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多様な大人が子どもの世界をひらく。文京区立お茶の水女子大学こども園の「暮らし」と「つながり」

三輪ひかり
掲載日:2025/12/25
多様な大人が子どもの世界をひらく。文京区立お茶の水女子大学こども園の「暮らし」と「つながり」

今回訪れたのは、東京都文京区にある 「文京区立 お茶の水女子大学こども園」。(前編はこちら

「人・遊び・地球・家庭・地域」の5つのつながりを大切に暮らす、文京区立お茶の水女子大学こども園。その生活の根っこには何があるのでしょうか。園長の刑部育子さんと施設長の山下智子さんにお話を伺いました。


右から園長の刑部育子さんと施設長の山下智子さん

日々の生活の中で、いろんな大人に出会う

ーー 文京区立お茶の水女子大学こども園の特徴を教えてください。

刑部さん:
「生活のある園の暮らし」をとても大事にしています。園は教育的な場でもありますが、同時に子どもたちが長い時間を過ごす、生活の場でもありますよね。

だからこそ、子どもたちが無理なく過ごせること、その傍らで大人が手を動かし、暮らしが巡っていく姿があることを大切にしてきました。

今の社会では、自分たちの食べているものや使っているものをつくる人の姿が見えづらい。だからこそ、ここでは“働く大人の姿が見える”ということも大事にしたい。こども園で何でもつくってくださる杉浦さんは「すぎうらさんごっこ」が生まれるくらい子どもたちにとって魅力的な存在なんですよ。


取材日も杉浦さん(お茶大こども園元用務員)、土方悠輝さん(アーティスト)、卒園児の保護者がビオトープを作っていた。


園庭のままごとシンクも杉浦さんの手作り

そして、子どもたち自身が手を動かすことも同じくらい大事にしています。自分で手を動かして発見したり、新しい世界をつくったりすること。その経験が子どもの育ちにとても大切だと考えています。


山下さん:
他にも私たちの園の特徴をあげるとしたら、保育者を含めたいろいろな大人たちが、子どもの声に興味を持ちながら「これはどうかな」「あれはなんでだろう」と、一緒に面白がって考えたり、探求したりしていることだと思います。

今日も、大学の田中千尋先生(総合知開発研究機構 サイエンス&エデュケーション研究所 /特任講師)が子どもたちと一緒にどんぐり拾いをしてくださいましたが、それが“特別な出来事”ではなく、生活の一部として当たり前にあるということも、とても大きなことだと感じています。


ーー 見学をさせていただいた中で、田中千尋先生と子どもたちのやりとりがとても印象に残っています。というのも、田中千尋先生が子どもたちに、「なんでわざわざ帽子がないどんぐりを取るの」「僕だったら、帽子があるやつを取るけどなあ」と率直に気持ちを伝えておられて。そのままの自分で子どもと向き合っている感じがとてもいいなと感じたんです。

山下さん:
そうですよね。たしかに、“保育の人ではないからこそ”の言葉かけや関わりにも豊かさがあります。その人ならではの生き生きしさに、出会い続けられる環境なんですよね。


子どもたちを学内一のどんぐりスポットに案内してくれた、田中千尋先生。

あと、大学の先生だけでなく、学生さんが授業やボランティアで来てくれるのも特徴です。保育者や親、祖父母など身近な大人とはまた違う存在ですね。学生さんは、自分が小さかった頃に“こうしてほしかった”と思うことに真剣に向き合ってくれるんですよ。その存在もとても大きいなと感じています。

子どもが持っている世界を大事にしたい

ーー 最近の保育の中で、印象的だったエピソードがあれば教えてください。

山下さん:
3歳児さんと散歩に行ったときのことです。ある女の子が棒を持っていて、その先に虫がいたんですね。その子は虫に向かって「あなたはだあれ?」と話しかけて、その後しばらくしてから「わたしはしってるわ。あなたはカメムシさんでしょ」と言ったんです。

