保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]

臨床保育の専門家・野本先生の考える、保育の「子ども支援」と「子ども理解」。

三輪ひかり
掲載日:2023/08/04
臨床保育の専門家・野本先生の考える、保育の「子ども支援」と「子ども理解」。
これまで読者のみなさんから、「発達が気になる子とどう接したり、環境を作れるといいのか知りたい」「個と集団の間で、どう支援をするべきか悩んでいる」「子ども理解を深め、一人ひとりを大切にしたい」という声をたくさんいただいてきました。保育者の皆さんに情報を届ける立場として私たちほいくるに何ができるだろうと、自分たちの役割を考え続けてきました。

一人ひとりの子どもたちに幸せな子ども時代を過ごしてほしい、園生活の中でも一人ひとりがその子らしく過ごしてほしいと願うならば、私たちにできることは、読者のみなさんと一緒に考えたり、子どもたちに思いを馳せる時間をつくること。そう考え、今回臨床保育の専門家である野本茂夫先生にお話をお伺いすることにしました。



野本茂夫 先生
臨床保育の専門家

國學院大學人間開発学部准教授、教授を経て、現在は地域の巡回保育相談員、発達相談員をしながら保育者研修会講師、園内研究会講師などを務めている。

障害児教育と幼児教育を大学で学び、巡回保育相談や園内研で保育のお手伝いや保育者養成の仕事をしてきました。園にうかがい始めたころは、園児に「おにいさんせんせい」と呼ばれたこともありました。その内に「だれのパパなの?」、「おじさんだれ?どこからきたの?」と園児に話しかけられ、やがて「おいしゃさんなの?」、「えんちょうせんせいのおともだちなの?」と尋ねられました。忘れられないのは、年度はじめの頃に幼稚園の年少さんの組に入ったとき「ねんちょうさんなの?」と言われたことです。そして、今では「だれのおじいちゃんなの?」と云われています。思い返すと保育にかかわりはじめてから随分長い時間が過ぎたなあと思うこの頃です。

子どもを「観察」するということ。

ー 保育の中での子ども支援について、野本先生はどのようにお考えなのか。まずそこからお話をお伺いしたいと思っていました。

保育をしていると、「子どものことを観察しなさい」という言葉をよく見聞きすると思うのですが、私も「観察する」ということがとても重要だと考えています。でも、見ただけで子どもの姿がわかるって、とても難しいこと。“動き”はわかるかもしれないけど、子どもがどんな“気持ち”や“意図”で、あるいは、どういうことを“感じたり”“考えたり”しているのかは、ただ見ただけではわからないですよね。

特に、発達成長が気になる子や関わり方がむずかしいと感じる子だと、そこがよりわかりづらいということがあります。たとえば、ずーっと水を触っているけどなんでだろう?、片付けだよと声をかけてもやめないな、というようなことってよくあると思うんです。そうすると、大人は困るでしょう。困るから、勝手な評価でその子どもの姿を解釈して、自分たち(大人)の都合の悪いようなことや理解できないことを「子どもの問題」にすり替えてしまいがちです。

ー たしかに、自分が持っている基準やわからなさから「この子は話が聞けない子だ」、「いつまでも水遊びして困った子だな」などと評価して、その行動をやめさせよう、その子を変えようというような声かけや関わりをついしてしまうことが多い気がします。

でも、その子は自分の思っていることを普通にしてるだけで、何もおかしなことはしていないんですよね。つまり、障がいがあるというのは、こっち(大人や社会)の思いで生まれているだけのことなんですよね。まずは、そこに気づくことが大切だなと思います。

気づいた上でじゃあどうするかを考えると、その子を理解していくことがとても重要で、やっぱり「観察」が大事になってくるわけです。でも、先ほど言ったようにただ見ているだけだとわからない時もあると思うので、そんな時にはまず、その子に近づいてみてほしいなと思います。


ー 子どもに近づいてみる、ですか。

そう。近づいてみると、その子の表情がもっとよくわかってくるでしょう。それから、細かな動きもわかってくるし、何を見ているのかな、どんな感じで触ってるのかなということも見えてきます。

近づいて見てみたら、今度は近くで同じことを自分もやってみる。そうすると、触ってるだけだと思ったけど違うな、ちょっと確かめてるなと、より細かいところに気づいていって、その思いにも少し近づいていきます。

それでもわからなかったら、または、もっとわかりたいなと思ったら、子どものことはすぐわかるわけじゃないんだけれども、一緒に関わりながら遊んでみると、真似してるだけ以上にわかってくる。そんなふうに、観察の仕方にはいくつかのステップがあると考えています。

ー 野本先生は、保育所や幼稚園で巡回支援で訪問しているとお聞きしました。そのときにも実際に観察のステップを踏みながら子どもを見ているのですか?また、他にも大切にされていることがあれば教えてください。

