「子どもは社会の宝」って本当? —柴田愛子さん × 松下清美さんが語る、見えていない親子の存在。〈後編〉
りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする連載「井戸端aiko」。
第10回のおしゃべりのお相手は、社会福祉士で、子どもの虐待防止センターで相談員もされている松下清美さん。 前編では、おふたりに、虐待の背景にある親の孤立や、「虐待は親のSOS」という視点について話を聞きました。 後編ではさらに、安心できるつながりの大切さ、居場所を失った若い妊婦の現実、社会から見えていない親子の存在、そして保育園の役割へと話は広がっていきます。
子どもの命を守るために、本当に必要なことは何なのか。二人の対話から、見えてきたことがありました。
松下 清美さん
1958年、東京生まれ。
幼児教育誌や児童書の編集の仕事を30年続けたのちに、対人援助、主に母親支援を始める。
子どもの虐待防止センター相談員
社会福祉士
柴田 愛子さん
1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。
著書
「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、「それってホントに子どものため?」チャイルド本社、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」ポプラ社、その他多数。
人を信じられるかどうか
愛子さん
あるお母さんの相談を受けている時に、私が「もう私を信じるってのはどう?」って言ったの。そしたら「信じるための材料をください」って言うのよ。
でも、信じるって覚悟しかないから、材料はないじゃない。そうしたらその人は、「私は子どもの頃から信じると裏切られるということの繰り返しだったから、人は信じないことにしたんです」って。
心身が健康に育つって、すごく大変なことなんだね。自分の中の子ども時代が健康じゃないと、それをずっと引きずることになる。
そこで大事なのは、人が人を信じられるかどうかなんだろうなあと思ったの。

松下さん
MCG(Mother & Child Group/母と子の関係を考える会)でも、「このままの私でやっていく」と参加するお母さんたちが思えるようになるためには、信じられる場所があるっていうことが大きいなと感じています。
あそこに行けば自分を非難しない人たちがいる。受け入れてくれる人たちがいる。そういう信頼ができてくると、このままの自分で良いんだって思えるようになってくるんじゃないかな、と思う。
愛子さん
依存と信頼や愛情って紙一重だと思うんだけれど、それは依存とは違うの?
松下さん
依存と地続きではあると思う。でも、そういう依存は必要だと思うんです。安心できる場所は、いくつあってもいいと思うし。
例えば、あるお母さんが「鍋いっぱいの麻婆豆腐をせっかく作ったのに、誰も食べてくれなかった」ってすごく怒りながら話したとします。麻婆豆腐って小さい子どもは辛くて食べられないから食べたくても食べられなかったのかもしれない。でもグループでは「そうだよね」ってまずはお母さんのその悔しさなのか悲しさなのかわからないけれど、もやもやする思いを聞いて受け止めてくれるわけです。
そうすると、本人も話して受け入れてもらえたことで、もやもやや怒りの気持ちが鎮まってきて、自分の中で「あれは食べられなくても仕方ないか」って腹落ちする。そういう過程が必要なんだと思います。

愛子さん
心が耕されていない時は、耕すことから始めないといけないんだよね。そこに違う土を上から乗せてもしょうがない。
松下さん
そうなんです。「こうしたらいいよ」とか「子どもはこういうものだよ」と言われても、逆に傷つくこともある。
「〇〇ちゃん、とてもいい子ね」と言われて傷つくお母さんもいるんですよね。そのお母さんにとっては、その子は家では全然いい子じゃないから、「なんで家ではちゃんとしてくれないの?私のせいなの?」って。
個人が尊重される社会って言うけれど・・・
愛子さん
松下さんは、「産む」決心をすることと、「育てる」決心をすることとは別だと思う?
松下さん
子どもの虐待死で一番多いのって、0日死亡なんです。しかも、一昨年は9人だったのに、去年は16人に増えていて。どうして減らないんだろう。同居する人がいないわけじゃないんですよ。誰かと一緒に住んでいたりする。だけど、本人が言わないというのもあるけれど、同居している人が妊娠に気がついていないことが多いんです。
どうして気がつかないのか。家族や一緒に住んでいる人との関係の希薄さや、その人が置かれている立場。これ以上親に心配かけたくない、とか、妊娠を知られたらその家から追い出されてしまう、とか。そんな状況だったのかもしれない。だから誰にも言えないし、誰も気づいてくれなくて、たった1人で、トイレや公園で産まなければならなくなってしまったのかもしれない。

