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「信じるようになったら、子どもの力が素直に出てくるようになった。」ーおもちゃデザイナー・和久洋三さん―子どもを聞く、見つめる、感じる。Vol.2【前編】

竹原 雅子
掲載日:2021/12/14
「信じるようになったら、子どもの力が素直に出てくるようになった。」ーおもちゃデザイナー・和久洋三さん―子どもを聞く、見つめる、感じる。Vol.2【前編】

子どもと触れ合ったり、子どもにまつわる仕事をしている人たち。
どんなふうに、その世界を一緒にのぞいたり、近づいてみたりしているのでしょうか。

その言葉に、耳を傾けてみる?
彼らの視線のその先を、一緒に見つめてみる?
手で、足で、鼻や舌や肌で、一緒に感じてみる?
それとも…。

体験やエピソードを交えてうかがうお話の中から、子どもの世界に向き合うヒントに出会ってみたいと思います。


今回お話してくださったのはおもちゃデザイナー・和久洋三さん。
以前、HoiClueでも取材させていただきましたが、長年、子どものおもちゃのデザインに向き合いながら、ご自身のアトリエや保育園・幼稚園でのワークショップなどを通した子どもの創作活動にも、積極的に取り組まれてきました。

たっぷりと語ってくださったお話、前後編でお届けしていきます。

和久洋三さん
おもちゃデザイナー
童具デザイナー/ 童具館館長 / 和久洋三のわくわく創造アトリエ代表。
1942年 東京生まれ。東京芸術大学美術学部工芸科工業デザイン卒業後、 同大学大学院修了。保育園での保育体験、大学講師等を経て、 創造性を伸ばす童具づくりに専念する。以降、「童具館」 や全国の「わくわく創造アトリエ」 で新しい創造共育活動を展開するかたわら、 幼児教育についての講演・講座活動にあたる。
おもな著書に「 子どもの目が輝くとき」、「遊びの創造共育法・全7巻」 などがある。
童具館HP
【童具館公式】和久洋三のYouTubeチャンネル


まずうかがったのは、この仕事についたきっかけ。
子どもにとっておもちゃとは…?そもそも子どもって、どんな存在?

深く広く大きなテーマ、子どもと正面から向き合うためにその“原点”を追い求めてきたそうです。

この仕事についたきっかけは…

人の喜びの世界を追求していく、おもちゃデザインという仕事

ーこどものおもちゃを作ろう、そう思われたのはどんなきっかけだったんですか?

僕は勉強が嫌いで、ものづくりが好きだった。ものづくりを通して自分も楽しんで人も喜んでくれる、そんな仕事に出会いたい。大学時代に見つかったらしめたもんだと思っていたんだよね。それでとにかく、いろんなことにぶつかっていきました。

美術大学3年生の時に「おもちゃを作る」っていう課題が出たんですよ。
幼稚園や保育園、障がい者の施設に行って子どもと遊びながら、どんなものでよく遊ぶのかなぁって、考えたの。

それがものすごく、楽しかった。天から与えてもらった機会だってくらい、感動したんです。
遊びっていうのは人間をすごく楽しくさせる。その喜びの世界をもっともっと追求したいっていう思いと、おもちゃを作るということが、非常に素直に結びつきました。
デザインしながら「人間とは何か」を考え続けていける仕事だと思ったんです。

それでね、「よし、おもちゃをデザインする仕事をしよう!」って決めました。


ー大学を卒業されて、フレーベル館(児童書や保育園・幼稚園に向けた遊具などを販売する会社)に入社されたそうですね。

日本の幼児教育とともに成長してきたフレーベル館という会社を知って、ここだ!と思ったんで「入れてください!」って一人で乗り込みましたよ(笑)。おもちゃデザイナーとして仕事をしながら、我が国における幼児教育の発展やおもちゃの歴史も研究させてもらいました。

そんな中で、だんだんと怖くなっていったんです。
僕は“子ども”を知らない。なのにこんなにどんどんおもちゃを作って、それが商品になっていく。
本当にいいのかなって。

やっぱり一度、現場に出ないとダメだな。幼稚園や保育園で子どもたちと本気になって関わって、もっと子どものことを理解しないと。

そう思い立って、2年間お世話になったフレーベル館を退職して、たまたま声のかかった保育園の保父(※)さんになりました。

(※)平成11年4月の児童福祉法施行令の改正により「保育士」という名称に変更。

ただ、ものを作るお金も生み出せない安い給料だったんです。だから保育園の仕事と美大の予備校の講師をかけ持ちし、あとは僕の活動を応援してくれる人たちからの援助を得ながら、とにかく真一文字に子どものおもちゃ作りに取り組んだ。
僕の作るおもちゃは高価だったけれど、ありがたいことにたくさんの人に買ってもらえるようにまでなりました。


その売上げを元手におもちゃ作品を100点つくって個展を開こうと、一年間おもちゃ作りだけに無我夢中で没頭した時期もあるんです。
自分のインスピレーション、「これだ!」ってひらめいた瞬間に、作品が生まれていく。
「生きていてよかった」、そんな喜びを感じる体験でした。


おもちゃって、子どもにとって本当に必要…?