そうですね。他に大切にしていることは、そのときに子どもが受け入れてくれるように、いや、むしろ、向こうから関わってくるのを待って関わるようにしていることかなと思います。たとえば、「〇〇ちゃん、何しているの?」というように近づいていくと、子どもって場合によっては警戒します。警戒するから、なにか変なことをするのかもしれないし、怖いと思ったらびっくりするから、わからないような行動に出るかもしれない。だから、あんまり無作法には、子どものある一定の距離からは入らないようにしたいなと思うんです。

子どものほうから関わってくる時は、そんな心配はないんですよね。本来のその子の姿がそのままでる。私の場合は、毎日園にいるわけではなくて、初めて、あるいは、たまに来る人ですから、まず私の姿をよく見せるんですね。「今日、変な人来たな」ってその子だけじゃなくて、他の子たちもみんな思ってるわけですよ。だから、まずはこちらのことも見てもらう。担任の保育者と話をしたり、親しそうにしていると、「先生のお友だち?」「何しに来たの?」って、そのうち話しかけてきてくれる子が現れてきます。「そうだよ、友だちなんだよ。今日ね、みんな遊んでるの見に来たんだよ」と、話しかけてくれた子と話していると、その内に今日見に来た対象のお子さんもその様子を見ていたりするんです。
そこから見るだけの観察、近づいて観察・・としていると、不思議と向こうの方からやってくるんですよ。関心を持って近づいてくる。それでも、手は出しません。向こうから関わってくるまでね。

水岡(ほいくる編集部スタッフ。元保育士で、以前、野本先生が訪問支援をされている園に勤めていた):
私が関わっていた子の中に、いつもぐるぐる回ってばかりいる子がいて、野本先生に相談したことがあったんです。そのときも、野本先生はしばらくは距離を保ちながらその子を見ることからはじめていました。しばらくして、その子が亀を見に行ったら、先生も一緒に亀の水槽をじっと眺めて。そうしたら、その子から野本先生に興味を持って、関わりはじめたんですよね。最終的に、ホールで野本先生にぐるぐる回してもらって、すごく楽しそうにしていました。先生が帰る時間になっても追いかけて「だっこ!だっこ!」と言っていて、私が「もうおしまいなんだよ」と話しかけていたら、先生が「回っているのが、きっと気持ちいいんだね」と。

私は、どうしたらこのくるくる回るのをやめさせられるかということばかりに考えがいってしまって、この子の気持ちを考えたり、感じたりすることができていなかったなと気付かされた出来事でした。

野本先生:
それはね、一緒に回ってみるからわかるんだよね。というのも、抱っこしたり、体を密着させて関わったりしてみると、見た目だけじゃわからないことがたくさん伝わってくるんです。

たとえば、抱っこしてみて体を反る子がいたりすると、嫌なのかなとか、緊張しているな、あっちに関心があるんだなとかいうことがわかる。逆にぎゅっとしてくると、安心しているなとか、身体が温かく感じられる位だと抱かれて嬉しいんだなとかね。そうすると、子どものことがもっとよくわかってきます。おそらく、むずかしいお子さんの中には、そこぐらいまでわからないと、適切に理解していくということが難しい場合もあるんじゃないかなと思います。


保育の中での「子ども理解」。

でも、保育には力があるんですよ。むずかしい子がいると、すぐに専門家や医療関係者に頼らないといけないんじゃないか、自分にはわからないんじゃないかと思う保育者の方もいらっしゃるけど、実は保育者には「一緒に生活をしているからこそわかる」という子ども理解の仕方があります。私は、それが保育の子ども理解の方法なんじゃないかと思っているんです。


ー 保育の子ども理解の方法。詳しく教えてください。

よくわかっている生活の場で一緒に過ごしていると、子どもの姿が見えていなくても、「園庭のあそこにいるとかそっちの部屋の方にいるということは、こういう遊びをしているな」とわかることがあるでしょう。なぜわかるのかというと、そこに何があるのかを知っているからですね。あそこには、大きな桜の木があるなとか、あっちには隠れられるようなスペースがあるなとか。それに、あそこでいつも遊んでいるとか、さっき〇〇ちゃんと〇〇くんがあそこで遊んでいたから興味があるんだなというようなこともわかる。そういうことって、その場だけを見ている人にはわからないことで、子どもと環境を共有している保育者だからこそうまれる理解の仕方です。

しかも、日本の場合には季節の変化があるから、一年の中で環境の変化に合わせて子どもの姿や遊びも変わっていくってことも知っているわけですね。「この時期に園庭のあの隅の日陰のところで遊んでいるということは、ダンゴムシを探してるんだろうな」というようなことが見当つく。それってとてもすごい保育者ならではの力です。

そうやって、生活を通して観察していくと、その子の好きなこと、よくする遊び、よくする行動・・・いろんなことが見えてきます。そこから、子どもにとって魅力的な環境を用意することもできますよね。それは、むずかしさを持っているお子さんたちについても一緒。できるだけ子どものほうから発していることを読み取って理解していくという方法を、保育の中で丁寧に行っていくと、むずかしいな、わかんないなと感じているお子さんのことも、保育者ならではの理解の仕方でわかってくるし、それが子どもへの支援につながっていくのではないでしょうか。