愛子さん
決心するとかしないとか、そんな状況じゃないのね。
うちに姪が生まれた時代は、ほとんどの家が日本家屋だったし、同居だったじゃない。だから、家のどこにいても赤ちゃんが泣いたら、誰かが「どうしたの?」って抱っこしに来てくれた。赤ちゃんは泣くのが、生きる術だからね。
でも、今は多くが一世帯住宅だし、同居と言っても二世帯住宅になった。大人にとっては、すごく快適な時代になったと思うのよ。個人が快適に暮らせるための生活様式とか、つながることよりも個人の権利を尊重することを大事にする時代に、どんどんなってきている。でも、子どもで楽になった人は、あんまりいないのかもしれないわね。
松下さん
個人を尊重するって言っても、見えている人は尊重されているかもしれないけど、見えていない人は全く尊重されていない時代だと思う。だからこんなことが起きてしまう。だって、この16人は見えてなかったんだと思う。というか、見ようとしてこなかった、という方が正確かな…。見えていたらこんなことになっていないでしょう。
子どもの命だけじゃなく、親の命も守れよ
愛子さん
最近いろんな地域で様々な窓口ができているけど、そういう窓口を作らないと親子が追い詰められてしまう社会なんだね。
松下さん
やっぱり、今の社会は生きづらい社会なんだと思います。だから、相談窓口や親子を支援する人たちや親子の居場所は、もっと増えて欲しいと思います。だけど、その時、困っている母親や父親の言葉や気持ちをしっかり受け止めてもらえる人や場所であることが大事だと思うんです。相談にいくと「虐待している親」と言われそうで行かれない、とか、一度相談したらなんだか監視されているように思ってしまう、という声も聞きます。相談するって、すごくハードルが高いんです。支援をしている人たち、私も含めてだけれど、そのことを忘れちゃいけないと思ってる。
愛子さん
でもさ、社会もそうだけれど、大人もスマホばかり見て、子どもを見ていないということもあると思わない?
松下さん
うん。でも、最初は一生懸命育てていても、あるときぷつっと糸が切れてしまうことって、どの親子にとってもそんなに遠い話じゃないと思うんです。

松下さん
私自身の話になるんだけど、生まれた子が最初NICUに入っていて、退院する時にお医者さんから「この子はあまり泣かせない方がいい」って言われたの。でも、すごくよく泣く子だったんだよね。
泣きすぎて肌が赤黒くなってしまうから、このまま死んじゃうんじゃないかって、いつも怖かった。しかも泣くたびに、先生の「泣かせない方がいいよ」っていう、私にとっては呪いの言葉が頭に響いて。抱っこしながら、「泣かないで、泣かないで」っていう声も、揺らす手もだんだん激しくなっていって。「このままじゃ虐待してしまう」って思ったことが何度もあったんです。
でもね、私には近所に林家のおばちゃんって呼んでいる人がいたの。その林家のおばちゃんは会うたびに、「よく育ってるね」って言ってくれて、それが私にとって魔法の言葉で、呪いが解けていく感じがしたんです。
「かわいいね」でも「頑張ってるね」でもなくて、「よく育ってるね」。 それがすごく力になった。
愛子さん
その人が求めていることをちゃんと把握するって大事よね。
松下さん
本当にそう思います。制度はあるけど、現実のお母さん、お父さんにはフィットしないことってすごく多いんですよね。
例えば、今日つらいから、明日預けたい。でも相談すると、「予約が必要です」とか「空きがあるのは1週間先です」と言われて、もうその制度や場所を使えないみたいなことが起きてしまう。
だから電話みたいな、必ずつながれる場所って大事なんです。誰かに話せて、気持ちが届けば、人って結構持ちこたえられるから。
愛子さん
そうなんだよね。 求めた瞬間にポンって返してくれるってすごく必要なことよね。
松下さん
子どもの虐待防止センターにも、「今叩いちゃいました」って泣きながらかけてくるお母さんもいるし、最近はお父さんも結構かけてくるんですよ。
愛子さん
そう思うとさ、保育園って今求められる役割が多くて大変だけど、親のSOSを見逃さないとか、言い方は変かもしれないけれど、親を育てるという役割は大きいよね。
松下さん
本当にそう思う。保育士は子どもと親の一番そばにいるのに、どうしてその役割がもっと大事にされないんだろうっていつも思うんです。保育士の待遇を良くして、その役割をちゃんと位置づけたら、虐待はもっと減ると思うし、世の中を信じられるお母さんやお父さんが増えると思う。

松下さん
りんごの木のすごいところは、お母さんやお父さんの顔をちゃんと見てくれること。そういうことを、やっぱり保育園ってちゃんとした方がいいと思うんです。
園って、子どもを通わせている限り毎日行く場所だからこそ、そこの保育士さんや園長先生には話せるなとお母さんお父さんが思えたり、「お母さん、ちょっと無理していそうだな」とか「お父さん頑張りすぎているな」というサインに保育者側が気づいて話しかけることができる関係があるといい。
そこで一つ、つながりができるから。
愛子さん
でも、今多くの保育園や幼稚園が見ているのは虐待の形跡がないか、ってことなんだよね。子どもの命を守るっていうけど、子どもの命を守るのもいいけど、親の命も守れよっていうことだよね。
- 子どもの虐待防止センター:ホームページはこちら
- 子どもの虐待防止センター相談電話:03-6909-0999
- 受付時間:月~金曜日10:00~17:00 / 土曜日10:00~15:00 ※日曜日・祭日はお休みです。
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撮影:水岡 香
この記事の連載
虐待はどうして起こるのか。—柴田愛子さんと松下清美さんと考える、親子の孤立〈前編〉
第10回のおしゃべりのお相手は、社会福祉士で、子どもの虐待防止センターで相談員もされている松下清美さん。
松下さんは、元ポプラ社の編集者で愛子さんの絵本「けんかのきもち」の担当編集者をされていたという繋がりもあり、今回の対談が実現しました。
「自分は自分でしかないんだから。」 柴田愛子さん × 社会福祉士 松下清美さん〈番外編〉
第10回のおしゃべりのお相手は、社会福祉士で、子どもの虐待防止センターで相談員もされている松下清美さん。
盛り上がったおしゃべりの中で、泣く泣く本編からはカットした「ポプラ社で編集者をしていた松下清美さんが、なぜ社会福祉士になったのか」を、番外編としてお届けしたいと思います。
井戸端aiko
りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする企画「井戸端aiko」。いろいろな方をゲストにお迎えし、お届けしています。
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