保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]

「どうすれば命が助かるのかを考える」震度6強の地震を経験し変えた、“避難訓練”の在り方。

三輪ひかり
掲載日:2021/04/01
「どうすれば命が助かるのかを考える」震度6強の地震を経験し変えた、“避難訓練”の在り方。

2018年9月6日に北海道を襲った、北海道胆振東部地震。安平町にある「はやきた子ども園」でお泊り保育中だった園児と保育者、そして園長の井内聖さんも、震度6強の揺れに見舞われました。

前編で、当時のことを「子どもの心と居場所を守らなければいけないと思った」と振り返り、語って下さった井内さん。

後編は、震災後の気持ちの変化や、やり方と考え方を変えたという避難訓練などについてお話してくださいました。

井内 聖 さん

学校法人リズム学園「はやきた子ども園」理事長・園長。
学校法人リズム学園 学園長
はやきた子ども園長(当時)
安平町災害ボランティアセンター副センター長(当時)



子どもたちの心に傷を残さないために

ー 被災中に井内さんが発信されていた「子どもたちの心に傷を残さないために」という呼びかけ、今でもよく覚えています。東日本大震災から10年が経ち、「もし自分の暮らす地域で地震が起きたら…」ということを考えた時に、改めて読み返したいとも思いました。


井内さんが発信した「子どもたちの心に傷を残さないために」

ありがとうございます。あれは、被災2日後から園を再開して数日経った日に、あるお父さんから「園長、うちの子がなんか変なんだ。暗い部屋に行けなくなったし、トイレにも一人で行けない。親から離れられなくなった。これはやっぱり地震のせいなのかな?どうしたらいいんだろう」と相談を受けたことがきっかけでつくったんです。

僕たちは保育の専門家だから、こういう状況での子どもの姿は何となく想定できるし、子どもを否定しないとか、子どものあるがままを受け入れるとか、どういう風に子どもと接することが必要なのか分かるけど、保護者の方は分からない。分からないと不安になるし、知らないから、子どもにきつく当たってしまうということもあるかもしれない。そう思ったので、「子どもがこんな時は受け入れてください」「子どもの前では地震の話をしないでください」といったような内容のものをまとめて、保護者に配信しました。その資料を役所の職員にも渡したら、安平町のホームページにも載せてくれて。僕も、多くの人に届くといいなと思い、自分のFacebookでも発信をしました。


ー 札幌に住んでいる知人が、被災した親戚の子どもを預かっていたんですけど、どう接すればいいのか悩んでいると相談を受けていたので、井内さんの投稿を共有させてもらいました。助かった、と言っていました。

これは被災後、僕たちの中に起きた意識の変化でもあるんですけど、「私たちは大きい意味で保育者だ」と思っているので、力になれていたなら嬉しいです。


ー 大きい意味での保育者、ですか。

先生たちとよく話していたのは、「僕たちは、目の前にいる子どもの先生だけじゃないんだよね」ということでした。どうしても担任を持っていると、担任している子、目の前の子だけのことを考えるけど、「私たちは子どもたちの先生なんだ」という意識を持つようになったんですよね。

地震とか、何かがあった時って「私は2歳児しかみません」「5歳児の担当なので」とか、そんなことは言ってられないし、「うちの園の子しか助けません」なんてことにもならないんです。だって、私たちは大きい意味で保育者なので。自分の園以外の子どもたちに対しても先生なんです。守りたい、という気持ちを自然と多くの子どもたちへ向けて抱くようになりました。

あと、地域の中の園だという意識も持つようになったと思います。それは今回、安平町が避難所指定になったり、ボランティアセンターと一体となって動いたことも関係していると思うんですけど、園は子どもを預かるだけの場所ではなくて、地域に対してできることがたくさんあるんだということを知りました。子どもって元気を与えてくれる存在なので、園が元気だと地域も元気になりますしね。

子どもが育つ町、地域ってどんなところだろう。そんなことも前より考えるようになったと思います。


被災後変えた、避難訓練

ー 震災後の話もお聞きしたいのですが…日頃の保育、防災対策などにも変化はありましたか?

避難訓練は変わりましたね。避難訓練って「地震」「火事」「不審者」を想定して行うじゃないですか。今まではどの避難訓練も同じようなことをしていたんです。「急いで避難してー!」って。


ー 私が勤めていた保育園でもそうでした。そういう園、きっと多いんじゃないかなと思います。

でも実際被災して、優先順位って状況で異なるということを痛感しました。というのも、これは土地にもよるとは思うんですけど、安平町の場合は津波の心配がないのと、建物が頑丈なので、地震が起きた際急いで外に逃げない方が安全なんです。


ー 安平町の建物は、耐震強度が高いということですか?

