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しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記Ⅲ (第六回)「文字と目が合う」

齋藤美和(さいとうみわ)
掲載日:2025/09/18
しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記Ⅲ (第六回)「文字と目が合う」

「美和さ〜ん」と事務所にいると子どもたちから声をかけてくれることがよくある。事務所の扉が透明でよかったと思う。「クワガタ見つけたよ」「一緒にごはん食べよう」本当は私から子どもたちの輪の中にそおっと入って行きたいなと思いつつ、継続的に関わることが難しい。先日も「美和さんクワガタみて!ラボに来て!」と言われて、一通り作業を追えて部屋に向かったら、すでに昼寝の時間になっていた。眠っている顔に「クワガタ見たよ」と言う。おやつの時間に、また「クワガタみたよ」と言ったら「うん」と言われて話は終わった。

そうだよね、その時、その瞬間に、一緒に見たかったよね、次は「その時」を逃さないようにと心に誓う。自分にガッカリもする。そんな中でも「今日、こんなことがあって」などと保育者から子どもの話を聞かせてもらったり、共に悩んだりできることをありがたく思いながら日々を務めている。


私にはもうひとつ守る場所があり、それはしぜんの国と山を隔てて隣にある、簗田寺という寺院だ。クーラーは無いので、今年の夏は殊更暑かったけれど、本堂の窓をあけると風が通る。すると、風に乗って、本堂の中に子どもの声が入ってくる。

風に乗り、山を通り、子どもたちの声が届く。反対に山内にあるコーヒーの焙煎所の香りが園庭に届くこともある。無花果の木が見事に育ち、甘い香りが近くを通るだけで漂う。令和7年の夏、無花果の香り、子どもの声と風、空に上る線香の煙。ふと見上げると、事務所に飾ってある「すべて子供中心」の文字と目があう。

ぼんやりとその文字を眺める。力強いまなざしは向けることができなかった。
自分で自分の手のひらを揉みながら、視線を下げる。

気がつくと、8月が終わっていた。

 

ー このコラムは『しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記Ⅲ』の連載第六回です。

園長美和さんのわっしょい日記

園長美和さんのわっしょい日記

しぜんの国保育園の暮らしについて、園長という視点から綴られているコラム連載。“タイトルの「わっしょい」はさまざまあるようですが、語源である「和を背負う」という意味と、なんだか口に出すとうれしい気持ちになるところから名付けました。悩み揺れながら感じる日々の小さなあれこれを綴っていきたいです。”(園長美和さんより)

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