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虐待はどうして起こるのか。—柴田愛子さんと松下清美さんと考える、親子の孤立〈前編〉

三輪ひかり
掲載日:2026/04/24
虐待はどうして起こるのか。—柴田愛子さんと松下清美さんと考える、親子の孤立〈前編〉
りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする連載「井戸端aiko」。

第10回のおしゃべりのお相手は、社会福祉士で、子どもの虐待防止センターで相談員もされている松下清美さん。
松下さんは、元ポプラ社の編集者で愛子さんの絵本「けんかのきもち」の担当編集者をされていたという繋がりもあり、今回の対談が実現しました。

松下さんとは長いおつきあいになります。りんごの木のはじめ頃、編集者として取材にいらして出会いました。その後、私に絵本を作りましょうと言いつづけ「けんかのきもち」が登場しました。それこそ子どもの世界の淵を広げてきてくれた人です。そして、虐待が気に掛かる近年、今度はその仕事に携わっているのですから、またひとつ広がるチャンス!ちゃんと話を聞きたいと思いました。


「井戸端aiko」おしゃべりのお相手は…

松下 清美さん
1958年、東京生まれ。
幼児教育誌や児童書の編集の仕事を30年続けたのちに、対人援助、主に母親支援を始める。
子どもの虐待防止センター相談員
社会福祉士

柴田 愛子さん
1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。

著書

「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、「それってホントに子どものため?」チャイルド本社、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」ポプラ社、その他多数。


「虐待」の根本にある孤立

愛子さん
「虐待」という言葉がこんなにも日常的に使われているじゃない?でも私は、どこからどこまでが虐待なのよ、って思うのよね。そもそも虐待がこういうふうにクローズアップされて、「親の支援が必要だ」と言われるようになったのはいつ頃からなのか、教えてくれる?

松下さん
子どもの虐待防止センターができたのは1991年なんです。児童虐待防止法ができたのは2000年なので、そのほぼ10年前に防止センターが設立されたことになります。

なぜ作られたのかというと、その頃まで日本には「虐待はない」と言われていたんです。でも、日本でも虐待はあると気づいていた人たちがいました。それは、生きづらさを抱えた子どもと関わっている人たち。彼らが子どもたちと関わっていくなかで、子どもたちは家族から虐待を受けていたと気づいたんです。そして、それは特別なことではなくどの家庭でも起こりうることだと考えたことが、設立のきっかけだったそうです。

それで、精神科医の斎藤学さんを中心に、子どもとの関係に困っている人、育児に不安を持っている人のための電話相談の窓口を作ろうという動きが立ち上がりました。当時は、電話は1本、相談員は2人。子どもの虐待防止センターの相談員は、開設当初から今までずっと、専門職ではなくて、相談者と同じ立場のお母さんが担っています。お母さんの話を聞き、お母さんの気持ちを受け止めるには、同じ地平に立って聞けることがとても大事だと考えているからです。

開設当日は、一日中電話が鳴り止まなかったそうです。「どうやって育てていいかわからない」「どうしてもイライラして叩いてしまう」と、泣きながら電話をしてくる人も少なくなかったみたい。


左から、柴田愛子さん と 松下清美さん

愛子さん
でもさ、私が子どもの頃には、子どもが悪さをすると手をあげるようなお父さんが、当たり前のようにいたのよ。うちの近くにもね、のぶちゃんっていう子がいて、その子の泣き声が聞こえてくるから家に駆けつけると、のぶちゃんが柱に縛りつけられているということがよくあったの。しかも私たちはそれを「のぶちゃん、お父さんに叱られた!」って、周りではやし立てていたのよ。
つまりね、現象としては、今で言えばかなりのレベルの虐待を、昔は普通の家の親父がやっていたじゃない。それと今とは、どう違うのかしら。

松下さん
よく言われているけれど、地域がなくなって昔に比べて親子が孤立しやすい社会になったことと関係があるんじゃないかと思います。だって、のぶちゃんは柱に括り付けられているところを愛子さんたちが見ることができてる。それは、ある意味暴力の抑止にもなっていたんじゃないかと思う。

