶらぶらと歩いている姿を思い出した。すみれ組の水遊びをしている様子を眺めたり、園庭でストライダーをしている子を眺めたり。伸びやかに走ったり、指を指したり、飛行機の音に耳を澄ませたり。私は乳幼児期、このぼーっと事象を眺めることができる余白がとても大事だと思っている。成長や発達というのは環境構成や、遊びの設定はもちろん大事。そしてそれと同時に「ぼんやり眺めること」そして「自分の中でじっくり消化していく時の流れ」を大切にしたいと思う。つぼみ組の子ども達と一緒にいて、さらに感じた。

そんなことを思っているうちに「GOTITI」のアイスカフェラテが出来上がった。とてもおいしかった。静かな甘さが、染み渡る。「おいしい」。CONZENのコーヒーを飲むといつもおいしいと言ってしまう。小井土くんは「うれしい。そうですよね」とにこやかに言ってくれた。

そしてふと思い出した。
小さい頃、父が残してくれたコーヒーの甘い部分の味のことを。

亡くなった父は、朝いつもコーヒーを飲む。母が淹れて枕元に持っていく。3人兄弟で部屋のなかった私は、ずっと父と母と3人で川の字で寝ていた。朝起きると、父がコーヒーを飲んでいて、最後に砂糖の残ったコーヒーをねぼすけの私に飲ませてくれた。

今思えば、父は私のために「かき混ぜないで」取っておいてくれたのだとわかる。

寝ぼけ眼で飲んだコーヒーの甘さ。父の気配。仕事帰り、少し甘いカフェラテを飲んで思い出した味。ふとしたことで、現れる父の存在。甘いけど、目の奥がツンと痛くなるような記憶。父、お父さん、コーヒー、救急車の音。父の手の厚み。

小井土くんにその話をふとすると、「それ、おいしい部分ですよ。イタリアではエスプレッソを飲むときに、最後にその部分をスプーンですくって飲むんです」


その後、店には「子育てひろば」でずっと一緒に遊んだ親子との再会があったり(もう小学校3年生だそう)、しぜんの国1年目の保育者・葉月ちゃんが来たり、少し前の記憶や、今の出来事が重なり合い、混ざり合う。

アイスカフェラテもなくなり、少しだけ氷が残っていた。甘いコーヒーを飲むたびに思い出す、柔らかな記憶。亡くしたことで出会った永遠。私は今日も保育園で働き、家に帰ります。

ー このコラムは『しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記』の連載第3回です。

このコラムの連載

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記(第一回)「ゆらゆら期の私たち」

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記(第一回)「ゆらゆら期の私たち」

年度末を迎え、折り重なるように新年度に向かう4月。私たちはこの時期を「ゆらゆら期」と捉え子どもたちとの時を積み重ねる。子どもたち一人ひとりの想いや表現を慎重に捉えながら、しぜんの国保育園の暮らしが子どもたちの身体に馴染むように意識をする。この意識はそれぞれのご家族とも分かち合い、この時期を過ごす。

先日、エントランスで1歳児クラスのお父さんが「絶賛ゆらゆら期っす」と話してくれた。笑顔で話してくれているものの心配だろうな、とも思いを寄せる。子どもの心、保育の心、親心、私はその三つの心をいつも、自分の中で多面的に見つめないといけないと思う。

「自分たちはいい保育をしているんだ」と、独りよがりにならないように。

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記(第二回)「とるに足らないオシロイバナの種のような」

しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記(第二回)「とるに足らないオシロイバナの種のような」

先日、婦人之友社と東京すくすく(東京新聞)が企画した「子育てスクスクフェス」に呼んでいただき、認定特定非営利活動法人こまちぷらすの理事長・森裕美子さんとお話をさせて頂いた。

その中で「子どもとふざけるのが好き」という話をして(そんなこと実は初めて言った)、改めて帰りの電車の中で「ああちょっと本音だったな」と思い返していた。