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「子どもと子どもの間の心の機微は、人間の豊かさの原点。」柴田愛子さん×絵本作家 長野ヒデ子さん〈後編〉

三輪ひかり
掲載日:2022/11/15
「子どもと子どもの間の心の機微は、人間の豊かさの原点。」柴田愛子さん×絵本作家 長野ヒデ子さん〈後編〉

りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする連載「井戸端aiko」。

第四回目のおしゃべりのお相手は、絵本作家の長野ヒデ子さん。
前編は、愛子さんと長野さんの出会いや、絵本作家である長野さんのモノの捉え方・考え方などへと、おしゃべりが広がっていきました。

後編では、愛子さんと長野さん2人でつくった絵本の制作エピソードから、紙芝居の話にまでどんどん深まっていきます。

「井戸端aiko」おしゃべりのお相手は…

長野 ヒデ子さん

1941年、愛媛県生まれ。
絵本作家。絵本創作に紙芝居、イラストレーションなどの創作の仕事やエッセイや翻訳も行う。紙芝居文化推進協議会会長。
代表的な作品に『とうさんかあさん』(石風社/絵本日本賞文部大臣賞受賞)『おかあさんがおかあさんになった日』(童心社/サンケイ児童出版文化賞受賞)、『せとうちたいこさん・デパートいきタイ』シリーズ(童心社/日本絵本賞受賞)。『ころころじゃぽーん』(童心社)をはじめ、紙芝居作品も多数ある。エッセイ集『ふしぎとうれしい』(石風社)、『絵本のまにまに』。

柴田 愛子さん

1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。
著書 
「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」その他多数。

私たちが知り合いじゃなかったら、できなかったかもしれない。

愛子さん:
絵本をつくることが決まったときに、担当の編集者さんの提案で、絵については男の子の話は伊藤秀男さんに、女の子の話は長野ヒデ子さんにしませんか?って事になったの。私は絵が描けないから。
そうしたらね、2人は作り方が全然違ったのよ。

長野さんはすでに知り合いなわけだから、ズバッと言ってくるわけよ。
『ありがとうのきもち』(ポプラ社)に出てくる主人公のあーちゃんのことでもね、長野さんの描いた絵を見て「あーちゃんはこんなに派手に泣かないんだけど」って私が言うと、「いや、これくらい泣いた方がいい」とか言われてね、私が文章を少し変えたり。
だから、長野さんとの本は、やりとりをしながら作っていった感じがあるの。


愛子さん:
伊藤さんはそうじゃないのよね。彼は「柴田さんのメッセージを膨らませるための絵を描く」って言ったの。文章に関して、伊藤さんがいじるということが全くなかったのよ。伊藤さんの絵を見て、私が、この文章はいらないなって感じたところをどんどん削っていったりして。
だから私は、自分の素朴な木に漆を塗ってくれたのが伊藤さんだと思う。
長野さんには、素朴な木を持ち込んだら、ここもっとこうしたほうがいいんじゃない、ここ削った方がいいわよとか言いあって、共同制作をした感じだったのよね。

長野さん:
上手に言うね。さすが愛子さん!私、解らないから、つつくのよね。

愛子さん:

本来、一人で絵も文も両方かけちゃう人は、自分の中から生まれ出てきたまんまが絵本になるんだよね、きっと。
だから、私と作った絵本みたいに依頼されて作っていくのは、面白さと難しさと両方あるでしょう?

長野さん:
たしかに、両方あるね。
『ともだちがほしいの』(ポプラ社)は、主人公ふうこちゃんの内面、気持ちを伝えなくちゃいけない絵本でしょ。だから本当に難しいなって思ったよ。


愛子さん:
でもね、長野さんが「(絵の)背景色はふうこちゃんの気持ちにあった色にした」って言うから、すごいなーと思ったわよ。ふうこちゃんが嬉しい気持ちになると、オレンジとかピンク色とかになって、暗い気持ちになるとほら、背景が暗いでしょ。
あとね、長野さんは当時りんごの木子どもクラブのそばに住んでいて、よくその様子を見ていたから、この本で描かれている子どもたちは本当にそのまんまなのよ。当時、猫を2匹飼っていたんだけど、それも描かれているの。
だから、この絵本は私たちが知り合いじゃなかったら、できなかったかもしれない。


子どもの根っこの部分につながる

長野さん:
絵本って、子どもにもわかる言葉で書いているだけで、子どもだけのものじゃないと思うの。子どもから大人までみんなのもの。


愛子さん:
本当にそうね。

長野さん:
子どもでもわかる言葉で書くというのは、楽しくないといけないし、でも奥が深くないといけない。絵本というのは、本の中で一番究極のものじゃないかなとも思う。わかりやすく書くことは、本当に難しいからね。

「絵本は小さいとき読んだからもういらない」とか、「絵本は子どもが読むものでしょ」と言う人もいるけど、そうじゃない。大人にも子どもにも読んでほしい。『せとうちたいこさん』もね、子どもの頃たいこさんを好きだったという子が大人になって、お母さんになって、今は子どもと一緒に楽しんで読んでくれているって言うから、嬉しくなるよ。しかも、その我が子の名前にたいちゃんって名付けたっていうのよ。

私は、国会で読み聞かせしたらいいんじゃないのって思ったりもする。そうしたら絶対、世の中変わると思うわ。

愛子さん:
私は、人間ってみんな同じタネからできていると思うの。みんな元を辿れば同じ。
だからね、子どもだけど、されど子どもなのよ。子どもだって感じて、考えてる。その確信の部分は大人とそんなに変わらない。だから、子どもが楽しいって思ったものは絶対大人も楽しいと思うのよ。