子どもの虐待防止センターのホームページにも、『子どもの虐待は、どこの家庭にも起こり得ます。家族間のストレス、住居や経済的な問題、親子の孤立など、さまざまなことが虐待の引き金になります。子育てをする中で生じる不安や寂しさといった感情は、けっして特別なものではありません。虐待をしている親自身が悩み、やめたいと望んでいる場合も多いのです。虐待をする親と子どもには、周囲の温かい支えと適切な支援が必要です。孤立は虐待を悪化させます。』と書いてあるの。

愛子さん
そうするとさ、虐待する側の心情の問題でもあるわけでしょう。
虐待っていう言葉が氾濫しているから、「これも虐待につながるんじゃないか」って不安になる人もいれば、言葉がけで悩む人もいるし、手が上がっちゃう人もいるし、アルコールを飲むとそうなってしまう人もいる。同じ「虐待」と言っても、主観的にはすごく幅があるじゃない。そもそも、虐待に定義みたいなものはあるのかしら?


松下さん
「児童虐待」って英語で Child Abuse(チャイルド・アビューズ)って言うのですが、アビューズは「乱用」という意味で、大人が子どもを乱用する。つまり、自分の不満や不安を解消するためなどに、大人の都合で子どもを扱ってしまうことを指します。それから、児童虐待防止法で、虐待を4つに分類して定義している。

1身体的虐待:殴る、蹴る、叩くなどの暴力をふるって身体的苦痛をあたえること。

2心理的虐待:言葉で脅す、存在を無視する、きょうだい間で差別的あつかいをする、子どもの前で夫婦間暴力(DV)を行うなど、精神的苦痛をあたえること。

3ネグレクト:食事をあたえない、ひどく不潔なままにする、重い病気でも医者にみせない、学校に行かせないなどの養育の拒否や、子どもを放置したり、家族や第三者からの虐待を見すごすこと。

4性的虐待:性関係の強要、性的行為をみせる、ポルノなどの被写体にするなど、子どもに性的な刺激をあたえたり、性的行為をさせること。

子どもの虐待防止センターは、「子どもを虐待してしまうのは、親からのSOSである」という捉え方をしているんです。私はその考え方に共感して、相談員を始めたんだよね。

松下さん
でも、子どもの側からすると、どんな理由であれ傷つきます。その時に、昔だったら例えばさっきののぶちゃんも、愛子さんの家に行けばよしよししてもらえたとか、自分を大切にしてくれる大人が、親以外にもいたじゃないですか。地域が生きていて、おせっかいなおばちゃんやおじさんがいると、家がしんどくてもその人の家やお店に行って遊んで、楽しい気持ちになって帰ることもできたし、「家だけが世界じゃない」と思うこともできた。

でも今は、そういう人が誰もいないことが多くて、子どもが、世の中も大人も信じられないまま、大きくなってしまうケースが増えている。

そう思うと、大人の側から見ても、子どもの側から見ても、社会のあり方の変化は「虐待」に大きく影響していると、改めて考えさせられます。

本当は、方法じゃなくて「話」を聞いてほしい

愛子さん
子どもの虐待防止センターに電話相談しにくる人は、どんな状況の人が多いの?

松下さん
電話をかけてくる人は、「さっき、子どもを叩いちゃったんです」とか「子どもが全然ごはんを食べてくれなくて大声でどなってしまって」って、文字にすると普通の育児相談と同じようなことを話すことが多いかな。
でも、じゃあどうしてわざわざ虐待防止センターに電話をかけてくるのかというと、「なんでそうしちゃうのか」とか「どうしてこうなってしまうのか」など、自分の気持ちを聞いてくれる場所が他にないからじゃないかな、と思う。

例えば、離乳食の相談で別の窓口に電話するとするでしょう。その時お母さんは、「イライラして子どもの口にスプーンを押し込んじゃった」ということを本当は言いたかったんです。でも、「うちの子、離乳食食べなくなっちゃって。」と言うと、「何食べさせてるの?」「何ヶ月?」と聞かれて、「かぼちゃも一緒にあげるといいですよ。」とか「少し食べないくらい、気にしなくて大丈夫!」と言われたとしたら、それ以上は話せないんじゃないかな、と思う。本当に伝えたいことが言えない。それで満たされなかった気持ちを、ここなら話せるかもしれない、少しは楽になるかもしれないと思って、電話をしてくるんじゃないかな。