冬の安平町は地面の下が70センチ凍るので、それより深いところに家の基礎をつくる設計になっているんです。だから揺れに強い。しかも雪もたくさん積もるので、地上部分も頑丈なんです。園や公共施設は屋根の上に1トンの重さがかかっても大丈夫であることが基準にもなっていて。なので、急いで屋外へ避難する必要はなくて、「落ち着いてゆっくりと安全な場所へ避難する」でいいんですよ。

逆に火事の場合は、煙に巻き込まれることが危険なので、急いで逃げなくちゃいけないし、不審者の時は、不審者にさえ出会わなければいいわけですから、どこか室内で一箇所にかたまってそこの部屋を締め切り、警察が到着するまで待てばいい。

つまり、それぞれの場面を想定した時に、どうやったら安全なのか、どうすれば命が助かるのかを考えることが大事だということを知って、それぞれの避難の仕方を変えたんです。

あと、訓練をいろんな時間に行うようになりました。今までは、「今日の13時にやるよ」と事前に子どもたちに伝えたり、みんなが集まっている朝の会とか、お昼の時間とかにやることが多かったんですけど、今は子どもたちには何も言わないで、朝の遊んでいる時間に訓練したりしています。


ー たしかに実際の災害はいつ起こるか分からないですもんね。いろんな状況で行うのは、保育者にとっても大切な気がします。

その通りで、今まで子どもたちは自分のクラスの子と避難していた子どもが、自由に遊んでいる時間帯は必ずしも自分のクラスの子だけが周りにいるわけじゃない。

たとえばこれまで4歳児だったら「まず4歳の自分のクラスに集まる」としていたのですが、外で遊んでいる子は桜の木の下、1階にいる子は3歳児の部屋、2階にいる子は5歳児の部屋にまずは集まるように変えました。年齢関係なく、自分の今一番そばにある安全なところへ集まろうと。そういう風に変えていきました。




心と体が一致していること

ー 最後に。日々子どもと関わる保育者へ伝えたいことなど、メッセージをお願いできますか。

保育者も一人の人間です。今、コロナ禍でも子どもたちの心身の健康や日常を守るために、毎日頑張っている先生方がきっとたくさんいらっしゃると思うんですけど、どうか頑張りすぎないでください。しんどいと思う人は、しんどいって言ってください。保育者である前にあなたですから。感じているままでいいですよ、と言いたいです。


ー 佐賀の九州豪雨で浸水してしまった園の園長先生のお話を聞かせていただいたことがあるんですけど、その先生も井内さんがおっしゃっていたことと同じようなことを言っていました。子どもたちのためにみんなで頑張ろう、という思いはあったけど、実際、被災してみると、頑張りたくても頑張れない時や、元気だそうとしても、どうしても心に力が入らない時があった。そういう時に「そうだよね、しんどいよね」と言い合えることで自分も大切にできるからこそ前に進んでいけた、と。

園長研修などで、震災の話をさせてもらうことがあるんですけど、その時も「みんながみんな動かなくていいんですよ」とお伝えしています。被災した時、大変な状況の時は、まず自分の心に素直になること。それがなにより大事だと思います。

できないと思ったらやらない。しんどいと思ったら休む。心と体が一致しない時に人は崩れます。僕は体も動いたし、心も「園を再開しよう。やろう」と思ったからやったけど、そこは「保育者だから…」と思わないで、「私は今どう感じているのかな」と心に聞いて、次は体に聞いて、心と体が合致していたらそのように動けばいいのかなと思います。大人が素直な状態でいることは、子どもたちのためにもなりますから。


インタビュー:雨宮 みなみ
取材・文:三輪 ひかり



この記事の連載

お泊まり保育中に震度6強の地震。語られた「子どもたちの姿」と「先生の想い」。

お泊まり保育中に震度6強の地震。語られた「子どもたちの姿」と「先生の想い」。

今回お話を伺ったのは、学校法人リズム学園『はやきた子ども園』で理事長兼園長を務める、井内聖さん。2018年9月6日午前3時7分に発生した「北海道胆振(いぶり)東部地震」の際、お泊まり保育で園に寝泊まりしていた34人の子どもたちと、震度6強の地震に見舞われた経験があります。
当時の様子、そして被災後の保育について、とても丁寧に語ってくださった井内さんの言葉から、『保育と災害』について考えられればと思います。