「遊びと暮らしを大切にするとは?」開園二年目の風の丘めぐみ保育園の保育と向き合う日々。
保育者の柔らかな眼差しのなかで、のびのびと遊ぶ子どもたち。
昨年2022年に開園したばかりとは思えない、風の丘めぐみ“らしさ”を感じる時間と空間。
風の丘めぐみの保育はどんな想いから成り立っているのか、園長の大野じゅんさんと主任の餅井香織さんにお話を伺いました。
風にのる、森にくらす
ー 開園したばかりというこのタイミングで取材させていただける機会はなかなかないので、改めて今回は取材をお受けくださり本当にありがとうございます。
じゅんさん:
「まだ開園したばかりなので…」と言い訳にできるのも今年が最後かなと思うので、来年から急に取材などお断りしだすかも、というのは冗談で(笑)、こちらこそありがとうございます。
左から、園長の大野じゅんさん、主任の餅井香織さん。
ー 風の丘めぐみで過ごさせてもらって気づいたのは、子どもも大人も心地良さそうに過ごしているということ。私自身も、森の中で気持ちの良い風に吹かれているような気持ち良さを感じていました。
じゅんさん:
見学に来ていただいた方にも、「田舎のおばあちゃんちに来たみたいで長居しちゃう」とよく言っていただくんです。最初はなんでそう感じてもらえるのかわからなかったけど、この建物の存在がすごく大きいなと感じています。
保育ってハードじゃなくてソフトが絶対大事だと思います。だけど、園舎がこの建物であるということが、私たちの暮らしの出発点になっているのも日々感じていて。
園舎の設計は、象設計集団。
ー 暮らしの出発点、ですか。
じゅんさん:
この建物を生かした保育ってどんな保育だろうとか、この雰囲気にどんな保育が合ってるかみたいなことを、開園当初から保育士たちと一緒に考えてきたんです。それこそ、「象設計さんの建物ってこういうコンセプトだよ」と私からみんなに伝える時間も設けたりしながら、見える象徴として、私たちが目指したい保育や在り方を建物に代弁してもらってきたところがあるかもしれません。
ー 風の丘めぐみが目指す保育と在り方。ぜひお聞きしたいです。
じゅんさん:
園のコンセプトに「風にのる、森にくらす」という言葉があります。理事長の輿水基と一緒に作ったのですが、この一年でこの言葉は、私たちの保育の指標というか、迷ったら戻ってこようと思う大切なものになりました。
「風にのる」というフレーズは、主に0,1,2歳児を思い浮かべて、風を子どもになぞらえてつけました。子どもってすごく気まぐれで、自由で、軽やかで、まるで風みたいな存在。そんな子どもを、捕まえてどこかに囲い込んだり、みんなで同じ方向を向いて吹きますよとコントロールしたりするんじゃなくて、保育者も保護者もその風にふんわり乗せてもらうように、子どもの自由さや気まぐれさを楽しく面白がって、一緒に暮らせたらいいなという願いが込められています。
あと、風って目に見えるものじゃないし、そよ風みたいな風だと感じようと思わないとそこにあることに気づけないことってありますよね。だから大人がその風に乗るためには、まずその風を見つけないといけない。今吹いてるなとか、あ、ちょっと向きが変わったな、みたいなことに気づけるように、注意深く子どもに目を向けられる存在でありたいなと。
「森にくらす」というフレーズは、3,4,5歳児を思い浮かべてつけていて、森には微生物もいれば、大きな熊も住んでいるし、植物も動物もさまざまな生き物が連鎖して生きています。風の丘めぐみもそんな森のように、子どもたちが多様な他者と関わり合いながら、自分たちで暮らしをつくっていく場になっていけるといいなと思っています。
具体的には、「暮らしと遊び」を大切に。・・・でも、正直にお話すると、それがすごく難しいんだなと感じた初年度でもありました。
ー どんな難しさを感じてきたのでしょうか?