ー おもちゃ作りを極められていったんですね。

でも40歳を過ぎてからね、「おもちゃ」そのものに疑問を持ち始めたんですよ。
僕のおもちゃもだいぶ世間に知っていただくようになってからなんですけどね。
本当におもちゃって、子どもにとって必要なものなのか…?って。


ーそれは、全ての原点に立ち返るような疑問ですね、そして随分とベテランになられてから…。


それまで、考えたことはなかった。子どもがおもちゃで遊ぶことは、ご飯を食べることのように当たり前だと思っていたから「こういうふうに作れば、子どもは遊ぶだろう」とおもちゃを作ってきたんです。

だけどすぐに飽きちゃうおもちゃもあれば、長く遊び続けるおもちゃもある。その違いは何なんだろう。
このことを自分の中ではっきりさせないと、おもちゃ作りは続けられないな、と。

それでスペインに移住して、幼児教育の祖と言われるドイツの教育者・フレーベルの研究をしながら、徹底的に幼児教育と向き合いました。
フレーベルの哲学が、どれだけ真実なのかを知りたい。子どもと関わって、直接いろいろ学ぶしかない。

そう決意して、帰国してから、子どもたちと創作活動をするアトリエをつくりました。



子どもと向き合う中で、変化したこと

「指導」することができなくなった

ーおもちゃデザイナーとして順調なスタートを切ってからも、「子ども」「おもちゃ」の本質を常に問い続けて、ご自身なりの答えを追い求めてこられたんですね。
アトリエで直に子どもたちと向き合うようになってからは、何か変化はあったのでしょうか。

童具館(アトリエ)を建てたのは、50歳近くなってからかな。
やっぱり最初は必要だと思ってたんですよ、「指導」が。
僕の指導によって、子どもの創造的な能力を引き出してやろうと思っていた。

そんなある時ね、アトリエに来たかんちゃんという4歳の子が、りんごを描いたんです。
色は黄色く、形はひょうたん型に。

僕が「これ、りんごを描いたの?」って聞いたら、かんちゃんは「うん」って言う。
「りんごって赤いだろう?この絵は、黄色いよ。りんごって丸いよね、でもかんちゃんの絵は丸くないね?」って言うと、「うん」ってこたえる。

だから「じゃぁちょっと先生、描いてあげよう」って、僕は描き直しちゃったんですよ、かんちゃんの絵の上に。
そうしたら…かんちゃんの目から涙が、ポロポロポロ…。
「あぁぁ、違ったんだね、あれで良かったんだ」って聞くと、「うん」ってうなずくんだ。

僕は必死になって、かんちゃんの絵を元のように直しました。
りんごには赤色を塗っちゃったもんだから、元のレモンイエローのような鮮やかな黄色には戻らないんだけど「かんちゃん、ごめん。ここまでしかできないけど、いい?」って謝った。
そうしたら「うん」って、許してくれたの。

僕は、かんちゃんの絵を一週間、自分の部屋に飾っておいたんです。
そうしたらね、あぁ、ひょうたん型の黄色いりんごでも、絵としてちっともおかしくないなぁと気づいた。
それからだね、子どもに指導ができなくなったんだ。

何も言わなくても、子どもはちゃんと「絵」にしていく

ー 和久さんの指導がないアトリエ、子どもたちはどんなふうに創作に向かっていくんですか?

子どもが何を描きたいのか、大人は本当はわかっていないのに「こうしたら?」って言ってしまうでしょう。
それは大人の傲慢っていうか、子どもを蔑ろにしている姿勢だってことが、わかりだした。

それからです、「好きなように描いてごらん」って子どもたちに言うようになったのは。
そうしたら、子どもからいい絵がどんどん生まれるようになったんだ。

子どもが描き始めて最初は「あぁ、このまんまだとメチャメチャになっちゃうな…うぅぅ、どうしよう…」と思う。「口を出したい…!」って気持ちを抑えるのは、大変なの(笑)。
だけどね、何も言わなくてもだんだん、だんだん絵になっていく。子どもはちゃんと絵にしていくんですよ。

子どもを信じられるようになったら、子どもの力が素直に出てくるようになった。
そして、僕はいつも感動できるようになった。
初めて、子どもの姿が段々と見えてくるようになってね。
だから全く飽きないんですよ、子どもと付き合っているのは。

***

「僕は、若い頃から創作活動に対する姿勢は変わっていないんだけど、子どもの見方は、どんどん変わってきました。」


さらに子どもの世界へ近づくために、和久さんが意識するようになったこと、大切だと思っていること。
広がっていくお話の続きは、後編で。

後編につづく


写真提供/童具館

この記事の連載

「人間の秘めた力を、子どもを通して教えられてきた」ーおもちゃデザイナー・和久洋三さん―子どもを聞く、見つめる、感じる。Vol.2【後編】

「人間の秘めた力を、子どもを通して教えられてきた」ーおもちゃデザイナー・和久洋三さん―子どもを聞く、見つめる、感じる。Vol.2【後編】

今回お話を聞いたのは、おもちゃデザイナー・和久洋三さん。

後編で展開していったお話は、“子ども”を知るために、その世界に近づくために和久さんが大切にしていること。
それは無我夢中になれる環境、そしてひたすら「待つ」ことなのだそうです。

和久洋三さんの記事

「遊びの中の関係性に注目すると世界が変わる」 おもちゃデザイナー 和久洋三さんの考える、おもちゃと遊び

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笑顔がとってもチャーミングな和久洋三さん。

「生き生きと育とうとしている子どもたちが自分の能力を充分に発揮できる環境を用意してあげたい」という願いから、子どもたちの創造性を大切にした童具(おもちゃ)づくりを始めて、45年が経ったといいます。

幼児教育にも精通していらっしゃる和久さんに、おもちゃのこと、子どものことについてたっぷりお話をお伺いしました。

「子どもの力って、大人が思うよりずっと凄い」おもちゃデザイナー 和久洋三さんが見つけた子どもの本当の姿

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童具(おもちゃ)を作ることに留まらず、実際に子どもたちと関わることや、子どもが創造的に遊び、表現できる場作りも積極的に行っている、童具デザイナーの和久洋三さん。

そんな和久さんから見える、「子どもの本当の姿」とは一体どんなものなのか…。

大切なことを考えるきっかけとなるお話を、たっぷり伺うことができました。