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『そうぞう力』〜みんなが心地よい保育って?〜

野村直子
夏の終わりは、よく道にセミが落ちています。
小さな子どもたちにとって、死んでいるセミは良い遊び相手になります。
ジジジ・・と鳴かないし、羽をバタバタさせないから、躊躇なく触ることが出来るのですね。

先日も、こんなことがありました。
地面で弱っているセミに

「おともだちきたよ〜」

と他の死んでいるセミを近づけながら話しかけていた2歳の男の子。
他の2人のお友だちも来て、

「どしたの〜?」「げんきないねぇ・・」「おなかすいたのかなぁ?」

・・とみんなでセミの心配をしていました。
子どもたちにかかれば死んだセミも遊び相手になります。

日々、子どもたちを見ていると、その想像力に驚きます。

長い生け垣や石垣があると、そこはお店屋さんのカウンターなります。
そのお店屋さんでのやり取りされるのは、葉っぱ。
子ども一人ひとり見立てるものが違います。
お金に見立てて、お釣りをくれる子。
「パンですよ〜」とパン屋さんが好きな子。
「おすしで〜す」と葉っぱの上に違う葉っぱを乗せてくれる子。
「なにアイスがいいですか〜?」とアイスクリーム屋さんになる子。
葉っぱ一つでいろいろなイメージが生まれます。

どんぐりの写真

この姿は2〜3歳の子どもたちなので、4〜5歳になるとまた違ったイメージが生まれるでしょう。

こうして子どもたちは、自分たちの中に生まれたイメージを形にして、表現して、遊びを創り出します。
同じ場所で、それぞれが違ったものを想像していても、遊びが成り立つのが面白いところですね。
その持ち寄った「想像したもの」を表現しあって、遊びを「創造」して行く力がある子どもたち。
そこは「何でもあり」の世界です。

大人はどうしてもルールと秩序を作りたくなります。
でも子どもたちにとっては、無秩序の中で遊ぶことが楽しいのです。
そして、その中で子どもたちの中で徐々にルールが出来て行くのです。

「ここは、ねるところだよ」
「ここはげんかん。でもこわれちゃうからあっちからはいって!」

大人にとってはなんだか面白いルールでも、子どもが自分たちで創ったものなら、何の問題もないのです。

この子どもたちの「想像する力」と「創造する力」は、保育の中で引き出すこともできます。

例えば、制作をするとき。
たぶん通常、何か工作をする時は保育者が材料を用意するため、その準備に時間がかかり、出来あがった制作物はきれいだけど、子どもたちの想像力と創造力は発揮されないケースが多いでしょう。
もちろん、そういう制作物があってもよいのですが、時々子どもの想像力と創造力に任せてみるのも良いのではないでしょうか?

広場や園庭などで自分の自然物(葉、花、実、枝、石、砂・・)を取って来て、画用紙に貼る・・など、自由の部分を多くしておくと、子ども一人ひとりの個性が出ます。
見本も必要ありません。正しい作り方もありません。材料を用意する手間もいりません。

こんな風に子どもたちの想像力と創造力を信じて出来た物を見てみたいと思いませんか?

きっと、そこには…
子どもたちの個性が表現された世界が広がっていることでしょう。

落ち葉の顔の写真


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