じゅんさん:
さまざまなバックグラウンドの、保育経験豊富な人も含めて想いのある保育者たちが集まってくれたんですが、いざ開園して保育がはじまると、それぞれが思い描いていた“いい保育・いい暮らし”というイメージが結構違ったんです。
かおりさん:
お互いの思う“いい保育、いい暮らし”の重なってるところを見つけるのに一苦労するくらいでしたよね。私は鹿児島にある阿久根めぐみこども園から、開園にあたり異動してきたのですが、例えば阿久根で大切にしてきたことや、うまくいっていたことも、そのまんま持ってきてもダメなんだ、ということに気づいてからは、新しい仲間とゼロから保育を作るくらいの覚悟で、私自身、改めて真摯に保育に向き合う日々でした。
じゅんさん:
たとえば、「子ども主体は大切」というところはみんな一緒なんだけど、援助をするか、見守るかも含めた具体的な子どもの導き方とか、物や環境の提供の仕方やタイミングが、本当にそれぞれ違って。基本的には否定的な言葉は使わないようにというのは大前提にはあるんですけど、じゃあ子どもに伝えたいことが否定的な時は伝えること自体をやめた方がいいのか・・・など、開園したばかりで文化やルールが何もないからこそ、大人が子どもに遠慮がちになってしまう時期もありました。
今振り返ると、開園一年目はそういう細かなところを一から考えたり、試したりしながら、保育者たちの在り方や考え方みたいなところの重なりを増やしていく一年だったなと思います。
ー 今日拝見させてもらった中では、大人が子どもに遠慮するような関係性は感じませんでした。きっとこの一年で、子どもたちとの関係性を築くことを大切にされたり、保育者同士の話し合いもたくさん行われてきたのだと思います。
じゅんさん:
そうですね。保育者たちの対話の時間を意識的に設けてきました。あとはやっぱり一年一緒に暮らすことで、これは園的にありなのかなしなのかではなく、保育者自身が、私はこれは大事にしたい、きちんと伝えたいということを自信を持って子どもたちにも同僚にも伝えられるようになったんだと思います。
森棟(3-5歳児)では、「ちょっとそれはやめてほしい」と伝える大人と「へへへ、やっちゃった」みたいな子どもの姿があったりするんですけど、そういう姿を見ていると、家族ってこうだったよなって。大人が完全に感情をコントロールしなきゃいけないということではなくて、関係性が築けていれば、「今すごい悲しかったよ」とか、「本当に嫌な気持ちになっちゃった」とか、「それ以上言われるとさすがに私もイラっとしてしまうかも」と伝えると、意外と子どもって、例えば「たけしさん(風の丘めぐみでは、保育者をファーストネームで呼ぶ)がイラってするならよっぽどまずいことしちゃったかな」みたいに感じてくれることもあったりします。
同じことをしても、それに対して厳しい人もいれば、意外と寛容的な人がいるみたいなことや、この人は綺麗好きで、あの人はこういうのは苦手なんだなというようなことが、大人にも子どもにもあっていいと思うんですよね。それが一緒に暮らすということかなと思うんです。
遊びってなんだ?暮らしってなんだ?子どもってなんだ?
じゅんさん:
開園前後は割と気軽に「遊びと暮らしを大切に」という言葉を使っていたんですけど、本当に深い言葉だなとみんなで日々実感しています。
たとえば、「遊び」という言葉も、保育者はよく、お絵描き遊びやシャボン玉遊びというように名詞として使ってしまいがちですが、子どもにとっては動詞で「遊ぶ」という行為のこと。そう考えると、〇〇遊びを準備して提供するだけでいいのかなとか、子ども主体であることはもちろんなんですけど、そこに大人はどう関わったらいいのかなと、保育者側にも日々試行錯誤が生まれます。
「かぜのおかれいんぼーあいす」の屋台は、DIYが得意な保育者・中村さんが作ったもの。以前からアイス屋さんごっこをする子どもたちの姿はあったが、屋台が出来たことで子どもたちの「やりたい!」や発想がより豊かになり、遊びが盛り上がっていったそう。
暮らしも、日本の古き良き丁寧な暮らしができるといいなと思っていたところもあるんですけど、実際の暮らしってもっと生々しいし、雑多だし、煩わしいものだと実感していて。でも、そういうことを排除するんじゃなくて、そういうことも含めた上での「心地いい暮らし」をみんなで紡いでいけたらなと思ってます。
ー 心地いい暮らしをみんなで紡いでいく。
たとえば、「12時になったから片付けしてごはんの時間だよ」というように時間で生活を区切らないようにしたいけれど、「お腹が空いたら朝から晩まで何時に食べてもいいですよ」となんでもOKというわけにはなかなかいきません。でも、その中でも、どこまで一人ひとりの暮らしのリズムに合わせられるか、時間の幅を取ることができるのか、ということには、心を向け続けることはできると思うんですよね。
そして、そういう大人の関わりや環境の設定によって、子どもたち自身が「自分たちの意思決定と手と足で生活できているな」と、いろんなタイミングで感じられるようになっていくんじゃないかなと考えています。
あと、心地よい暮らし方みたいなものって、どの時代にも家族と共に暮らす中で教えてもらってきたものだと思うんです。
汗をかいたら水浴びすると気持ちいいよとか、ちょっと煩わしいけどこれをしておくと次の遊びがしやすいよとか。そういう暮らしの知恵みたいなものは、子どもと一緒に暮らす人として大人から伝えていきたいなと思います。そして、ゆくゆくはそういうことを子ども同士でも伝えられていくといいなと。
ー 園内を見学させてもらったときに、子どもたちが穏やかなのがすごく印象的だったんです。環境の力ももちろんあるとは思うのですが、心地いい暮らしのお話を聞いていると、その姿は自然と起きているだけではなく意図して生み出されている部分もあるんじゃないかと感じました。
