「子どもの育ちにとって何が大事か、から始めよう。」あんず幼稚園 羽田二郎さん〜コロナ禍での保育実践と思考vol.3〜
新型コロナウイルスにより、多くの保育園や幼稚園が休園したり、各家庭に登園自粛のお願いをしたりするような形で新年度がスタートした、2020年。その頃には、まだ「夏には収束するよね」、「秋にはもう元どおりの生活だろう」…と多くの人が思っていたのでしょうが、蓋を開けてみると最初の自粛期間があってからもうすぐ一年が経つ今もなお、私たちの暮らしの中に新型コロナウイルス感染症があります。
今まで経験したことのないような不測の事態の連続に、保育者のみなさん、そして子どもたちも、不安を感じながら、手探りで毎日を過ごしていることと思います。また、子どもたちの心身の健康や、これからまだ続くであろうコロナ禍での生活のことを考えると、何が正解なのか、どうすることが良かったのか、どうしていくのが良いのか、答えがわからないまま、現在も試行錯誤している園は多いのではないでしょうか。
そこでほいくるでは、約一年の間にそれぞれの園が向きあってきたコロナ禍での保育の実践、子どもたちとの日々や保育者の想いをみんなで共有し合えたらと考えました。
まずは、過去にほいくるで園の取材をさせていただいたことのある3園にお声がけをさせてもらい、園の様子や思いをお伺いしました。
3園目は、埼玉県入間市にある“学校法人アプリコット学園”が運営する、「あんず幼稚園」。お話をしてくださったのは、園長の羽田二郎さんです。
羽田二郎さん。以前取材させていただいた際に撮った写真。
あんず幼稚園を取材した記事
・https://hoiclue.jp/800010625.html
・https://hoiclue.jp/800010626.html
子どもの育ちにとって何が大事か。
ちょうど1年前、新型コロナが広がりはじめ、小・中学校は休校になりましたが、幼児教育には休園を要請しないという通達がありました。その時、「じゃあ、私たちはどうしようか?」ということをまず保育者たちと話し合いましたね。
というのも、基本的には保育はしてもいいということになってはいましたが、感染のリスクを考えると、今まで通りの保育をしても大丈夫なのか、休園にした方がいいのではないか、という観点もありましたから、議論を重ねる必要があるだろうと思ったんです。
その時に、みんなで共通認識としてもったのが、「子どもの育ちにとって何が大事なのか」ということを中心において考えよう、ということでした。
ー 子どもの育ちにとって何が大事なのか、を軸に話し合いを重ねる。
そうです。ちょうど、進級・卒園を控える時期でしたから、「子どもの育ちを大事にするために、3月は何を大事にして、どんな保育をしたらいいだろう」という話合いをしました。それで、卒園したという区切りをつけ、小学校へ送り出してあげるということが一番大事なんじゃないかという結論に至り、感染予防対策をしっかり行なった上で、卒園式は開催することにしました。園で感染者がでると卒園式ができなくなるので、3月上旬は休園、卒園式の週のみの登園にしました。
その後も、その都度「子どもの育ちの中で何が大事なのか」を考え、話し合い、その上でできることを探っていきながら保育をしてきました。
ー 当初は、今よりもコロナについて分からないことが多くありました。「本当にこうすることが子どもにとっていいのだろうか」「何が正解かわからない」というような不安や戸惑いも、保育者のみなさんの中にはあったのでしょうか?
たくさんありましたよ。感染リスクに関しても、「この活動は、感染のリスクがあるんじゃないか」、「やめたほうがいいと思います」といった保育者の声もありました。でも、そういう声があるからこそ、あんずでは何を大事にするのかという根本の話が進んだように思いますね。だって、全員が言われたことに対して「いいですよ」と言っていたら、話し合いにはならないでしょう。反対意見が出るからこそ、そこで「どうしようか」という話がはじまるわけです。
ー 以前、園へ取材に行かせていただいた時にも、「職員で話し合う時間を大事にしている」というお話がありました。
コロナ禍だと今まで通りではいかないことの連続なわけですから、職員会の時間はより増えています。しかもその時に、「なんで運動会やるの?」「なんでお泊まり会やるの?」と、内容だけでなく、もっと根っこの部分から話が始まる。あんずの保育をもう一度見直すきっかけにはなりました。
たとえば、例年だとグループごとに苗を決めて植える「畑の活動」を4月の終わりにやっていたんですけど、それが休園によりできなかったんですよ。そこで、年長の先生たちは「この活動で子どもたちの中に何が育っていたのだろう」というところから話し合い、「子どもたちが話し合う機会であるということが大事」だと考え、野菜の苗は保育者の方で植えることにしたんです。というのも、こちらから声をかけなくたって、子どもたちは登園したら育っている野菜を見つけるわけです。見つけたら収穫して食べて、食べているうちに「あそこのクラスばっかり食べてる」とか「うちのクラスもスイカ食べたい」とか子どもから声があがり…そこで自然と子どもたちの間に話し合いが生まれていたんですよね。
だから、コロナのこの状況はマイナスに捉えることもできるけれど、あんずの保育者集団にとっていい機会だったと、私はプラスに捉えています。
人は、人と人とが出会う中で育つ。
ー 保護者とのコミュニケーションの中で意識したことはありましたか?
