しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記Ⅲ (第十一回)「つまずきながら考える」
先日園の保護者会の全体会でお話しをした。あまり自分の子育てのことは語ってこなかったけれど、なんとなく今回はお話ししてみようかと思ってまとめてみた。ちなみに息子は高校2年生になる。あっという間の子どもと共に過ごす時間。生まれてすぐの健診や、どんどん短くなる睡眠、子どもの病院通いや、ままならない日々のこと。親も子どもも慣れない日々、でもこんなふうに人を愛おしく思い、成長に一喜一憂した日々はあったかなと思う。過ぎてしまえばあっという間、でも、保育園に通う保護者のみなさんは今、その渦中にいる。ちょっとでもいきいきと子育てができるようにと思う。偉そうな、上から目線のアドバイスはしたくない。だって、150人の子どもがいれば、150人の家族がいて、子育てがある。子どもも親も違うのだから悩みもちがうだろう。話せないことも感情も複雑にからみあっているだろう。
とはいえ、子育てにはちょっとした「コツ」もある。以前街中でこんなことがあった。駅中の通路を歩いていると、2歳児くらいの男の子とお母さんが目の前を歩いていた。男の子が指を刺して「あ、ほし!」とうれしそうに話す。その先には、小さな星の落書き(グラフィティ)。私も「あっ、星だ」と思う。けれど、お母さんは「あー落書きね」と言った。もちろん、毎回のことではなくて、他の日は「あ、星だね」と話す日もあるかもしれない。この日はたまたまそんな日だったかもしれない。だからダメなお母さんだとも思わない。私が「あっ、星だね」と言えばよかったのかもしれない。けれど、その男の子の「ほし」と言った声と、指先がなんとなく心にざらっと残っていたのだった。
そんなこともあり、今回のテーマは「子どもの話を聞くこと」にしてみた。少し前、母世代の方とお話ししていた時に「若い世代の子と話しをしているとスピードが早くて、何を言っているかわからない時がある。ついついそれに乗ってしまって、話した後ぐっと疲れてしまう」と言われたことがあった。
確かに会話や、使う言語、ノリやテンポで生まれる人と人との関係がある。でも、人と人の間には、テンポやノリで語れない心の機微がある。子どもと話す時も、真剣な時ほど、間を大事に、心がほどけて整理できるように話をしたい。保育者同士も会議の中で、ゆっくりと言葉を生み出す人もいれば、言葉にしながら考える人もいる。話すこと、言葉、声。こどもと一緒にいられることを当たり前に思わない。シンプルなことだけど、ひとつひとつ、つまずきながら私の言葉を考えたい。
ー このコラムは『しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記Ⅲ』の連載第十一回です。
園長美和さんのわっしょい日記
しぜんの国保育園の暮らしについて、園長という視点から綴られているコラム連載。“タイトルの「わっしょい」はさまざまあるようですが、語源である「和を背負う」という意味と、なんだか口に出すとうれしい気持ちになるところから名付けました。悩み揺れながら感じる日々の小さなあれこれを綴っていきたいです。”(園長美和さんより)
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齋藤美和(さいとうみわ)