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「よしこせんせいって、まあちゃんのせんせいなんでしょ?」臨床保育の専門家・野本先生番外編

三輪ひかり
掲載日:2023/08/10
「よしこせんせいって、まあちゃんのせんせいなんでしょ?」臨床保育の専門家・野本先生番外編

前編中編後編と三本の記事に渡ってお届けしてきた、臨床保育の専門家・野本茂夫先生へのインタビュー。

最後に、発達の気になる子とその子に加配としてついた保育士のエピソードを番外編としてお届けします。


「よしこせんせい、ぼくだってひとりでいたいときがあるんだよ」

ー 現在、幼稚園や保育所で、人手や支援が必要かなというクラスに加配としてフリーの先生を置いたり、発達成長が気になる子に担当の保育士をつけるような動きが増えてきているかと思います。とても大事なことだと思う一方で、加配の先生がついた時に「どこまでその子を支援するのか」ということもしっかり考えなくてはいけないのではないかと感じています。
というのも、野本先生のお話の中で、他の子との関わりの中で自分や他者のことを知り、世界を広げて、生きる力を育んでいくというお話がありましたが、担当の保育者がつくことで、ペアをつくる場面でもその保育者とばかりペアになったり、その子が困っているときも友だちが手を貸す前に担当の保育者がやってあげてしまったりというようなことも起きているのではないかと思うのです。

その通りですね。加配としてついた保育者の方も、実は1番そういう点に悩まれているとよくお聞きします。一つエピソードをお話してもいいですか?


4歳のまあちゃんという子がいたんだけども、他の子を突き飛ばしたり、噛みついたりすることがあって、保護者の間では「噛む子」と言われたりしていたそうなんです。でも、面白いことをするから、子どもたちは仲間はずれにするわけでもないし、その子と一緒に遊ぶのが楽しくて人気者だったりもしました。

そんなまあちゃんがある日、砂場でフライパンを使って遊んでいたのですが、何を思ったかそのフライパンを振りまわしはじめて、隣りにいた女の子の顔にバーンと当たってしまって。唇が切れて数針縫うという、ちょっとした事故が起きてしまったんです。

そうしたら、保護者の方々が、「だから先生言ったでしょう、あの子を注意しなさいって。いつかこういうことが起きると思ってたのよ」とか、「あの子は噛む子で、うちの子もここにあざを作ってきたんですよ」と、これ見たことかと言い始めて。園長も困って、「わかりました。できるだけこういうことが起きないように考えます」と、保育経験が長く、フリーでいろんなクラスの補助に入っていたよしこ先生を、まあちゃんの担当につけることにしたんです。

よしこ先生は、そういうことが起きないように、危なかったら、「ちょっとやめようね」とか、「(これはやめて)こっちにしようか」というように、上手に声をかけていきます。ベテランだから、ずっとまあちゃんの横に張り付いたりするのではなく、離れて見ていながら、必要なところで「どうしたの?」と入っていったり。

ところが1週間ほど経った頃、よしこ先生とまーちゃんのところに他の女の子がやってきて、「よしこせんせいって、まあちゃんのせんせいなんでしょ?」と言ったんだそうです。
よしこ先生はドキーって。1番言われたくなかった言葉だったんですよね。でも、やっぱり他の子からはそう見えちゃうわけです。

それからまた何日かして、まあちゃんがブランコに乗っていたときに、隣りが空いていたから、よしこ先生は何気なくその空いているブランコに座って、一緒に2人で揺れていると、まぁちゃんがこう言うんですね。

「あのさ、よしこせんせい、ぼくだってたまにはひとりでいたいときがあるんだよ」って。

よしこせんせいもこの一言には参ってしまいました。まさに、監視されているなって感じているまあちゃんの気持ちが表れたことばですよね。

3週間位経ち、女の子の傷も癒えた頃、その女の子がお母さんにこんな話をしたんだそうです。「あのね、まあちゃんにたたかれてけがしたでしょ。でも、あれ、わざとじゃなかったんだよ。あのとき、わたしのまわりにハチがとんでたから、まあちゃんはそのハチをおいはらおうとしてたの。それがあたったの。だからわざとじゃないんだよ」って。

そんなこと誰も考えなかった。気づかなかった。わざとじゃない、たまたま起きた事故だったということなんです。まあちゃんのそばにいたこの女の子が1番よくわかっていたんですよね。


こういうことが起きたときに、事故が起きないように担当の保育者をつけたり、問題が起きないようにしたりすることが支援なのか疑問に感じます。私はそうではないと思うんです。単に監視のような感じで加配の保育者がついてしまうと、統合保育だインクルーシブ保育だといっても、その中でそこだけ分離保育になってしまうことになりかねません。

保育の中ではやっぱりいろんなことが起こります。大変なこともたくさんあります。でもそういうときにこそ大切な学びや経験が生まれる場面であることが多々あります。保育者みんなで一人ひとりの子を見守りながら、子ども同士が影響し合い、響き合いながら育つ場をつくっていけるといいなと思うのです。



野本茂夫 先生
臨床保育の専門家

國學院大學人間開発学部准教授、教授を経て、現在は地域の巡回保育相談員、発達相談員をしながら保育者研修会講師、園内研究会講師などを務めている。

障害児教育と幼児教育を大学で学び、巡回保育相談や園内研で保育のお手伝いや保育者養成の仕事をしてきました。園にうかがい始めたころは、園児に「おにいさんせんせい」と呼ばれたこともありました。その内に「だれのパパなの?」、「おじさんだれ?どこからきたの?」と園児に話しかけられ、やがて「おいしゃさんなの?」、「えんちょうせんせいのおともだちなの?」と尋ねられました。忘れられないのは、年度はじめの頃に幼稚園の年少さんの組に入ったとき「ねんちょうさんなの?」と言われたことです。そして、今では「だれのおじいちゃんなの?」と云われています。思い返すと保育にかかわりはじめてから随分長い時間が過ぎたなあと思うこの頃です。



撮影:雨宮みなみ
インタビュー場所ご提供:草笛保育園

この記事の連載

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一人ひとりの子どもたちに幸せな子ども時代を過ごしてほしい、園生活の中でも一人ひとりがその子らしく過ごしてほしいと願うならば、私たちにできることは、読者のみなさんと一緒に考えたり、子どもたちに思いを馳せる時間をつくること。そう考え、今回臨床保育の専門家である野本茂夫先生にお話をお伺いすることにしました。

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後編では、障がいのある子がいる保育をどう考えていくのかという視点から、さらに話が深まっていきます。