子どもたちは、人と人とが出会う中で育っていきますが、それと同じで、保護者のみなさんも人と人との出会いの中で互いの関係性をつくっていきます。そう考えた特に、新入園児の保護者は、知り合いがいないという状況で不安も大きいとも思いましたから、感染しないように大きな部屋を使うとか、集まる人数を少なくするなどの感染予防はしながらも、「出会いの場をつくる」ということは大事にしてきました。なくすんじゃなくて、注意してやりましょうと。
でもそれと同時に、大人ってお喋りをしているとどうしても距離が近くなってしまいますから、仮にマスクをしていたとしても、どれだけ危険性があるか、その危険性が子どもの生活に影響を及ぼすこともあるので、一緒に気をつけていきましょうということも伝えてきました。子どもたちにとって、園にきて生活すること(人と出会える生活)が大事ならば、それができるように保護者のみなさんも意識してほしいと。
親の会との話し合いも、今年は例年よりも多く実施しましたね。
ー 親の会、ですか。
親の会は、クラスごとに保護者の中から決めてもらった23名の役員で構成されているのですが、保護者に対して、「園の方針はこうです」と一方的に伝えたり、決定権が園にあるというスタンスをとるのではなく、「園はこう考えています、どう思われますか?親の会でも、一緒に考えてほしいです」と投げかけ、話し合いをしてきました。すごく協力的に考えて、行動してくれたので、非常に助かりました。
あとは手紙ですかね。保育で何を大事にしたいのかということを、何度も丁寧に説明をしてきました。それこそ、行事などの手紙は例年あまり内容が変わらないものだったのですが、今年はほとんど作り変えました。
コロナ禍で起きた生活の変化と、そこから考えること。
ー 「子どもの育ちにとって何が大切なのか」という問いを持ち、話し合い、できることを考える、というのは、きっとコロナ禍以前からあんずさんが大事にしてこられたことなのではと感じました。だからこそ、ガラリと保育の仕方や日常が変わるのではなく、保育者の保育理解が深まったり、今できるカタチに少し変えるというような変化が起きたのではないかと。
その通りですね。そこは今まで大事にしてきたことだし、これからも大事にしていきたいことです。
いいことも理不尽なこと含めて、人と人とが関わりながら、その社会や関係性の中で人は育つので、人と関わることがやっぱり大事だろうと思っています。だから、密にならないように、ではなくて、子どもはどうしたって密になるんだから、感染しないようにするにはどうしたらいいのか、感染した時にどうしたらいいのか、ということを考えていくようにしていきたいですね。
あと、マスクをする生活が定着はしているんだけれど、人と人との関わりの中にコミュニケーションというものがある時に、顔の表情ってすごく大事になってきますよね。だから、感染予防のためにはマスクをしなくちゃいけないよねということだけではなく、表情が分かるような形のものをとっていかなくちゃいけないだろうし、表情がコミュニケーションの第一歩なら、それを元にしながら人と人がどう関わっていくのかということを、一番先に考えていかなくちゃいけないんだろうなと思っていますね。
先日、知人の大学の先生と話をした時に、大学はほとんどリモートになって、生徒との1対1のコミュニケーションはものすごくとれるんだけど、学校に集まって授業をすると、話を聞けない生徒が増えた気がすると言っていたんです。つまり、1対1の関係は築けるけど、全体の中で動くことや話を聞くことができてないと。
ー 興味深いですね。少ない人数でのコミュニケーションは上達しているけど、集団での動きやコミュニケーションをとる上では難しさが出てきている。
機会がなくなると、当たり前ですがそこでの育ちもなくなるということですよね。そう考えると、今年は行事を中止した園も多くあったと思いますが、1年の流れの中に山をつくり、次の生活(日々)の起爆剤にもなり得るクラスの一体感や、楽しい、悲しいという気持ちの共感がなくなってしまう、という状況もあったんじゃないかなと思うんです。
個別の育ちはあるだろうし、学びがなくなるわけではないけれど、それ(知識)を使って社会で生活していく術を学ぶ機会が、リモートになることや、集団生活を禁止することで減っていく。だから、人数を減らして集まるとか、できる方法を考えていくべきだと、やっぱり私は思いますね。
例えば、全員参加の大きな集まりを、小さなグループで3回行うようにする。先生が3回同じことをやらなくちゃいけないとか、準備や話し合いに時間がかかるということはあると思いますけど、そこの面倒くささは優先されるべきではないですから。
インタビュー実施日:2021年2月18日
写真提供:あんず幼稚園
企画・編集:ほいくる編集部
取材・文:三輪 ひかり
この記事の連載
「人は人との関わりの中で育っていく」こどもの王国保育園 菊地奈津美さん〜コロナ禍での保育実践と思考vol.1〜
過去にほいくるで園の取材をさせていただいた東京都中央区の「こどもの王国保育園」総括園長の菊地奈津美さんにお話をうかがいました。
「自分たちで考え、対話することを止めない。」しぜんの国保育園 齋藤紘良さん〜コロナ禍での保育実践と思考vol.2〜
お話をしてくださったのは、過去にほいくるで園の取材をさせていただいた社会福祉法人東香会理事長の齋藤紘良さんです。