保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]

遊びから芸術は始まる!#03『あそびは国境を越えて』

田中 令
掲載日:2024/08/07
遊びから芸術は始まる!#03『あそびは国境を越えて』
こんにちは。美術教育家の田中令です。
照りつける日差しに、逃げ場のない湿度。夏本番ですね。

様々なアート遊びを紹介してきた昨年を踏まえ、今年は美術表現をベースに「こどもたちに委ねた先の世界をのぞく」エピソードの紹介をしています。舞台は、私が年間を通して芸術講師として関わっている保育園や、UMUMの自主企画「UMUMこどもアトリエ」。

今回は特別版!UMUMの海外での活動を通して7月にタイのスラム街で行った、アートワークショップの様子をお届けします。

訪問先のこどもたち

訪問したのは、バンコク最大のスラム街クロントゥーイ・スラムにあるシーカーアジア財団。街のこどもたちの教育支援を目的に設立された財団です。
事務所の一階にある図書館に来るこどもたちは、全員がスラム地区で生活しています。


スラム街の一角。線路沿いに家がびっしり。

家が近所にある子が多く、図書館スタッフもスラムの住民です。タイ人だけでなく、カンボジア人(移民労働者のこどもたち)もいるそうです。


財団図書館

基本的に学校へ通えていますが、貧困・居住環境・家庭環境など様々な問題を抱えています。アートへの関わりは、図書館活動で絵を描いたり、塗り絵をしたりするくらいだそう。

アートとの関わりがあまりないとのことで、非日常性のあるえのぐの活動を行うことにしました。

これまでのアジア各国の訪問経験から、自由に表現する機会があまりない印象があったので、あえて細かい描き込みがしにくく、色彩の美しさを味わえるえのぐと和紙の組み合わせにしました。大きな和紙を用意することで、日本文化も味わって欲しいなという気持ちがありました。

えのぐ であそぶ

私たちが訪問した日も、学校を終えた3〜15歳のこどもたちが放課後の時間を自由に過ごしていました。読書をしたり、ジェンガなどのゲームをしたり、おいかけっこをしたり。
元気に遊ぶこどもたちを見守るボランティアスタッフも数名おり、日本の学童クラブのような印象を受けました。

会場にシートを広げ、日本から持参した和紙を敷き、水を多めに混ぜたえのぐを用意。だんだんとこどもたちが集まり始め、準備を手伝ってくれました。

ワークショップの始まりをわくわくしながら待ってくれていたので、日本で集めた寄付画材で遊ぶコーナーを作りました。クレヨン、カラーペン、色鉛筆など、さまざな描画材を机に並べ、1人一枚コピー用紙を配布して自由にお絵描き。みんな迷いなく描き始めます!

スマホで好きなキャラクターを調べながら描く子もいて、お絵描きが好きなんだなあと思いました。

時間になったので、いざワークショップ開始!
和紙の周りに集まって、まずはご挨拶。

日本での活動同様に、こどもたちに2つのルールを伝えます。
一つ目は、走らないこと。
二つ目は、えのぐがカップの中で混ざらないよう気を付けること。黄色い筆は黄色いカップに、紫の筆は紫のカップに戻すよう伝えました。

和紙を紹介し、「何を描くかはみんなの自由!好きなだけ遊んでね」と伝え、制作スタート!

躊躇なく筆を紙の上に走らせ、真剣にえのぐの色や感触を味わっていました。

前回のアート活動は半年前、ゲストが描き方を教えてくれるスタイルだったようで、今回のように自由に行うのはほぼ初めてだそうです。

花や文字など、具体的な何かを描く子もいれば、オリジナリティある線や形を描く子。
えのぐの飛び散りや、紙の上での混じりを楽しむ子。
腕や足に塗る子。

大人の助言なんて不要!
それぞれの関わり方を自分で見出し、えのぐを感じていました。

30分ほど経つと、えのぐを終えて冒頭のペンコーナーに移動する子もちらほら。

さらに、ペンコーナーを楽しんだ後、またえのぐに戻ってくる子もいました。

制服が汚れてもおかまいなし!
その空間にある遊びを自分で選択できる、こどもたちの自由とたくましさを感じました。


完成した作品を壁に飾っていると、それが嬉しかったようで、こどもたちも自発的に作品を壁に貼っていました。


最後の一人の気が済むまで待って(しかもその子がかなりじっくり描いていた!)、大きな和紙での制作、2ターンが終了。
和紙の中で個人で描いた作品のエリアが広がり、だんだんと重なりあって、大きな一枚の絵になりました。


最後はみんなでお片付け。こどもたちが積極的に掃除に参加してくれました。
なんて気持ちのいい子たちなんだ!


**

今回の活動でとても印象的だったのは、こどもたちの遊ぶ力も、自分の表現を認められて嬉しい気持ちも、世界共通であること。また、こどもたちの遊ぶ力を誘発するえのぐは、本当にすごい素材だなと思いました。3〜5歳くらいの幼児に比べ、15歳くらいのお兄ちゃんがスタート時になかなか描き出せなかった様子も、世界共通で微笑ましかったです(後半はペンで細かい絵を夢中になって描いていました)。

日本の保育現場では、おとながこどもの遊び方や活動の順番を決め、準備も片付けも完璧に行い、細かくレールを敷いてしまいがちです。それに対し、財団のスタッフは基本こどもたちにお任せ。一緒に遊び、一緒に準備や片付けをしていました。

ほとんどの国民が教育を保証され、豊かな国と言われる日本。
貧困に苦しみ、国籍さえ持てない子もいるタイ。
二つの国のこどもたちが持つ共通する力と見守るおとなの姿勢の違いには、考えさせられるものがありました。


コロナ禍で4年ほどお休みしていて、今回満を持して再開したUMUMの海外活動。
学校や美術施設を訪問したり、現地のこどもたちと絵を描く活動を通して、生活や教育、宗教や文化などの違いを全身で感じ、自分の価値観をアップデートする貴重な時間です。
訪問先だけでなく、訪問する人にとっても越境的な学習の場となるよう、今後も大切に育てて行きたい企画なので、また機会があればレポートをお届けしたいと思います!

次回もおたのしみに!

この記事の連載

遊びから芸術は始まる!#01『新聞紙あそび』

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遊びから芸術は始まる!#02『ひかりあそび』

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