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和光保育園の暮らしから見えてきた、「命を輝かせる」つながり。(後編)

三輪ひかり
掲載日:2024/09/13
和光保育園の暮らしから見えてきた、「命を輝かせる」つながり。(後編)

今回取材に伺ったのは、千葉県富津市にある“社会福祉法人 わこう村”が運営する「和光保育園」。

中編では、暮らしの中の子どもの姿から、どう「子ども」という存在を捉え、信じているのか、たっぷりとお話してくださった、園長の鈴木秀弘さん。

後編では、印象的だった和光保育園の大人のあり方から、さらにお話を伺っていきます。

「困った困った」としていられる人でありたい

ー 大人(職員)たちが、子どもたちに声をかける場面で何回か耳にした言葉が「どうしたの?」と「困った困った」で、それもとても印象的でした。

一人ひとりの主人公性を大事にするということが軸にあるので、大人が一方的に解決してしまったり、答えみたいなものに導いたりすることは、少ないかもしれません。でもだからといって、子どもたちだけで解決してほしいとも思っていないんですよ。私たち大人も共に暮らしをつくっている仲間で、その共にいる場の中で起こってることだから、その出来事に対して大人たちも自分ごととして「困った困った」としていられる人でありたい。

じゃあどうやって解決しようかということは、そこにいる人たちで納得解を見つければいいと思うんです。さっきも、文庫に行く階段で僕が登っていこうと思ったら、「ケイくんが転んじゃって泣いてる」と近くにいた子が説明してくれて、「ありがとうね」なんて言いながらケイくんに泣いている理由を聴いてみたんだけど、シクシクとするばかりで喋りたくなさそうだったから、「そうかそうか、今はそうなんだね。じゃあヒデさん文庫に用があって行ってくるから何かあったらおいでね」と言いながら文庫へ行ったんです。

そうしたら、えーんって声が聞こえてきたので見に行ってみると、ケイくんが声をあげて泣いていて、周りに同じ2歳児の子たちがわさわさといたので、「どうしたの?」と聞いたら、ミクちゃんという子が「私はここを通りたいの」って、通れる隙間が他にもあるのだけどケイくんが座っているところを通りたいと言うわけです。

もしかすると、ミクちゃんにとっては、皆の通り道に座っていることがイヤだったというか、気になったというか、そういうニュアンスが「ここ通りたい」という言葉になったのではと想像します。だから、「ミクちゃんはここを通りたいんだね~。だけどさ、どうもケイくんはここに座っていたいみたいなんだよね~。困ったね~」って。


園長の鈴木秀弘さん

でも、そうじゃないですか。ミクちゃんの言い分も、ケイくんの言い分も本人にとっては正当なんです。だから、私としては出来る限りどちらも正当に受けとってあげたい。だけど、それが今はぶつかっちゃってるからどうにかせんとねって困るわけです。でも、ミクちゃんはここを通りたい、ケイくんは座っていたいと頑なになってしまって。
そんな感じでしばらくモゴモゴやっていたら、年長のセイくんがやってきて、そんなことをやってる僕たちにちょっかいを出してきたんですよ。それで「なんだよ、セイくん」とかいっているうちにほわほわってその場の雰囲気がほぐれていって、ケイくんがすくって立って階段を降り始めたら、ミクちゃんもその後に続いて何事もなかったように通って立ち去ったんですよね。ただ、それだけの出来事なんだけど、それでいいじゃないですか。どちらが正しいとか、「ごめんね」も「いいよ」もそこには必要なかったし、ただ滞ってたものが流れていった。

和光保育園という私たちの暮らしの場には、私と違う心を持った子がいて、うまく流れていく時もあれば、流れていかない時もあって、心地良いこともあれば、心地悪いこともある。それがうまく流れて、「ああ、よかった」という経験になってそれぞれの心に積まれていけば、自分たちなりの納得解が見つけられるようになっていく、ただそれだけなんですよ。


ー 少し違う話になってしまうかもしれないのですが、秀弘さんのお話を聞いていて思い出したのが、今日、2歳児の女の子が二人、小石を入れたカップに水道の水を注ぐというような遊びをしていたんですけど、そこから水を出したままで離れる場面があったんです。

