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「見ている」「見られている」存在としての赤ちゃん:赤ちゃん学から知る赤ちゃんの世界

三輪ひかり
掲載日:2026/08/11
「見ている」「見られている」存在としての赤ちゃん:赤ちゃん学から知る赤ちゃんの世界
赤ちゃんは、何を考えているのだろう。

大人の顔をじっと見つめる時。
床に何度もスプーンを落とす時。
目の前で揺れる葉っぱに合わせて身体を揺らす時。

言葉はなくても、赤ちゃんはいつも何かに心を動かしながら過ごしています。
けれど、その小さなまなざしの先にどんな世界が広がっているのか、私たちは案外知らないのかもしれません。

指先で触れ、口に含み、耳を澄まし、全身の感覚を使って世界と出会っていく赤ちゃんたち。

長年赤ちゃん研究を続けてきた研究者であり、一般社団法人赤ちゃんラボ5.0代表理事の開一夫さんに、赤ちゃんがどのように世界を感じ、理解しているのかを伺いました。


開一夫さん

1963年富山県生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科計算機科学専攻博士課程修了。博士(工学)。
(旧)通産省電子技術総合研究所主任研究員を経て、2000年より東京大学に勤務。
乳幼児の心理や行動、脳の発達過程について科学的にアプローチに基づく「赤ちゃん学」を研究。
教育番組の制作協力、子育て応援ソフトの共同開発、「あかちゃん学絵本」の監修など多方面で活動。
著書に、「赤ちゃんの不思議」「日曜ピアジェ:赤ちゃん学のすすめ」(岩波書店)「ソーシャルブレインズ:自己と他者を区別する脳」(東大出版)など多数。
絵本の監修として、「もいもい」、「モイモイとキーリー」、「うるしー」。(ディスカヴァー21)
しかけ絵本「ぴかぴかとことこ」「あちこちげんがー」「ぐるぐるぴかぽん」(小学館)など多くを手がけ、乳幼児向けTV番組の監修として「シナぷしゅ」。また「すべての子どもを笑顔にする!」を目指し 一般社団法人 赤ちゃんラボ5.0代表理事として活動。
一般社団法人赤ちゃんラボ5.0:https://aka-lab.jp/


赤ちゃんは、「見られている」だけでなく「見ている」

ー 今日は「赤ちゃんの世界」についてたくさん伺いたいのですが、まずは開先生ご自身が、赤ちゃんと出会った時、どんなふうに関わるのかをお聞かせいただけますか?

小さな自慢なんですけど、僕、30年以上赤ちゃんの研究をしていて、ほとんど泣かれたことがないんですよ。


開一夫先生

もちろん正解があるわけではありませんが、あまりグイグイいかないことは大事なんじゃないかなと思っています。

どんな生き物もそうですよね。僕は犬を飼っているんですが、散歩をしていると時々、急に犬に近づいて触ろうとする人がいるんですけど、そういう人に、犬は怒るんですよ。

赤ちゃんも同じだと思うんです。知らない人が急に近づいてきて触ろうとしたら、大人だって少し身構えるでしょう。赤ちゃんだってそれは一緒なはずで。

赤ちゃんは(周りの大人から)「見られている存在」だけではなく、相手のことをちゃんと「見ている存在」でもあるんですよね。

ー 保育の現場でも、「この先生だとすぐに抱っこされるのに、この先生だと少し距離を取る」といった赤ちゃんの姿を見ることがあります。大人はつい“人見知り”という言葉で片付けてしまいがちですが、赤ちゃんなりに相手を見て、感じ取り、関係や距離を選んでいるのかもしれないですね。

僕自身も、面白い経験をしたことがあって、日本では赤ちゃんにほとんど泣かれたことがないんですが、研究でロンドンに行った時は泣かれたんです。一緒にいた人から「カズオ、お前は隠れてろ」と言われたくらい泣かれて(笑)。

顔立ちも体格も違うからかもしれないけど、それだけ赤ちゃんはそれぞれの人の「心がまえ」の違いを感じとっているということなんだろうなと感じた出来事でもありました。

生まれたその日から、人の顔がわかる?

ー 赤ちゃんはまだ何もわからない存在のように思われることもありますが、先生のお話を聞いていると、人の違いをしっかり感じ取っているように思えます。そもそも赤ちゃんは、いつ頃から「人」を認識しているのでしょうか。

赤ちゃんが人を人として認識しているということは、かなり多くの研究で示されています。

例えば、40年以上前の研究ですが、発達心理学者のマーク・ジョンソンらは、生まれたばかりの新生児が「顔(の絵)」とそうでない絵を区別して認知しているかどうかについて調べました。

人の顔のように目、鼻、口が配置された顔の絵と、同じパーツだけれどバラバラに配置しためちゃくちゃな顔の絵を赤ちゃんの前でゆっくり動かすという実験なのですが、新生児は顔らしい配置の方をより長く目で追ったんだそうです。