愛子さん:
それから、子どもと子どもの間の心の機微っていうのは、やっぱり人間の豊かさの原点だと思うの。絵本を通して、それを感じたり、共感できたりすると私は考えているのよね。

たとえば、『ぼくはいかない』(ポプラ社)では、「ぼくはお泊まり保育に行ったけど、この子の気持ちはすごいよくわかる」と言う子がいたり、『けんかのきもち』を読んだ子が、「わたしは喧嘩はしないけど、喧嘩になった子の気持ちはわかる」とか言うのよね。

『ありがとうのきもち』でアキって男の子が出てきたじゃない。仲良しの女の子あーちゃんが引っ越すことになったとき、お別れに「あきはあばれんぼう」って書いて渡した手紙を受け取らずに返すって言った子なんだけどさ。アキが小学校4年生になったときに「今だったら返さない」って言ったの。「どうして?」って聞いたら、「あーちゃんの気持ちがわかるから」って。

人間って心がすごく動いていて、いろんな感情が膨らんでいって大人になっていくと思うんだけど、その芯の部分って、教えられるものじゃなくて。思わず笑っちゃうとか、思わず怒っちゃうとか、思わず泣けちゃうとか、日常の中にあるんだと思うの。それが、絵本とか、お話とか、保育とかじゃないかなって思っているの。

だからそういう子どもの根っこの部分に、私は保育で、長野さんは絵本でつながってるって嬉しいよね。

長野さん:
嬉しい、嬉しい。


紙芝居の可能性

愛子さん:
最後にひとつ聞きたいなと思っていたのが、紙芝居のこと。
長野さんって、紙芝居もいっぱい出しているし、その活動にもずいぶん関わっているじゃない。

長野さん:
そうね。

愛子さん:
絵本を描いている人で紙芝居もつくるっていう人、そう多くないと思うんだけど、長野さんはどうして紙芝居と付き合いがあるの?

長野さん:
初めて紙芝居を演じてみたら面白かったの。演じる人の声によって、同じ紙芝居でも違うお話に見えたりしてね。人の出す声がこんなに面白くなるんだなってびっくりしたの。
あと、紙芝居を演じることで絵本が見えてくるのよね。というのも、絵本と紙芝居って全く違うものなの。
たとえば絵ひとつとっても、絵本だとページを捲っていくたびに、読者が絵本の中に入り込んでいくでしょう。紙芝居は、演じ手がいて、絵が読者のほうに飛び出していくのよ。
絵本と紙芝居、両方やってみることでどちらも大事だなと思うようになった。

愛子さん:
なるほど。


長野さん:
でも、紙芝居もこんなに面白いのに、絵本よりも下に見られてきたのよね。絵本は備品扱いだけど、紙芝居は消耗品扱いでしょ。
今、やっと少しずつ変わってきてはいるの。日本で生まれた文化だけど、最近はヨーロッパやアメリカから習いに来る人がいるくらいになったよ。

愛子さん:

でも、紙芝居はいわゆる本屋さんで平積みされているわけではないわよね。

長野さん:
そう、紙芝居ってほとんど個人では買わない。学校とか園が購入することが多いから、絵本と比べたら発行部数は少ないわね。だから印税だって絵本に比べたらとても少ないの。
でも、私もそうだけど、紙芝居を好きな作り手は印税とか気にしないで、こんなに面白いものを子どもたちに届けて一緒に楽しみたいって思ってるのよ。

愛子さん:
紙芝居って、もれなく子どもが惹きつけられるわよね。

長野さん:
やっぱりね、生身の声で演じるでしょう。あれに子どもが惹かれるんだね。作られたものじゃないから、気持ちいいんだと思うの。

愛子さん:
保育現場では紙芝居も演じて見せるけど、絵本も読み聞かせで同じように子どもに見せながら読むじゃない。さっき言っていた「絵本は絵に入り込んで、紙芝居は絵が飛び出していく」というのは、こういうふうに読んでも同じ?


長野さん:
同じ。絵の描き方が、全然違うの。
紙芝居は半分まで抜いたり、揺らしながら抜いたりして、絵が動き出すでしょ。それで絵が本当に飛び出すようになっている。
あとね、紙芝居は文じゃなくて脚本なの。だから絵本だと、「優しい猫さんは…」というようにこの猫は優しいということを文章で書かなくちゃいけないけれど、紙芝居だったら、そういうことは書かなくても優しい声で猫を演じれば伝わる。だから、子どもたちにはよりわかりやすいし、面白がるんだと思う。

長野さん:
紙芝居って、たった8枚の紙で表現するのよね。絵本より枚数が少ないでしょ。
私の作品の『おにぎりおにぎり』(童心社)という絵本はもともと紙芝居だったの。それを絵本にしてほしいと言われて、たった8枚の紙芝居を24枚の絵本にした。
面白かったのがね、絵本にしたときにセリフのところにちょっと歌っぽく音符をつけてみたのよ。そうしたら、読んでくれる人がこれに合わせて面白く読むわけ。三線調に読む人もいれば、民謡調に読む人もいたりしてね。

愛子さん:
へぇー、いいわね。

長野さん:
あとね、絵本と紙芝居の違いがもうひとつあって。絵本は一冊になっているから閉じられているけれど、紙芝居はバラバラなのよ。
バラバラっていうことは、自由さがあるわけ。だから、いろんな可能性があるの。

愛子さん:
りんごの木なんてね、紙芝居を演じると、子どもたちはそのあと全部広げたがるわよ床に。なかなか片付けられないのよ、広げて、ああだこうだやって。

長野さん:
それでいいのよ、それで。

***


撮影:雨宮 みなみ



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