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大豆生田先生と考える。日本の「保育の質」ってなんだろう?

三輪ひかり
大豆生田先生と考える。日本の「保育の質」ってなんだろう?


共著書「日本が誇る! ていねいな保育 - 0・1・2歳児クラスの現場から-」(2019年7月発行)を小学館より出版された、玉川大学教育学部・教授の大豆生田啓友先生。

大豆生田先生がここで述べている“ていねい”とは、“保育の質” とは、何なのか。
じっくりお話を伺いました。

日本の保育が大事にしてきたこと

ー 海外の保育が注目されている今、なぜこのタイミングで日本の保育に目を向けたのですか?

近年、OECD(経済協力開発機構)はじめ世界的に「乳幼児期の教育・保育の質」への関心が広がっていますよね。
日本の中でも、海外の乳幼児教育・保育の取り組みへの関心が広がり、それを視察したり、日本にないものを真似したい、取り入れたいという大きなムーブメントが起きていると思います。

大豆生田 啓友

青山学院大学大学院修了後、幼稚園教諭などを経て、現在、玉川大学教育学部教授。日本保育学会副会長。保育の質の向上、子育て支援などの研究を中心に行う。NHK Eテレ「すくすく子育て」でも活躍中。著書に『あそびから生まれる動的環境デザイン』(学研教育みらい)、『21世紀型保育の探求ー倉橋惣三を旅する』(フレーベル館)など多数。

でも、そもそも「保育の質」って、それぞれの国の文化の歴史的背景、社会的背景のなかで考えられてきたものです。
イタリアのレッジョ・エミリアの幼児教育だってそうですよね。戦後の復興の中で一人ひとりの子ども、幼児教育を重視しようという流れだったと思います。

そう考えた時に、僕たち日本人は海外の優れた取り組みに出会うと、そこに正解があると思いがちですが、「そもそも日本の幼児教育・保育で大事にしてきたことって何なのか」ということに、目を向けることも必要なんじゃないかと思ったわけです。

実際、保育の質に関する研究や様々な実践の議論の中でも、自分たちが大事にしてきた保育の質とは何なのか、日本の歴史的・文化的背景から議論される流れが生まれてきています。



倉橋惣三の「子どものこころもち」

ー 今回出版された共著書のタイトルに「日本が誇る!ていねいな保育」とありますが、日本の保育の質を語るうえで、“丁寧”がキーワードになるということでしょうか。

「ていねいな保育」という言葉は、日本の幼児教育の先駆者とも言える「倉橋惣三(※1)」が発信してきた保育論や、わが国の先駆者の優れた取り組みから考え、イメージしたものです。    

倉橋の代表的な著書である「育ての心」に、“子どものこころもち”という言葉があるのをご存知ですか?


ー 子どものこころもち、ですか。

単なる「心」や「心理」じゃなくて、心に気持ちをつけた「こころもち」という言葉。

一人の子の心的状態をまるごと丁寧に捉えようとする、目の前の子に対して尊厳を感じ、すごく温かく、丁寧で、人間味がある、日本独特の表現だと思うんですよね。       

目の前の子どもの存在をまるごと受け止め、内面理解を大事にしようという意味として捉えられますが、ここに日本の保育の大切な姿勢があるのではないかと思うのです。

「育ての心(上)」倉橋 惣三・著(フレーベル館)

倉橋惣三の流れを継承した方に、日本保育学会の会長をした津守眞先生(1926 – 2018)がいます。津守先生は保育学会の会報に「日本の保育はきめ細かく子どもと接することで知られている」と書いていました。
「こころもち」や「丁寧」は、「きめ細かい」と言い換えても、かなり近いものだと思いますね。

そして、それをさらに言い換えていくと、保育所保育指針等のなかに記されている「応答的」「受容的」という言葉になる。

こころもちを大事にする、丁寧できめ細やかな保育をするということは、子どもに応答的、受容的に関わること。
つまり、子どもが生きている世界をまるごと見ようとするということですからね。


