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第2回 「失敗」に学びあり。〜柴田愛子先生(りんごの木子どもクラブ代表)の場合〜

新 幼児と保育
掲載日:2020/05/12
第2回 「失敗」に学びあり。〜柴田愛子先生(りんごの木子どもクラブ代表)の場合〜

保育が本格的にスタートする春、ドキドキしているのは子どもだけじゃないかも…。
保育者もまた新しい環境、新しい園児との出会いに、ドキドキしていることでしょう。
特に新人保育者のみなさんにとっては、なおさらでは、と思います。

そこでこの連載『「失敗」に学びあり』では、先輩保育者たちからの「失敗を恐れないで」という熱いメッセージをお届けしていきます。

第二回目からは、保育界でおなじみの先生がたの経験談。りんごの木子どもクラブ代表・柴田愛子先生のおはなしをご紹介します。

この記事は『新 幼児と保育』(2018年 4/5月号)に掲載された記事『「失敗」に学びあり』を、6回連載でお届けしていきます。


ゆりこちゃん、ごめんね…

お話:柴田愛子先生(神奈川・横浜市 りんごの木子どもクラブ代表)

東京の私立幼稚園で10年保育をしたあと、りんごの木子どもクラブを発足。『それって保育の常識ですか?』(すずき出版)『あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます』(小学館)など、著書多数。写真は30代半ばのころ。

私って、全部「体験学習型」なのですよね。失敗して、初めて学習するタイプ。

たとえば服装。保育者になりたてのころは、保育とふだんとで洋服を変えるという発想がなくて、超ミニスカートで保育をしていました。すると、子どもが足の間を通るのです。ストッキングの感触が好きな子どもが、電信柱のようにさわるのです。「いやだな~」と思って、じゃあジーンズにしようと学習したわけです。

1年目は幼稚園に勤めていましたから、夏休みはまるまる休みだと思っていました。ブラジルにいた兄を訪ねようと、8月31日までしっかり旅行の計画を立ててしまったのです。直前になって日直があると知ってビックリ。「じゃあ休ませていただきます」と。もう仕方がありません。旅行会社の手違いで、31日の便がとれていなかったときにはさすがに青くなりましたが(幸い、航空会社のご厚意で乗ることができました)。

もともと、人よりも常識というものがないのだと思うのです。でもね、手遅れはありません。困ったときに初めて身につけていくものだと思うのです。

***  

通常より小さく生まれてきた姪と接するうちに、「生まれてきてよかったという人生をたどってほしいな」という思いが種のように自分の中に落ち、子どもを応援する仕事をしたいと思うようになりました。大学は食物科に進みましたが、夢を捨てきれず、夜間の養成校に通いながら、昼間は幼稚園に勤めました。

園では3歳児のクラスの助手になりました。ここでは、想像とのギャップに戸惑うばかりでした。子どもはおもらしするし、食べたものは吐いちゃうし。「先生、先生」っていわれているけど、これって子どものお世話係じゃない!?と思っていました。

免許を取れたと同時に移ったところは、いわゆる学校スタイルの幼稚園。4歳児を初めてひとりで担当したのですが、園が決めてくれたカリキュラムに沿っても、思うようにはいきません。

絵を描くために画用紙を配ったら、たけちゃんという子が、それを床に落として踏みました。いま思うと、「私は先生なんだから、私のいうこと聞いてね」というおこがましさがあったのでしょうね。でも、もう怒るしかないのです。「たけちゃん!」と声をあげたら、たけちゃんも怒ります。頭は真っ白です。たけちゃんの襟首をつかんで、「出て行きなさい!」と、保育室の外に放り出して、戸を閉めてしまいました。

「わーん!!」と、たけちゃんが泣いて、はっと我に返りました。「まずい」「ほかの先生にばれちゃう!」と。

慌ててたけちゃんを保育室に戻したときに、たけちゃんの気持ちがわかってきてね。「描きたくなかったんだね?」と聞くと、「うん」と答える。そうだよね…と。わかると同時に、それは学校で教えてくれなかったなと思いました。もうお手上げでした。

大事件は、遠足のときに起こりました。親は親のバス、子どもは子どものバスで江の島へ。1クラス36人、ちゃんと数えたはずなのに、目的地に到着するとひとりのお母さんが「うちの子いないんですけど」というのです。「えーッ!」と青ざめました。このときは、園に残っているやすしくんに気づいた園長先生の息子さんが、車で連れてきてくれて一件落着。

幸い、大事にはなりませんでしたが、どっと疲れてしまって。一生懸命やっているのに、どうしてうまくいかないんだろうと思いました。保育なんてヘンな世界に入っちゃったな、ちっともうまくいかない…と。

そんなときに、ゆりこちゃんとのできごとが起こりました。

毎日毎日、砂場で遊んでいるゆりこちゃん。自分が砂遊びをしていたころの記憶なんてなくなって、最初は「汚い」と感じていました。でも、一緒にやり始めてみたら、ハマりました。「チョコレートみたいだね」

ちゃんと子どもと目線を同じにしてみると、「ああ、おもしろいな」と感じました。保育ってこういうことなんだ、と自分の感性が発掘されていく感じでした。

ところが、その日の保育が終わって園の扉を閉めていたときのこと。外でゆりこちゃんのお母さんが「そんなに汚して!」と、ゆりこちゃんを叩いていたのです。

それを見て、私はドキドキドキドキしてしまって…。もう、どうしたらいいかわからなかった。「今度からは汚さないようにやります」とか、「子どもに砂遊びは、とっても大切なんですよ」とか、「だから、叩かないでください」とか、いわなきゃいけないと思うのだけど、ドキドキしちゃって、なーんにもいえないまま、そっと扉を閉めたのです。この出来事は、同僚にもずっと話せませんでした。ようやく話せるようになったのは、十数年前のことです。

これは、私の芯の部分に沁み入りました。「ゆりこちゃん、ごめんね」という思いが、ずっと私の芯の部分にあります。このことがあって、保育をもっともっと勉強しなくてはいけないと思ったのです。

そのあとも、勉強すればするほど、いろいろなやり方があると知り、うまくいかなくて、悔しくて保育室で泣いたこともありました。

失敗や、「え?」と思うことは、たくさんあっていいと思うのです。経験って、越えることはできないのですよ。1年や2年は失敗だらけでいい。いつもいうのです。2年目が10年目にはならないのですよ、と。子どもとの距離は、若いほど近いわけですから、その感性を生かさない手はありませんよね。



聞き書き/木村 里恵子
イラスト/ホリナルミ

この記事の出典  『新 幼児と保育』について

 新 幼児と保育(小学館)
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