そのとき私は、声をかけなくてよかったと心から思いました。

つい「ここに虫がいるね」とか「この虫なんだろうね?」と言ってしまいがちですが、もし私が声をかけていたら、こんなふうに“話しかける姿”は見られなかったと思うんです。

子どもが持っている世界を大事にしたい。私たちの言葉がその世界を狭めてしまわないようにしたいと、改めて感じました。

植物や生き物との出会いの中に、一人ひとりの物語があります。それを尊重したいと思っています。


ーー 今日も、どの学年もキャンパス内に散歩に出ていましたね。文京区にこんな自然豊かな場所があるんだと驚きましたし、それが保育に多様に活かされていることを感じました。

山下さん:
本当に四季折々に花が咲いたり、果実が実ったりして。教育的な場なので、果樹園も計画的に植えられたと聞いています。自然がもたらしてくれるものを存分にいただいて、日常の中で思い思いの形にしたり、部屋に飾ったりもしますし、梅を収穫して梅シロップをつくり、かき氷にしたり。柿を干し柿にして吊るしたりもしているんですよ。


散歩で拾った自然物は、保育室に飾られたり、子どもたちの制作活動に使われたりする。


取材の前日も、箱と自然物を組み合わせて、ぬいぐるみでごっこ遊びをする姿があったのだそう。「これ森だよ」とぬいぐるみの動物たちが暮らす場所を表現して作っていた。


園庭に吊るされていた干し柿。

ーー 田舎の暮らしみたいな豊かさがありますね。

山下さん:
そうですね。生活そのものがここにはあります。今日もこのあと、先日行ったお芋掘りでとれた芋づるを炒めて食べる予定なんですよ。


インタビュー中に食欲をそそる香ばしいかおりが漂ってきました。


子どもが自ら育つ力を信じて

ーー 最後に、文京区立お茶の水女子大学こども園という場所が、子どもたちにとってどんな場でありたいと願っているかをお聞かせください。

山下さん:
自分らしく、心地よく毎日を過ごせる場所であってほしいです。「なんか気持ちいいな」「この人のそばにいると安心するな」と感じられる場所。

そして、“行ってみたいな”と思える、弾む時間を過ごせる場所でありたいですね。

刑部さん:
やりたい気持ちが生まれる、いい環境であること。できるだけ手助けしながら“自ら育つ”力を信じることです。

日本の保育の父と呼ばれる倉橋惣三——お茶大の教授であり、付属の幼稚園の園長として保育を考え続けた彼が大切にした「自ら育つ」。私たちはその思想を今も大事にしています。

あとは、元気に、楽しく、毎日来てほしい。居心地のいい場所は「行きたい」と思える場所ですから。そう思ってもらえるよう環境を整えることを、これからも大切にしていきたいです。


山下さん:
ここは本当に“人が育ち合う場所”です。子どもも育つし、大人も育つ。どちらかがどちらかを育てるのではなく、対等に育ち合う場所でありたいと思っています。



この記事の連載

「つながる暮らしを。」ー 文京区立お茶の水女子大学こども園(東京都 文京区)

「つながる暮らしを。」ー 文京区立お茶の水女子大学こども園(東京都 文京区)

今回訪れたのは、東京都文京区にある 「文京区立 お茶の水女子大学こども園」。
お茶の水女子大学と文京区が、子育て支援の推進と幼児教育の質の向上をめざし、区立初の保育所型認定こども園として、2016年に大学内に開設しました。

お茶の水女子大学こども園のキーワードは「つながる」。どんな“つながり”が子どもたちの暮らしの中にあるのでしょうか。園見学とインタビューを通して、たっぷりとお届けします。

お茶の水女子大学こども園

お茶の水女子大学こども園

豊かな体験や遊び、様々な人との関わりを通して、子どもたちが自分らしく育っていかれるよう保育の日々を紡いでいきます。 キーワードは…