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「お腹にいる時も産まれる時も、その子の『個性』を大事にしたい。」柴田愛子さん×助産院バースあおばのみなさん<前編>

三輪ひかり
掲載日:2022/02/10
「お腹にいる時も産まれる時も、その子の『個性』を大事にしたい。」柴田愛子さん×助産院バースあおばのみなさん<前編>

りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする新連載「井戸端aiko」。

第2回目のおしゃべりのお相手は、神奈川県横浜市で自然なお産のお手伝いをしている「助産院 バースあおば」の助産師、柳澤さん、仲さん、宮岸さん。

りんごの木には、バースあおばで産まれた子どもたちがたくさんいます。愛子さんとバースあおばのみなさんは直接会ったことはなかったけれど、そんな子どもや家族を通して、互いに強いつながりを感じていたといいます。

長いこと保育してきました。子どもの人生のドラマを見せてもらってきて40年。

ところが、子どもたちのスタート、つまり誕生の時を知らないのです。そのときのドラマを知りたい。りんごの木は助産師さんに取り上げてもらっている子がたくさんいます。近くにあるバースあおばさんもそのひとつです。

そこで助産師さんとお話ししたいと思ったのです。子どもが初めて出会う他人のおとな。きっと、保育と同じように子どもの育ちを見守り応援している共感者のような気がしていました。

助産院バースあおばで行なった、この日の対談。
時折聞こえてくる赤ちゃんの小さな、でも力強い泣き声に耳を傾けながら、穏やかに4人のおしゃべりははじまりました。

「井戸端aiko」おしゃべりのお相手は…

バースあおば
1996年青葉区たちばな台に山川助産院(バースあおば)開設。
2006年に現在の鴨志田町に助産院バースあおばとして移転。

<助産師>
柳澤初美さん
1951年生まれ、長野県出身。助産師として神奈川県立母子保健センターで働く。母子保健センターが閉院となる際にカンガルーの会を妊婦さんや産後の母親とともに創設し母子保健センターの存続を訴えた。母子保健センターはその後閉院となり、神奈川県立子ども医療センターへ。カンガルーの会の活動で自然なお産ができるところをと母親たちの活動から、山川助産院(バースあおば)の開設に至った。

仲かよさん
1945年生まれ、群馬県出身。柳澤さんとともに神奈川県立母子保健センターで働く。母子保健センター閉院後、神奈川県立子ども医療センターへ。カンガルーの会の活動を一緒に行い、その後に山川助産院(バースあおば)を開設に至った。バースあおばでは自身の孫3人をとりあげた。

宮岸晴美さん
1971年生まれ、横浜市出身。大学病院で働いた後、病院でのお産に疑問を抱き、バースあおばに就職。自身もバースあおばで2人の子どもを出産した。

柴田愛子さん

1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。
著書 
「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」その他多数。

たくさんの命が誕生した場所、助産院バースあおば

愛子さん:
今日、バースあおばに行くって言ったらね、ここで子どもを産んだ溝口さん(りんごの木のスタッフ)が出産のときの写真を持ってきてくれたの。

柳澤さん:
うわー、懐かしい!!ハナちゃんって、もう17歳!たしか溝口さんは、自宅分娩したのよね。

愛子さん:
そうそう。出産当日、りんごの木のバザーの日だったんだけど、バザーの途中で「産まれそうな気がする」って(笑)。


左から、仲さん・柳澤さん・宮岸さん

柳澤さん:
うちで出産した人の中でお子さんがりんごの木に通っている人、通っていた人、多いですよね。

愛子さん:
そうね!周りの人みんな、バースあおばにお世話になった人たちばかり。…ということは、一体何年やっているの?

柳澤さん:
もう25年。別の建物で10年、ここに引っ越してきて15年だね。

愛子さん:
25年で何人のお子さんを取り上げているのかしら?

柳澤さん:
あちらで取り上げたのが1510人。で、こっちで産まれたのが…1837人。合わせて、3300人以上ですね。ありがたい。


助産師の柳沢初美さん

愛子さん:
助産院で出産しようという方は、年々増えているんですか?

仲さん:

それがだんだん減っているんですよ。

愛子さん:
え!?私の周りではどんどん増えているのに。

柳澤さん:
コロナで日本の出産数自体が減っているのもありますが、それがないにしても年々減っている感じはありますね。数で言うと、助産院でのお産は全体の0.6%しかないんですよ。

愛子さん:
そんなに少ないの。りんごの木に関わる人たちは助産院にお世話になった人が多いから、てっきり増えてきているのかと思ったわ。

仲さん:
私たちがバースをはじめた1990年後半でも助産院での出産は1%と言われていましたけど、そこからどんどん減っちゃっているんですよね。

愛子さん:
今は、バースあおばでは一年に何人くらいのお子さんを取り上げていらっしゃるの?