愛子さん
助けてほしいと思うけど、助けてくれる人に巡り合えないのね。

松下さん
そうなんです。お母さんたちは、方法を教えてほしいわけじゃないんだよね。そんなのはSNSにいくらでも出てくるから。ただ、自分がこうしてしまったっていうことを言いたい、つながりが欲しいのだと思うんですよね。

「いい母」にならなくていい

松下さん
今のお母さんたちって、SNSでたくさん情報を集めることができるからか、「正しさ」みたいなものを手放せないというか、自分は母親として変わらなくちゃいけないところがたくさんあると思っている人が多いなと感じます。

子どもの虐待防止センターでは、電話相談の他にも、MCG(Mother & Child Group/母と子の関係を考える会)という、母親のグループケアの場も開いているんですが、そこでの最終目的は「このままの私でやっていく」ということ。いい母になることじゃない。「ま、いいか」と思えるようになることなんです。

なので、MCGでやるのは、参加したお母さんたちが互いに自分の体験や気持ちを語り、他の人の話を聞くだけ。私たちスタッフはファシリテーターとして場にいるけれど、基本的には何も言いません。お母さんたちが言いっぱなし、聞きっぱなしで話すだけなんです。

でもそうすると、「私だけじゃなかったんだ」ということが、話しているうちに見えてきて。何か困ったことがあっても「このことを今度MCGで話そう、と考えてやり過ごしてきた」と話す人も多いです。

愛子さん
グループにする時って、子どもの月齢とか、親がどのくらい行き詰まっているかとか、そういうので組み合わせを考えるの?

松下さん
こちら側で特にグループメンバーを意図して組むことはないですね。誰でも来ていいし、子どもが何歳でもいい。

愛子さん
NHKのラジオ深夜便の収録が昨日あったんだけれど、タイトルが「子育てに自信がない」だったの。そこに届いたお便りの一つにも、「子どもが18歳になっても、子どもがこうなのは私のせいなんだって思ってしまう」という内容があったわ。だから私は、「もう手放しても良いのよ」って言ったんだけどね。

松下さん
子どもを手放せないというよりも、自分の中の子ども(インナーチャイルド)を手放せないっていう感じかもしれない。例えば自分が小学校1年生の時に何か大変なことがあったとすると、我が子が小学校1年生になった時に、それがフラッシュバックみたいに起きることがあるんです。

愛子さん
でも、考えてみたら、大小あれどみんなそういうものは持っているじゃない。それが傷として残り続ける人とそうじゃない人の違いはなんなのかしらね。

松下さん
それはやっぱり、安心できるつながりがあるかどうかの違いなんだと思うんです。

  

  • 子どもの虐待防止センター:ホームページはこちら
  • 子どもの虐待防止センター相談電話:03-6909-0999
  • 受付時間:月~金曜日10:00~17:00 / 土曜日10:00~15:00 ※日曜日・祭日はお休みです。

   

***

撮影:水岡 香/三輪 ひかり

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りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする連載「井戸端aiko」。

第10回のおしゃべりのお相手は、社会福祉士で、子どもの虐待防止センターで相談員もされている松下清美さん。

前編では、おふたりに、虐待の背景にある親の孤立や、「虐待は親のSOS」という視点について話を聞きました。
後編ではさらに、安心できるつながりの大切さ、居場所を失った若い妊婦の現実、社会から見えていない親子の存在、そして保育園の役割へと話は広がっていきます。
子どもの命を守るために、本当に必要なことは何なのか。二人の対話から、見えてきたことがありました。

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第10回のおしゃべりのお相手は、社会福祉士で、子どもの虐待防止センターで相談員もされている松下清美さん。

盛り上がったおしゃべりの中で、泣く泣く本編からはカットした「ポプラ社で編集者をしていた松下清美さんが、なぜ社会福祉士になったのか」を、番外編としてお届けしたいと思います。

井戸端aiko

井戸端aiko

りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする企画「井戸端aiko」。いろいろな方をゲストにお迎えし、お届けしています。

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