というのも、先にその場を離れた子に対してもう一人の子が、「水、まだ流れてる」みたいなことを言うんだけれどそのまま行ってしまって、その子自身も自分では止める気がなかったのか、まだ蛇口を回せないのか、水を出したままでその場を離れていったんですよ。

私はそれを「水が出ているな」と思いながら眺めていたのですが、しばらくしたら近くでビワを食べていた他の男の子が手がべとべとしていたのか、その水道に手を洗いにきて、その出しっぱなしだった水を当たり前のように止めて行ったんです。

ああ、いいですね。私たち和光保育園という一つの生命体(有機体)を、そこで暮らす一人ひとりの“生き生きさ”の総和みたいなものが動かしていて、その中でバランスが常に保たれているということだと話を聞いて思いました。

だから、水を出しっぱなしにする子もいるんだけど、その総和の中ではちゃんと閉めるという作用がどこかで働く。「この水を出しっぱなしにしたのは誰ですか」とか「〇〇がこうだ」みたいに個々に切り分けて考えなくていいことって、実は結構あるんじゃないかな。
もちろん、私の目の前で水道を出しっぱなしにして去って行ってしまおうとする子がいれば、「閉めていって!」といいますけどね。


子どもが育ち、大人が凝り固まってしまった自我を譲っていく場

ー 今日一日、「保育」ってなんだろう?と改めて考えさせられる瞬間がたくさんありました。和光の考える「保育」があれば、最後にお聞きしたいです。

アジア人初のノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センは、「人が善い生活や善い人生を生きるためにはケイパビリティが機能的に働くことが必要だ」と提唱しています。ケイパビリティというのは潜在能力と言う意味らしいんですけど、それは漫画みたいにその子に眠っている秘めたる力みたいなことではなくて、自身をとりまく社会資源との豊かな接続のことを指しているんだなと、私は理解しています。

ー 社会資源との豊かな接続、ですか。

どういうことかというと、例えば僕でいえば「小屋一軒いつでも建てられるよ」ぐらい言えるんですよね。でもそれは僕一人の能力ではなくて、あの人とあの人とあの人を頼ればできるなと思い浮かぶ人がいて、こういう暮らしをしてるので道具もしっかり揃ってますし、あそこの店にどういう木材があるということが容易に想像ができます。つまり、僕はそういった社会的資源とつながりを持っているんですよね。だから、小屋を一軒建てられると言えるし、このつながりの中に僕が生きている限り、それは可能なわけです。

そんなふうに僕は、ここ(和光)に出会った家族たちが卒園していく時に、子どもとして、親として、家族として独り立ちしていくのではなく、一人ひとりを取り巻くチームの潜在能力を豊かに張り巡らせていくというのが、僕たちの役割なんじゃないかなと思うんです。

「子育て、1人じゃつまらない。村のみんなで子育ち、親育ちの支え合い、大人も子どももわこう村へようこそ」という言葉がわこう村ガイドブックの表紙に書いてあるんですけど、保育園という枠組みでやるとどうしてもフレームに縛られちゃうところがあるので、保育園ではなくて“村づくり”という言葉を使って、人が集える場づくりを、私の父たちの世代が始めてくれました。

そのお陰で、今では随分といろんな地域の方とのつながりができたように感じます。
例えば、和光では毎年養蚕をやっているんですけど、蚕が大きくなってくると桑の葉が足りなくなってくるんです。それで、地域の人たちに譲ってもらったり、家庭から持ってきてもらったりとかしながらやるんだけど、10年ぐらい前になるかな、すぐそばにお住まいの良吉さんという方の畑にいい桑の木があるのを見つけたから、「ちょっといただけませんか?」と聞きに行ったんです。
そうしたら、「何に使うんだ」って。で、「蚕を育てていて」、「うわ、すげえな」みたいな。ここは漁師町なので良吉さんの言葉もちょっとぶっきらぼうだったりするもんだから、大人も子どもたちもはじめはドキドキしたみたいだったんだけど、「明日も取りに来ていいですか?」と聞いたら、「待ってるよ」なんて言ってくれて。

それで次の日も行ってみたら、下草を刈ってくれていたそうなんです。本当に待ってくれていたんですよね。で、下草を刈ってくれたのでミミズがぴょんぴょん出てきていて、それを子どもたちが拾っていたら、「ミミズなんか拾ってどうすんだ」みたいな感じで聞いてきて、「亀とか烏骨鶏にあげるんです」って言ったら、「そっか」とか言って、また次の日に行ったら、今度はバケツいっぱいのミミズを拾ってくれていて。ちょっと過剰な先回りとも言えるんだけど、でも僕たちにはできないような大人のモデルというか。