じゅんさん:
穏やかに見えたのは、たまたまそういう場面に居合わせただけかもしれないんですけど(笑)・・・そう感じてもらえたとすると、例えば、各部屋の中に必ず「ゆっくりコーナー」というのを設けていて、何もしたくない子もそこに居られるような場所を作るということと、何にもしないという子どもの選択も保育者たちが大事にしてきたのが大きいと思います。
園長という立場からだと、子どもたちの思いを全部聞いてると人手が足りないよと思う時も正直あるんですけど、 「何もしたくない」とか、「今日は外に出たくない」とか、逆に「お部屋で遊ぼうと言ってるけど外に出たい」みたいな子の気持ちも叶えてあげたいという思いを持っている保育者が多くて。子どもたちはそうやって自分の気持ちを表現した時に受け止めようとしてくれる大人がいることで、自分らしくその場にいていいんだと思えているのかもしれません。
あと、雨が降っていたり、今の時期みたいに暑くて外にずっと出られないと、子どもはエネルギーを発散できず落ち着かないと言ったりしますが、もちろんそういう面もありますが、それだけではないと思うんです。だって、子どもは集中力とか内に向けてのパワーみたいなものもすごい。それを活かせる環境や時間を作ってあげると、子どもの姿は変わってきます。
外に出て、わーっと走るだけが子どもらしい姿じゃない。そういう子どもたちの姿を引き出せるかどうかは、私たち保育者の専門性や知恵の絞りどころかなと思います。
子どもと保育者が共に織りなす日々
ー 風の丘めぐみの日々の中で、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
かおりさん:
風の丘めぐみは新しい園なので、去年新卒で入職した保育士もたくさんいます。その中の一人に、今年1歳児クラスを担当している村上という保育者がいるんですけど、彼女が最近子どもたちと絵の具の活動をした時に、すごく試行錯誤をしていたのが印象に残っています。
水彩絵の具を使っての活動だったんですが、「落ち着いた環境でやらせてあげたい」という村上の思いが強かったようで、最初、普段生活している保育室ではなくそのとなりの多目的な部屋に、数人ずつ呼んで絵の具で遊ぼうとしたようです。子どもたちは突然となりの部屋に呼ばれて「さあ、絵の具で遊ぼう」と言われてもなかなか気分が乗らなくて。本人が思っていたよりも子どもたちが楽しそうでなかったことに悩んでいたようなんです。それで、アート係(*風の丘めぐみでは、職員が皆、クラス担任のほかに「係」に所属している。アート係のほかに、環境係、食育係、絵本玩具係がある)の先輩たちに相談したり、次にやる時は、みんなが見える場所にテーブルを用意したり、前日に絵の具の量を細かく調節したり、とても丁寧に、一生懸命準備をして。
当日は、一人ひとりの絵の具の活動にじっくり関わりたいという彼女の想いもあり、子ども2人に対して大人1人で活動をしたんですけど、子どもたちもですが、彼女自身がすごくいい表情をしていました。
去年、初めてのことばかりの中で色々頑張ってきたところから、ようやく保育の楽しさというか、こうすれば子どもたちのこんな姿が見れるんだとか、自分も楽しいみたいなところが掴めてきた瞬間だったのかなと。私もサポートで少しだけ活動に入らせてもらったんですけど、若い職員のいい表情が見れて嬉しかった出来事でした。
風の丘めぐみの個性豊かなリーダー陣のみなさん
じゅんさん :
風の丘めぐみの保育者たちは、本当に多様で面白い人ばかりなんです。
森棟のリーダーを務めている石川は、音楽や造形が好きなんですけど、彼はそういう自分が感じている音楽や造形の楽しさや心地よさを押し付けるんじゃなくて、部屋で何気なくギターを弾いたり、アートのコーナーに思わず手を伸ばしたくなるように絵の具を用意したりすることで、子どもたちに共有するのがすごく上手なんですよね。
今では、石川がギターやウクレレをポロンと鳴らすだけで、「はい!歌いましょう!」なんて言わなくても、なんとなくみんな集まってきたり、 保育室中の音が鳴るものを探して自分も音を奏でたりして。けれど誰でも楽器さえ弾ければそういう空気が作れるかというと、 そういうわけじゃないと思うので、彼と子どもたちが作り出すその風景がすごくいいなといつも感じています。
石川さんがギターで奏でるきれいなメロディーを聴いて、天女になりきって即興で踊り出す子どもたち
ここに今生まれたものを大事にしたい
ー 最後に、開園2年目の今、ここから積み重ねていく時間の方が長いと思うんですけど、こういう場になっていきたいと思い描く夢みたいなものがあればお聞かせください。
じゅんさん:
今ここに生まれたもの、あるものを大事にする園でありたいなと思います。
この一年は、何もないところからつくる毎日だったので、行事にしても日々の暮らしや遊びにしても足し算ばかりで、これをやったら子どもたち楽しそうだった、これもやったら楽しかったということばかりだったけど、ここから先は、捨てたりやめたりする勇気も必要になってくるなと思うんです。
たとえば、去年の子どもたちは自分たちでお話をつくって演じることが好きで、子どもたちの中から「みんなに見せたい」という声があがったので、最後劇として発表する場を作ったりしたけれど、これを「毎年何月に劇の発表会をしましょう」ということにはしたくないなと。
だから、変わることを恐れずに楽しんで、今いる子どもたちと大人たちで起こっていることを、その時一番大事にできたらいいな、大事にしていきたいなと思っています。
撮影:雨宮みなみ
写真の一部ご提供:風の丘めぐみ保育園