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「聴くとは応答すること。」_  TOKYO PLAY 神林俊一さんと考える、子どもの声との向き合い方

三輪ひかり
掲載日:2026/08/06
「聴くとは応答すること。」_  TOKYO PLAY 神林俊一さんと考える、子どもの声との向き合い方

前編では、神林さんが中学生の頃に出会ったプレーパークのこと、そしてそこで出会った大人たちとの関わりについて伺いました。

家にも外にも居場所がなかった少年時代。そんな神林さんを当たり前のように受け入れ、遊び、食事をし、ともに時間を過ごしてくれた人たちの存在は、「居場所」や「子どもの声を聴く」という今の活動の原点になっています。

では、神林さんにとって「子どもの声を聴く」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。

後編では、「子どもの声は言葉だけではない」という神林さんの考えを入り口に、子どもの思いに耳を傾けること、そして大人が子どもに応答することの意味についてお話を伺いました。

子どもの声は、言葉だけじゃない

子どもの声について話すときは、二つに分けて考えることが多いんです。一つは、僕自身の体験や実感からくる根っこの部分。もう一つは、仕事を通して学んできたことや、最近よく言われる「Views(ビューズ)」という考え方です。

まず根っこのほうから話すと、僕にとって子どもの声って、言葉だけじゃないんですよね。中学生の頃、プレーパークで過ごした時間を思い返すと、「話を聞いてもらったな」と感じる場面は、実はおしゃべりをしていた時じゃなくて、鬼ごっこをしていた時だったり、水をかけ合って遊んでいた時でした。

「遊ぼうよ」と言った時に、「しょうがないな」と言いながら付き合ってくれる。その言葉ももちろんそうなんですけど、その人が時間をつくってくれたこと、一緒にいてくれたこと、その姿勢そのものが、僕にとっては「聴いてもらえた」という感覚に近かったんです。

羽根木のプレーパークにいた若者メンバーのキャンプ。一番右が現在TOKYOPLAYの代表理事をしているメダカさん。その横でしゃがんでいるのが、神林さん。

だから僕の中では、子どもの声を聴くというのは、言葉を受け取ることというよりも、思いに応答してくれること。そちらの意味合いのほうが強いんですよね。

話を聴くということ自体ももちろん大切なんですけど、それだけだと会話で終わってしまう。そうじゃなくて、「今はこれをやってるから難しいな。あと10分後ならどう?」とか、「それ面白そうだね」とか、こちらの思いや気持ちに対して、相手が何かしら返してくれる。そのやり取りのプロセスにこそ、「聴く」ということの本質があるんじゃないかなと思うんです。

だから僕の中では、「子どもの声を聴くこと=思いのラリーをすること」。そんな感覚に近いです。

もうひとつの「Views(ビューズ)」というのは、子どもの声の聴き方です。これは、「子どもが今、何を感じているのか、子どもの世界から物事を見てみよう」という考え方で、これもとても大事な子どもの声の聴き方ですよね。

関係があるから聴ける声、関係がないから聴ける声

でも僕は聴き方だけでなく、もう一つ大事なことがあると思っていて。それは誰が聴くかということです。

長く関係を築いてきた人だからこそ聴ける声や会話のラリーと、関係が深くない人だからこそ聴ける声があるんじゃないかと思うんですよ。

というのも、関係が深い相手には、言えないことってあるじゃないですか。心配をかけたくなかったり、嫌われたくなかったりする気持ちが働いて。でも、関係が近すぎない相手だからこそ、「この人に言っても大丈夫」と思えて、ぽろっと本音が出ることがあるじゃないですか。

もちろん、関係がある人だからこそ、見えたり気づいたりできるその子の姿っていうのも絶対あって。僕が最近危惧しているのは、今世の中的に、とにかく専門家の人に繋ごうみたいな動きが進んできていること。もちろんそれも大切なんですけど、でもやっぱり側にいる専門家ではない地域の大人が声を聴いてあげることは、欠かせないことだと思うんです。