柳澤さん:
40人とか50人とかですね。昔、忙しい時は年間で200くらいのお産を受けていたんですよ。

愛子さん:

え、すごい!2日に1度、多い時は毎日新しい命が生まれていたということでしょう?それで、この25年で3000人以上の赤ちゃんを取り上げてきたわけね。もう、ものすごい数の孫がいるみたいな感じね(笑)。

柳澤さん:
本当にそう(笑)。

仲さん:
最近では、その孫たちがバースに産みにきているんですよ。年末もここで産まれた子がお産にくるんです。

愛子さん:
取り上げた子がもう20代後半になっていたりもするわけだもんね。それはもう感無量ね。家族をずっと見守り続けて、途切れないのね。

柳澤さん:
ここまでつながってくると、本当に幸せです。



自然分娩から施設内分娩へ。移り変わってきたお産事情

愛子さん:
私、今73歳なんだけど、自宅で産まれたんですよ。その当時は、町内に一人はお産婆さんと呼ばれる方がいてね。

宮岸さん:
私の母も、近くのお産婆さんが定期的に自転車で回ってきてくれて、私を妊娠している時、元気かどうか見に来てくれてたって言っていました。50年以上前の話ですけど。

愛子さん:
そうよね。うちはおばあちゃんが隣に住んでいたものだから、母が私を出産するときに「おばあちゃん、あかちゃんがうまれるよ!!」って姉が大声で騒いだらしくて、おばあちゃんだけじゃなくて近所の人がみんな母の出産を見に来たっていうのよ(笑)。

愛子さん:
だから、誕生日の度に「愛子ちゃんが産まれたときはね…」という話を、耳にタコができるくらい近所の人たちが聞かせてくれたんだけど、そんなふうに自然なカタチで周りの人が祝福してくれたり、一緒に子育てしてくれたりするのは幸せなことだったわよね。

柳澤さん:
あの頃は当たり前だったことが、なかなか難しくなりましたよね。最近では夫が出産に立会うことができる病院も少しずつ増えてきてはいるけれど、生活とは切り離されたところにお産があるのを感じます。


愛子さん:
世の中が変わっていくなかで、どうして助産院をはじめようと思ったの?

仲さん:
私たち(仲さんと柳澤さん)もその頃は、神奈川県立母子保健センターという病院で働いていたのよ。そこは、病院ではあったけど自然分娩をやっているところでね、先輩の助産師さんたちから助産師の技をたくさん教わりながら、お産に立ち会っていたんです。


助産師の仲かよさん

愛子さん:
私、よく分かっていないんだけど、病院では自然分娩とそうじゃない分娩があるの?

仲さん:
麻酔分娩とか計画分娩とかってあるでしょう。その逆に、自然と陣痛がきて、お母さんと赤ちゃんの力でお産をするのが自然分娩ね。

愛子さん:
助産師と看護師というのも違うのよね。免許が違うのかしら?

柳澤さん:
看護学生の後、さらにもう1年とか2年勉強して、国家資格として取るのが助産師の資格です。

愛子さん:
なるほどなるほど。それで病院には、看護師さんと助産師さんと両方がいるわけね。
話を戻すけれど、お二人が働いていた病院がなくなるという時に、バースあおばを立ち上げたわけね。

柳澤さん:
病院が廃止になっちゃうと私たちも働き場所がなくなるし、どうしようという時に、「自然なお産を守っていきましょうよ」と母子保健センターで出産をしたお母さんたちが力強く言ってくれて。一緒に協力しながら助産院を立ち上げることになったんです。

仲さん:
そうそう、みんなでね。お母さんたちと助産師とが一緒に力を合わせてつくったのが、バースあおばなんです。



お母さんと赤ちゃんには、力や意思がある

愛子さん:
そして、25年続けてきたわけですね。これを続けていきたい、とお思いになるわけでしょう?こうやって分娩のスタイルが変わって、病院で痛みのない出産や計画された分娩が多くなってきているけれど。

仲さん:
これはなくしちゃダメだって思いますね。お産は、人間としての生活のはじまりとして大切なことだと思うので。

柳澤さん:
お母さんの力と赤ちゃんの力を信じて、それを頼りにしながら、支えながら、お産に持っていくのが私たちの仕事よね。

愛子さん:
人間としての原点というか、親も子も人間としてのスタートをきるというのかな。そのためにはやっぱり欠かせないとお思いになるわけですね。
でもたしかに、生まれた瞬間からその子の意思があるとよく言ったりもするけれど、お母さんと赤ちゃんの力や意思というのは、きっとお産にもあるはずよね。

宮岸さん:
お腹のなかにいる時から、赤ちゃんはみんな違いますからね。動き方もさまざまで、逆さまがなおったかと思ったらまたすぐ逆さまになる…という子もいたりしますし(笑)。


助産師・宮岸晴美さん

柳澤さん:
「この子、本当に泣かないね」という子もいるしね。それぞれの個性だし、やっぱりそれを産まれるときから大事にしてあげたいなと思います。

愛子さん:
でもさ、産前もそうだと思うけれど、出産後もお母さんにしてみたら初めてのことばかりで、いつもいろんなことを心配しているんじゃない?育児書やインターネットの情報なんかが頭にすっかり入っているという人もいたりするじゃないですか。

仲さん:
「おっぱいを全然飲んでくれない」とか、「夜寝てくれない」とか心配しますよね。でも出産して4泊5日の入院の間に、少しずつ赤ちゃんのことがわかってきて、自分で対応できるようになっていくんですよ。