ー 丁寧という言葉だけを聞くと、念入りに関わることを想像しやすいかなと思うんです。でもそれって一歩間違えると、過度なコミュニケーションになったり、その子が失敗しないように先回りをするような関わり方になったりしてしまう。ここで大豆生田先生が語られている丁寧は、そういうものではないわけですね。

これも誤解を招く言葉でもあるけれど、「見守る」というのも日本的だと思います。子どもがしていることへの信頼があるから、見守れるわけですよね。

倉橋の「育ての心」の冒頭に、『自ら育つものを育てようとする心、それが育ての心である』という一文があります。つまり、「子どもは自ら育つ存在だ」と。

そう子どものことを捉えられると、丁寧の捉え方も変わってきませんか。

大人が先回りするのではなく見守る。
子どもは自ら育つ存在だから、積極的な関心を持って、その子の生きている世界を捉えようとする。
だから、主体的な活動である「遊び」を重視するのです。

 「見守る保育」とイコールかどうかはわかりませんが、目のまえの子どもの存在を丸ごと丁寧に受け止めようとするきめ細かな保育というところに、日本的な保育のよき伝統があるのではないかなと思います。

※1倉橋惣三(1882-1955)
子ども・保育研究の先駆者であり、日本の就学前教育における遊び児童中心主義を確立したといわれる。主著書に『幼稚園雑草』『就学前の教育』『幼稚園真諦』『子供讃歌』など。



子ども主体の保育への転換

ただ、それとは真逆の実態もあります。
一斉化画一的に指示・管理する保育も少なからずありますし、その背景に、長時間の保育が一般化する中で、安全管理だけが一人歩きするような実態や、質より量的な対応が求められたりしてしまう実態があると思います。    

また、現在のわが国の保育環境は、保育をする人にとって決して望ましい状況ではありません。
あげるとキリがないですが、給与や働き方、クラスサイズや保育者一人が関わる子どもの数、子どもに関わらないで明日の準備やふりかえりを行う時間の確保など、課題もたくさんあります。

でもそのような中でも、「子どもの主体性」というキーワードをたくさん耳にするようになりましたよね。意識を変えようというムーブメントが大きく起きているということです。

それはたとえば、厚生労働省の「保育の質の確保・向上に関する検討会」においても「子ども中心」の保育の検討が進められていることにも現れています。


ー  決して良い状況とは言えないけれど、でもその中で子どものためにできることをしていこうという動きが、現場の中でも、研究や制度の変革の中でも起きているんですね。

そうです。いま、多くの園が子ども中心、子ども主体に転換しようとしています。
決してよい条件が与えられていない中にあっても、日本の保育現場の先生方は遊びを重視し、その子のこころもちに寄り添おうとすることを大事にしようとしているのです。                           

今までそうでなかった園の改革も起こり始めています。
そうした流れは、海外から学ぶこともありますが、倉橋の「こころもち」や「子どもは自ら育つ存在」であることを重視するわが国の特徴でもあると思うんです。


******

後編では、子どもの心持ちを大切にする保育をするための具体的なヒントについてお話していただいています。

関連書籍

▶「日本が誇る! ていねいな保育 - 0・1・2歳児クラスの現場から-」著/大豆生田 啓友、おおえだ けいこ(小学館)

▶「育ての心(上)」倉橋惣三・著(フレーベル館)
▶「育ての心(下)」倉橋惣三・著(フレーベル館)


後編: 「保育は、必ず変えられる。」大豆生田先生が提案する、今からできる4つのこと

「保育は、必ず変えられる。」大豆生田先生が提案する、今からできる4つのこと

前編(大豆生田先生と考える。日本の「保育の質」ってなんだろう?)を通して、日本の保育の質は、「子どものこころもち」を大事にすること、子ども主体の遊びや生活を大切にすることだとお話してくださった、大豆生田先生。

後編では、子どものこころもちを大事にした保育を行うためのヒントを伺いました。
 


取材・執筆:三輪ひかり
写真:雨宮みなみ

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