子どもに限らずですけれど、言葉にしたとしても、その日のその瞬間のその気持ち、というだけで、1時間後には気持ちが変わってしまうことってあるじゃないですか。

やっぱり定点でいる人が定期的に見て、聴かないとわからない本当の気持ちってあって。外部からやってきて話を聴く人たちは、その瞬間の声はヒアリングで聴けるかもしれないけれども、やっぱりそれだけじゃ抜け落ちてしまう声もあると思うんです。

だから、子どもの声を聴くためには、信頼関係のある大人も必要だし、少し距離のある大人も必要なんです。どちらも居ることが、大事だと思うんですよね。

ちょうどいい、キャッチボールをしてみよう

まずは、「この子は今、何を思っているんだろう」と想像することだと思います。プレイワーカーや保育士でいう「観察」に近いと思います。その時、その想像は間違っていてもいいんです。むしろ間違えるのが当たり前。だって本人じゃないですから。

赤ちゃんとのコミュニケーションがわかりやすいですよね。泣いているから、「お腹空いたのかな」と思ったら違う。「眠いのかな」と思ったら違う。でも僕たちは、そうやって想像して、気持ちを翻訳というか、代弁し続けるじゃないですか。

それは小学生でも中学生でも同じだと思うんです。大きくなってくると、嘘をつくことだってある。本当のところは分からない。でも、それでいいんです。大切なのは、「ねえ、教えて」という姿勢を持ち続けること。その子のことを、その子の世界を知ろうとすることだと思います。

そして、できるならその次の段階として、応答してみてほしいです。聴くだけじゃなくて、返してあげてみてください。

その時に少し気をつけて欲しいのは、僕たちもそうですけど、子どもと関わるお仕事をされている方だと過度にやりすぎてしまうことがあるので、その子にとっての「ちょうどいい」を探していくこと。

僕はよくキャッチボールに例えるんですけど、相手がゆっくり投げてきたら、こちらもゆっくり返す。相手が勢いよく投げてきたら、こちらも少し強めに返す。子どもの熱量と同じくらいの熱量で返す。それがすごく大事だと思っています。

例えば子どもが「鬼ごっこしようかなぁー…」と少し迷いながら言っている時に、「よし!みんなで鬼ごっこするかー!!」と大人が全力で返してしまうとどうでしょう?その子の今の気持ちやペースと違った場合に、その子は少し困ってしまうかもしれませんよね。

その子にとっての「ちょうどいい」を探していく。失敗してもいいから、面白がりながら関わっていく。そんなことが大切なんじゃないかなと思っています。

僕は結局のところ、子どもの声を聴くことは、遊ぶことから始まると思っています。

「やってみたい」「嫌だ」「もう一回やりたい」「見てほしい」「一緒にやりたい」
遊びの中では、子どもたちはずっと何かを表現しています。

言葉になる前から、たくさんの思いを発信している。その思いを受け取って、応答する。そこに子どもがまた返してくる。そんなラリーを繰り返していく中で、少しずつお互いの理解が深まっていくんだと思うんです。

今、子ども家庭庁でも「子どもの声を聴こう」というのが1つの大きな柱としてあります。それぐらい子どもの声を聴くってのが大事になってきてる時代ということですし、それだけ、これまで聞けていなかったということでもあるのかもしれません。

だからこそ、まずは考えて続けてみてほしいんです。「この子は今、何を思っているんだろう」って。

子どもを聞く、見つめる、感じる。

子どもを聞く、見つめる、感じる。

子どもと触れ合ったり、子どもにまつわる仕事をしている人たち。 どんなふうに、その世界を一緒にのぞいたり、近づいてみたりしているのでしょうか。 その言葉に、耳を傾けてみる? 彼らの視線のその先を、一緒に見つめてみる? 手で、足で、鼻や舌や肌で、一緒に感じてみる? それとも…。 体験やエピソードを交えてうかがうお話の中から、子どもの世界に向き合うヒントに出会ってみたいと思います。

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