宮岸さん:
もしかしたらそういうお母さんの姿は、助産院ならではの姿かもしれません。というのも、病院だと必ず赤ちゃんを集めておく新生児室という部屋があるんですけど、バースにはそれがなくて、ママと赤ちゃんは24時間同室で一緒にいるんですよ。
そうすると、「夜、この時間に起きているんだ」とか「この子はこういうふうに泣くんだ」とかが分かっていく。

でもこれが夜、赤ちゃんは新生児室でおやすみしていて、退院後に初めて夜を一緒に過ごす…ということになると、「こんなに泣いていて大丈夫かな?どうすればいいんだろう」と思っても聞ける人がいないし、気持ち的にも参ってしまうことが多いんですよね。

だから、入院はたった4日間ですけど、すごく重要な4日間だなと感じています。病院で出産し、最初のスタートを知らなくて家に帰ってから一から始まり…となり困っているお母さんやお父さんもいっぱいいると思います。今は、高齢で出産される方も増えてきていて、子育ての先輩でもあるお母さんがいらっしゃらない方や、すぐ近くに頼れる人がいないという方も結構多いので。


愛子さん:
ここだったら、ごはんは出してもらって、赤ちゃんとのことに集中できて、心強い助産師さんがいてくれて。

仲さん:
赤ちゃんとずっと一緒にいるということが、育児の練習につながっていきますからね。

柳澤さん:
動物のお母さんは、赤ちゃんを離さないじゃないですか。だからやっぱりその原点というか、お母さんと赤ちゃんが一緒にいるということはすごく大事なことだと思いますね。

愛子さん:
そうよね、どの動物もお母さんが産んだ子どもをそのまま放っておくなんてことないものね。

私ね、子育ての話なんかであちこちに伺うんだけど、この頃よく、「生まれた時は生まれてきてくれてありがとうって思ったでしょう。その感激何年持ち続けられた?」って口にするの(笑)。だってすぐね、成長が早いだ遅いだ、あれができるように、これもして欲しいって欲ばかり言うから、ちょっと原点に戻ってみませんか?と思うのよ。生まれてきてくれて嬉しかったよね、その気持ちが濁るのは、人と比較したり、情報に脅かされたりする中で、「ありがとう」だった気持ちが、「あなたはどうしてこうなの」にあっという間にすり替えられるから。だから原点に戻ろうって言うと、だいたいの人が「そうだった」ってハッとするのよ。



「こうやっておんなじみちをとおってくるんだね」

愛子さん:
助産院だと、出産に父親だけでなく、きょうだいも立ち会えたりするわよね。立ち会い出産すると、家族のはじまりも違ったりするのかしら?

柳澤さん:
やっぱり違うんじゃないですか。お父さんも育児に協力的になるし、オムツ交換も当たり前。

愛子さん:
そうよね、1週間とか入院して急に赤ちゃんをおうちに連れて帰っても実感湧かないものね。

柳澤さん:
自分の子かどうかさえもなかなか実感が湧かないじゃない。だから私たちは里帰りを勧めていないんですよ。

愛子さん:
うちの保育者で、臨月まで保育して助産院で出産した人がいるの。りんごの木の子どもたちとみんなでぞろぞろ遠足でその助産院まで行ってさ、「ここで生まれるんだね」ってその場所を見たりしたことがあるんだけどね。その人も、「出産してぽたぽた何かが落ちてくると思ったら夫の涙だった」って。「夫が号泣で、あんな風に感動するんだって思った」と言ってたわ。

柳澤さん:
お母さんは一生懸命産んで、生まれたことにホッとして泣くどころじゃないんですけど、号泣しているお父さんは結構いるわよね。

愛子さん:
立ち会ったきょうだいも、やっぱりその子に対する思いは変わったりする?

柳澤さん:
よく面倒をみる子は多いような気がしますね。

愛子さん:
そうなのね。りんごの木に通う子で、2人目、3人目の子の立ち会いをしている子がいるんだけど、3人目が産まれたときにね「こうやっておんなじみちをとおってくるんだね。だからきょうだいなんだ。だからぼくはだいじにする」って言ったんですって。血の繋がりだけが全てではないけれど、すごいね。

ちょうどりんごの木に来ているときに下の子が産まれるってこともあるのよね。そうすると「いってきます」って行くのよ、その子が。それで平気で帰ってくるの。「どうした?」って聞くと、「うまれた」って。子どもは感動してないというか、大切な瞬間として立ち会うけれど、案外当たり前として受け止めているのかなあって思ったこともあったわね。


取材・撮影:雨宮 みなみ



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前編では、バースあおばの成り立ちから移り変わってきたお産事情、そこから垣間見えた家族の姿まで、多岐に渡りお話が広がっていきました。
後編は、対談に同席したライターであり保育士でもある三輪が、取材前からぜひ伺いたいと思っていた質問からはじまります。


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盛り上がったおしゃべりの中で、泣く泣く本編からはカットした「愛子さんとバースあおばのみなさんのこぼれ話」を、番外編としてお届けしたいと思います。