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しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 II(第三回)「今日も子どもの傍に」

齋藤美和(さいとうみわ)
掲載日:2024/06/11
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記 II(第三回)「今日も子どもの傍に」


高校の選択授業の中で「保育・教育」の授業を持たせてもらい、今年で2年目。24名の高校3年生に2コマの授業を担当している。保育の場では、いつも誰かがいてくれるから、ひとりで教室に入っていくのはとても勇気のいることで、「教室の中でつい、非常勤の保育者を探してしまった!」と、非常勤保育者の会議で話をしたら、笑ってくれた。

午後からの授業なので、園から高校に向かう時間と、ランチの時間が重なる。エントランスで靴を履いていると必ず子どもに「えっ、美和さんもう帰るの?」と聞かれる。「ううん、高校生と勉強をしてくるんだよ」というと「ふーん。」とか「俺のお兄ちゃんも学校行っている」とか話をしてくれる。そして、「いってらっしゃい」と見送ってくれるのだ。

今日の授業は「保育園・幼稚園・こども園のちがいと、自分が通っていた園について」。新しい出会いの中で、どんな授業が彼ら、彼女たちに合っているか試行錯誤の日々の中、今日は学生たちの幼少期の園生活を聞かせてもらっているうちにあっという間に時間が過ぎた。

園の事を全く覚えていない子もいれば、給食のメニューを覚えている子もいる。園庭の遊具、大人の一言。島で育ったという子は本当にうらやましいくらいにのびのびと過ごしていた。プールや、ピアノ、体操をする園の子もいるし、泥団子を作るのが好きだったという子もいた。みんなそれぞれの幼少期を過ごしてきたけれど、目の前にいる学生のひとりひとりに持ち味があって、楽しい。日を追うごとに、存在の輪郭が見えてきた。

「今日の授業では園生活のことを忘れていた子もたくさんいて、今私は保育という場に真剣に身を置いているけれど、今一緒にいる子どもたちも忘れちゃうのかもしれないなと思うと、さみしいというよりは、儚いというか、でも嫌な気持ちじゃなくて、ちょっと美しいような気もする。だからこそ、保育者は記録を描いたり写真を撮ったり、保護者と話をかわしたりする。大人がそっと憶えておけばいいのかもね」と話した。

振り返りのシートのなかで、一人の女の子が「子どもはみんな憶えていると思う。今日、全部忘れたといっていた子も、何かを見たときとか、みんなで、思い出話をしている時とか、そんな時にふっと小さい時のことを思い出すんだと思う」と書いてくれたことが、心にそっと残っている。

りんごの真ん中をくり抜いてろうそくを灯したこと。おやつをお金を持って買いに行ったこと。友達の悪口をいっていたのを大好きな先生に気づかれたこと、収穫したいちごが甘くなかったこと。お泊まりや芋掘り。高校3年生の口から語られる保育園や幼稚園の記憶。

ひとりひとりに聞いていくと浮かんでくる、24つの園の風景。それぞれに思い出があり、それぞれに子どもが生きていて、その傍らに保育者がいるんだな、と不思議な気持ちが身をまとった。


今日はせなちゃんとちーちゃんとミミズを探した。「ミミズを探したい」と誘われて、夕方の時間に一緒に探した。ミミズはじめっとした所にいるよね、と言って、草むしりがてら草を抜いていたら「あっ!」2匹ミミズが顔を出した。「いた!!」私もうれしくなる。「やったねーいたね」とせなちゃんと顔を付き合わせてカップに入れたミミズを見ていたら、ちーちゃんがそっと私の近くにきて「みわさんが抜いた草、埋めておいたよ。草だって生きているんだからね」と言われた。


ー このコラムは『しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記II』の連載第3回です。

園長美和さんのわっしょい日記

園長美和さんのわっしょい日記

しぜんの国保育園の暮らしについて、園長という視点から綴られているコラム連載。“タイトルの「わっしょい」はさまざまあるようですが、語源である「和を背負う」という意味と、なんだか口に出すとうれしい気持ちになるところから名付けました。悩み揺れながら感じる日々の小さなあれこれを綴っていきたいです。”(園長美和さんより)

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