集団で生活をすることで起こること、育まれること。

もう一つ、園で一緒に生活をする上で大きいのが「(他の)子どもたち」がいるということだと思います。私たち大人から見たら、何をやっているのかわからないなと思う子どものことも、他の子どもたちもまさに一緒にやっているわけです。仮に同じことをやっていなかったとしても、子どもたちは年齢が近いし、気持ちも近いし、目線も同じようなところで見ているでしょう。だからその子の姿が大人とは違って見えているんですよね。

子どもたちは、この子は他の子に比べて発達が遅れているなとか、何もできないな、理解力が悪いな、おしゃべりができないなんてことは大人のようには思っていないわけです。全て当たり前。たとえば、「この子はお話しないけれども、しないでこうやって伝えてくるのか。それもありだな」みたいに、子どもたちは本当になんでもありで多様な受け止め方をしているのです。わけのわかんないことをやっているなということも、何をやっているんだろうって、むしろ面白く、興味を引かれることもある。

ー たしかに、子どもたちのほうが真っ直ぐとその人自身を見て、素直につながっているような気がします。

多様にそれぞれの持っているものがある中で、自分とは違ういろんな人がいるんだなっていうことを学び合っているのが保育です。自分とは異なる感じ方や興味、関心を持っていたり、自分とは異なるやり方でやっていたりする仲間がいるということに気づくことは、子どもたちの生き方に多様さを育み生活を豊かにしていきます。

その中で子どもは、周りの子のやっていること、特に仲良しの子がやっている遊びや活動に関心を持ち、自分一人だったら決してやらないだろうなと思うようなことにもチャレンジし経験していく。それが学んでいくということで、自分の世界が広がっていくということなんですね。私は、そこに集団の中で子どもが生活をするということの意義があると考えています。

子どもって、障がいがあると周りから見られている子どもであっても、その子が大好きとか、その子に関わってみたいとか、お世話をしたいとかいうふうに、関心を持ちます。特に、4歳を過ぎてくると、本当に親しくなるようなお友だちっていうのが集団の保育の中では現れてくることが多くなり、障がいのある子と上手に関わる子どもの姿も見られるようになります。つまり、関心を持ってくると、その子の気持ちややっていることの面白さがわかってくるんですよね。だから、保育者以上にその子と話ができることも多々あって。


ー 子どもに通訳してもらうみたいなこと、ありますよね。

そうそう、「どうしてああしているのかな?」なんて聞くと、「〇ちゃん、いつもあれが好きなの。あそこに〇〇があるから」とか言ってくれるんだよね。そのくらいよくわかってくるんですね。

そうすると、その障がいのある子も大体相手のことが大好きになって、よく一緒にいるようになったり、そのうち気が付くと、やっていることを真似てやるようになったりもして。だから、クラスで活動をしたり、運動会や発表会みたいなものがあったりしたときに、先生が色々指導してもなかなか思うようにならないんだけど、その大好きな子と一緒だったら真似してやるみたいなことが起きてきます。子ども同士の力ってすごいですよね。自分一人じゃこれしかできないんだけども、自分と違うものを持ってる仲間がいて、その子と関わりが出てくると、自分の小さな世界に生きていた子も、仲良しの子の世界も感じながら一緒に生きていくんです。

そういう障がいのある子どもが保育にいるときに、保育者にできること、考えることはなにか。最初、他の子どもと関わることなく一人でいる時から、いずれこのような子ども同士のつながりや広がりが生まれてくるということを見通しながら、全体を見たり、仲間作りをしたり、クラス作りをしたりしていくということです。それが、保育をするということではないでしょうか。



撮影:雨宮みなみ
写真の一部ご提供:一般社団法人うるの木wacca
インタビュー場所ご提供:草笛保育園

この記事の連載

「むずかしい子は許されなかった子」臨床保育の専門家・野本先生の言葉から考える、子どもの見守りかた。

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前編では、子どもの観察の仕方や、保育ならではの子ども理解について、臨床保育の専門家・野本茂夫先生にたっぷりとお話していただきました。

中編では、保育士としても働く、聞き手の三輪が感じている難しさから「子どもを見守る」ということについて、話を伺っていきます。

「どの子にもうれしい保育をしませんか?」臨床保育の専門家・野本先生が提唱する子ども支援のあり方

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前編では、子どもの観察の仕方や保育ならではの子ども理解について、中編では、子どもを見守るということについてお話をしてくださった臨床保育の専門家の野本茂夫先生。

後編では、障がいのある子がいる保育をどう考えていくのかという視点から、さらに話が深まっていきます。

「よしこせんせいって、まあちゃんのせんせいなんでしょ?」臨床保育の専門家・野本先生番外編

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前編、中編、後編と三本の記事に渡ってお届けしてきた、臨床保育の専門家・野本茂夫先生へのインタビュー。

最後に、発達の気になる子とその子に加配としてついた保育士のエピソードを番外編としてお届けします。