赤ちゃん の 不思議 (開 一夫 著 / 岩波書店) p11より

つまり、生まれて間もない赤ちゃんでも、「顔らしさ」に反応している可能性が高いということです。

新生児の視力は0.01〜0.02程度と言われていて、決してはっきり見えているわけではありませんが、それでも、人と関わりながら生きていくための仕組みを、私たちはある程度、生まれながらに持っているのではないかと考えられているんですよ(*1)。

ー 生まれてすぐの赤ちゃんでも、もうそんなふうに人の顔に反応しているなんて驚きです。

赤ちゃんって、本当にすごいんですよ。

赤ちゃんは、感覚で世界を編んでいる

ー 今回の特集のタイトルが「私たちの知らない、赤ちゃんの世界」なのですが、赤ちゃんはどのように世界と出会って(認知して)いるのでしょうか?

赤ちゃんも大人も、あまり変わりはないと思います。でも、赤ちゃんの場合は言葉を持ちません。もちろんコミュニケーションは取っているんですけど、「世界ってこういうものだ」という大人のような前提を持たずに世界と出会っている。そのあたりが、研究をしていても面白いところなんです。

基本的に赤ちゃんも、目も見えてるし、耳も聞こえてる。でもそれが、大人と同じかどうかはわからないから、僕たちは研究をしているんです。

例えば、僕が今話しているのが日本語なのか、英語なのか、フランス語なのか。赤ちゃんには言葉の意味はわかりません。それでも、生まれて間もない赤ちゃんは、言語ごとのリズムや抑揚、使われている音の特徴の違いを聞き分けていることがわかっています。つまり、「これは違う言語システムだ」ということを、意味がわかる前から感じ取っている。

そして、発達の中で重要なのは、そうした一つひとつの感覚が少しずつ結びついていくことなんです。

ー 感覚が少しずつ結びついていく、ですか。

感覚統合の例として知られているのが、「マガーク効果」と呼ばれる現象です。

例えば、「バ(ba)」と発音している口の動きを見せながら、「ガ(ga)」という音を流すと、実際には提示されていない「ダ(da)」という音が聞こえたように感じることがあります。これは、脳が視覚と聴覚の情報を統合して知覚することで起こる現象です。(*2)
つまり私たちは、耳だけで「音声」を聞いているのではなく、口の動きという視覚情報も合わせて理解しているということです。

ー「聞く」と「見る」が別々に働いているのではなく、一つの体験としてつながっているんですね。

こうした視覚と聴覚の結びつきは、生まれた時から完成しているわけではなくて、人とのやり取りや経験を通して育まれていくと考えられていますが、統合というプロセスは割と早い段階から開始されているのではないかと、研究の中でわかってきているんですよ。


母親の呼びかけに反応する赤ちゃん

他にも、1979年にメルツォフらが行った研究では、新生児の赤ちゃんに、表面がなめらかなおしゃぶりと凹凸のあるおしゃぶりのどちらか一方を、見せずに口にくわえてもらい、その後、両方の形を見せると、自分が口の中で経験した形の方をより長く見つめることが確認されました。

これは、新生児が口で得た触覚情報を、目で見る視覚情報と対応づけられる共通の情報として処理していることを示す結果と考えられています。(*3)

ー 口で触れた感覚と、目で見た形がつながっていると考えると、赤ちゃんが何でも口に入れたがる姿も少し違って見えてきますね。

「赤ちゃんは、生まれた時から感覚同士を結びつける仕組みを持っているのか。それとも、生まれた後に経験しながら結びつけていくのか。」

発達研究の中ではコアとなる重要な問いで、研究者によって考え方はいろいろありますが、感覚統合の過程そのものが人間や動物の発達なんじゃないかなと思っています。

 

参考文献:
*1 赤ちゃん の 不思議 (開 一夫 著 / 岩波書店)
*2 知覚・認知の発達心理学入門 実験で探る乳児の認識世界 (山口 真美 ・金沢 創 編 /北大路書房)
*3 赤ちゃんの心理学(大薮 泰 著 / 日本評論社 )

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撮影:雨宮 みなみ・三輪ひかり

この記事の連載

赤ちゃんの「やってみたい」を育む。「赤ちゃんラボ5.0」開一夫さんが語る「主体性」

赤ちゃんは、
触る。
なめる。
落とす。
繰り返す。
大人から見ると「いたずら」や「困った行動」に見えることもある。しかし、その行動の向こう側には、赤ちゃんなりの理由や関心があるのかもしれない。
前編では、赤ちゃんが感覚を通して世界を理解していく姿について、一般社団法人赤ちゃんラボ5.0代表理事の開一夫さんにたっぷり伺いました。

後編では、そんな赤ちゃんの探究に、大人はどのように付き合っていけばよいのかを、開さんと共に考えます。