しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記II (第五回)「遠く離れて」
お茶を急須から淹れる時は、幾度かに分けて注ぐ。ごはんをよそう時も、そう。お味噌汁の具材は家にあるものでいいから2種類は入れて。
モンテネグロからボスニアに渡るバスの中で母から教えられたことを思い出した。この夏、バックパックを背負って、トルコ、モンテネグロ、ボスニアヘルツェコビナ、クロアチアの4カ国を渡る旅をした。飛行機、長距離バス、夫が運転するレンタカーで移動した旅。毎日足の裏がジンジンするまでとにかく歩いた。トルコではピーマンに米と玉ねぎ、そして牛ひき肉を入れたドルマ、クロアチアのザグレブではハムとチーズが何層にもなったカツレツ、その土地の食事をすることもあれば、現地のスーパーで買い物をし簡単な料理をすることもあった。その土地に流れる風を感じ、人と人の間にある表情を感じる。同じ地域に連泊したのは一度だけ。今まででいちばん一度の旅行の中で国境を越えた。
当たり前のことだけれど、それぞれの土地に、風土があり暮らしがある。人柄もあり、言葉も政治も、流れているテレビのニュースもちがう。ただ、子どもたちの遊びは、身近にいる子どもたちを思い出すことが多々あった。長い木の棒を拾う、色とりどりのフラッペを友だち同士、分け合って混ぜて飲んでみる。笑い合いながら、じゃれ合う、絡み合う海辺の風景。
旅の途中で、ドイツに住んでいるというベトナム人の親子に出会った。少し話をしていると、どんな仕事をしているのかとたずねられる。
「保育士」だと応えると、「子どもに教えるのは難しい、僕にはできないよ!」と優しい笑顔で答えてくれた。(彼はシステムエンジニアだそう)「教えることだけが保育じゃなくて……」と思いつつ、そんなニュアンスを、会話ができない自分がもどかしい。教えることだけじゃなくて、一緒に生きること、暮らすこと、季節を感じながら、一緒にごはんを食べて、考えて、時にはすれ違い、葛藤しながら・・・葛藤しながら・・・日本での日々を思い浮かべる。
暑くて最初の頃は毎日アイスクリームを食べていた。そういえば、子どもたちも園でアイスクリームを作ると言っていたな。成功したかな、などと思う。各土地で、さまざまな出会いがあった。手作りのハーブソルトやオレンジやナッツのお菓子を売っている人、父親の養蜂所で取れたはちみつを販売している人、奥さんが日本語を勉強しているというホステルのお父さん。
旅先でほっと安心できる人と話をすると心がほどけた。「どこから来たの?」と私に少しでも興味を持ってくれる人と出会うと「大切に思ってもらえている」と実感することができた。言葉がなかなか通じない環境の中だからこそ、表情やふるまい「Where are you from?」というあいさつの定型文が心に染み入る。
今年で10年になるしぜんの国保育園smallvillageのイメージソースとなる村の小さなお家や、少しだけ曲がっている道を実際に歩いてみると、最初に建てた時のコンセプトや思いが立ち上がって来る。遠く離れた土地に来て気がつくこと。感じること。人としての安心や居心地。笑い顔、表情、ものを置く所作、おいしいごはんがもたらしてくれる幸せや、街をのんびり歩く猫のふるまい。ああ、気持ちがまた新しくなっていくのを感じる。背筋も伸びる。これから、どんな景色が見えるのか、見たいのか、ひとつひとつ、人にも土地にもいつも真摯でいたい。
帰国して園に戻ると、ソウマくんがすぐ「みわさん、歯が抜けた」と報告しに来てくれた。下の歯が抜けていた。歯のない笑顔。
やっぱり私はこの場所が好きで、大切だ。
ー このコラムは『しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記II』の連載第五回です。
このコラムの連載
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記Ⅱ(第一回)「わわわっと2024年がスタート」
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記II (第二回)「葉っぱを裂く」
「ねえ、メイちゃん、なんでこの葉っぱから糸が出るってわかったの?」そうたずねると、「めったんに教えてもらったの」と小さい声で答えた。
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 II(第三回)「今日も子どもの傍に」
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 II(第四回)「一緒に迎える、越えていく、渡る」