そこから今でも関係が続いていて、5年ぐらい前からかな?毎朝、僕より先に参道を掃きながら子どもたちを待っていてくれるんです。「おはよう。ん、お前挨拶もできねぇのか」とか言いながら、グータッチとかしたりして(笑)。

でもそれを始めた頃は、やっぱりそういう人柄だから、良吉さんに会いたくなくて、遠回りをして登園する子とかも出てきたり、お母さんたちの中にもちょっと困ってるんですみたいな人もいたりしたんだけど、良吉さんにもそういう雰囲気は伝わっていて、あるとき、1台の車が入ってきたら、突然さささっと隠れ始めたから、「どうしたの?」と聞いたら、「いや、あいつ俺のこと苦手なんだよ。俺がここにいると通れねえから」と。

そうやって良吉さん自身も、自分が子どもにどういう影響力があるのかっていうことを学びながらなんていったらおこがましいですが、振る舞いや距離感を更新していたり、今ではお母さんたちにとっても、毎日居てくれる良吉さんが朝の一つの風景となってきていて、こういう人柄に出会えることって大事だな、豊かだなと思ってくれるような関係になってきているように感じます。


私たちが伺った日の朝も、当たり前のようにそこにいた良吉さん(右)。

保育園(こどもたちが暮らす場・人が集う場・村)って、こういうことが起き得る場なんですよね。だから、子どもが育つという側面だけではなくて、子どもと共に暮らす私たち大人が自分のこだわりというか、今まで持っていた価値観を少しずつ更新していきながら、今まで気にも止まらなかったようなことに心を寄せられるようになっていく(心を拡大していく)場でもあって。自我を形成しながら社会の中での私というものをつくっていこうとする人たち(子ども)と、凝り固まってしまった自我を譲っていく(ほぐしていく)人(大人)が共にいるっていうのはすごく大事なことだし、お互いに恵みがあるなっていう風に思っています。

そういう意味で、やっぱり保育っていうのはとても尊い仕事だなと思うし、ここ(わこう村)の周辺に集う人たち一人ひとりが命を輝かせることがこの場の養分となって、その養分に活かされて、また一人ひとりの命の輝きが増していく。例えるならば腐葉土のように有機的な関係が育まれる場になれたらいいなと思っています。そうすれば、一人ひとりがそんなに無理しなくても皆幸せだなと感じられるようになるのではと信じているところがあります。「持ち味に出番を」ということを教育学者の大田堯先生が仰っていましたが、そんな感じです。子どもと保育者だけでなく、さまざまな人たちの持ち味が響き合うような場づくりは、一人ひとりが「どう生きるのか」「生きがい」について考え実践する場ともいえるのではと思います。

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撮影:雨宮 みなみ

この記事の連載

わこう村で暮らす。ー 和光保育園(千葉県富津市) (前編)

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今回訪れたのは、千葉県富津市にある“社会福祉法人 わこう村”が運営する「和光保育園」。

「村づくりをしているんです。」
そう語ってくださった理由がわかるような空間、時間、暮らしが、そこにはありました。

「僕たちは心地よい暮らしの塩梅をつくっていく仲間」和光保育園の考える、暮らし人としての関係性と営み。(中編)

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千葉県富津市にある“社会福祉法人 わこう村”が運営する「和光保育園」。
今回、取材前に園長の鈴木秀弘さんからこんなお話がありました。

「一番和光らしい時間が現れるのが10時30分頃~お昼までのあいだで、遊びの風景の中に、お昼っぽさが現れ、いつの間にか遊びの潮が引き、お昼の潮が満ちてくるような渚の時間です。子どもたちは、暮らしの流れに誘われるように自らの振る舞いを変化させていき、その振る舞い一つひとつが、また全体の暮らしの流れを創っていくんです。是非、子どもたちの暮らしの場に身を置き、その流れを感じ味わって頂ければ。」

たしかに、ここには時計の針では表すことのできない、穏やかに流れつづける時間がある。・・・たっぷりと和光の暮らし見学をさせてもらう中で感じたことを、園長の鈴木秀弘さんとお話しました。