「図鑑のつくりかた」を小学館図鑑編集者に聞いてみました!
保育をする中でも、子どもたち一人ひとりの「知りたい」や「好き」を支える、大切なアイテムだと思います。
今回はそんな図鑑を制作する小学館図鑑編集部の廣野さんにたっぷりとお話をお伺いします!
プロフィール
廣野篤(ひろのあつし)
小学館 第三児童学習局 図鑑 室長。1996年入社。制作局(印刷・製本など、製造の手配など)を経て、2002年「図鑑」に異動。『くらべる図鑑』『もっとくらべる図鑑』のほか、『分解する図鑑』『乗りもの』『飼育と観察』『地球』『イモムシとケムシ』『鉄道』などの図鑑も編集。自分自身で写真や動画の撮影をすることもあり、天気がよければ出社せずに、フィールドにいます。
図鑑ってどうつくるの?
ー まずは、図鑑について教えていただければと思います。どれぐらいの年月をかけて、どのように作られているのでしょうか?
ものによりますが2年から3年、長いものでは5年以上かかることもあります。
特に弊社(小学館)では、虫など生き物に関する図鑑は既存の写真を使用するよりも撮り下ろしをすることが多いのですが、春夏秋冬と丸一年撮影したとしても、天候により発生状況が異なるので、1年では撮影できないこともあり、基本的に撮影だけでも2年以上かかります。そこからようやく編集作業やまとめに入るので、基本的に3年以上かかることがほとんどです。
たとえば、僕が担当をした『イモムシケムシ』は、執筆者や写真家と載せる幼虫を相談して約1100種を掲載したのですが、載せようと決めた種を全て見つけにいくためにあちこちへ取材旅行に行きました。
その場でイモムシを捕まえるだけでなく、成虫のメスを捕まえて卵を産ませて飼育をすることもあるので、朝からフィールドを歩いて探して、夜はライトトラップしながら探すという感じで、寝る間もないくらいでしたね(笑)。
ー メスを捕まえて卵から孵えすこともあるのですね。先ほど約1100種を掲載しているとおっしゃっていましたが、地球上にもっと多くの幼虫が生息しているかと思います。そこからどういうふうに掲載する種を選抜しているのですか?
図鑑編集部のデスクを案内していただくと、虫かごがたくさん!この時期は、クワガタやカブトムシの幼虫を飼育しているのだそう。
イモムシやケムシはチョウやガ(チョウ目)の幼虫ですが、チョウ目は日本だけで6000種以上が確認されています。そのうちチョウは約250種なので、ほとんどはガです。チョウ目は世界中には16万以上の種がいるといわれています。
掲載する種の選抜は、ページ数には限りがありますし、自分が調べたことや知っていることだけを載せるのでは偏りがでますので、執筆者や写真家と相談しながら基本的には普通種と呼ばれる「身近で見つかるもの」から選ぶようにしています。
あとはちょっと難しい話になるんですけど、やっぱり分類ってすごいなと思うんです。なので、なるべく分類などを丁寧に再現してそこに隠れた「この虫とこの虫は、実は近い種なんだ」とか「こう進化してきたんだ」ということが読み取れるよう、分類順に並べることを心がけました。読者のみなさんがそこから何かを読み取ってくれたら嬉しいなと。
ー 確かに、虫が好きな子どもたちは、「この虫とあの虫は似ているんだよ」とか、「こういうところが一緒なんだよ」みたいなことを本当によく知っています。普段、虫に触れたり観察したりしていることもあると思うのですが、廣野さんがおっしゃっていたような種の進化や分類を図鑑で見る中で感覚的に受け取って、自分のものにしているのかもしれないなと感じました。
そうかもしれないですね。例えば、「昆虫には完全変態と不完全変態、不変態があります」と文章で書いてあるだけではなかなか実感しにくいけど、図鑑を見ているとふとそういうことに気づいていくってことがあるんですよね。
僕自身も、イモムシケムシの図鑑を制作している時に、イモムシって完全変態という知識は元々あったけれど、そのことがストンと腑に落ちたことがあって。というのも、イモムシは主に植物の葉を食べるけれど、成虫になると食べるものが変わる種がほとんどなんです。それって大きな変化なので、そのためにさなぎという特別な期間が必要なんだということにまず気づくわけです。
それから、なぜ食べるものを変えるのかというと、幼虫と同じものを成虫が食べたら食べ物を取り合うことになっちゃうからなんです。少しでも多くの子孫を残すためのすごくよくできたシステムなんですよね。図鑑を見ているとそういうことに気づけたり、いろんな知識が結びついていくことがあったりして面白いです。
思い入れのある図鑑は?
ー 今までさまざまな図鑑制作に携わられてきたと思うのですが、廣野さんご自身が特にお気に入りの図鑑ってありますか?
やっぱり思い入れがあるのは『分解する図鑑』かなあ。これは実際に自分でいろんなものを分解して作った本なので、まさに自分で研究したというか。なかなか苦労も多かったですけど、楽しかった1冊です。
『分解する図鑑』。廣野さんが今まで制作に携わった図鑑は14冊以上だという。
ー 分解することを図鑑にしちゃおうと考えることがまずユニークで面白いと思うんですけど、そのアイデアはどこから生まれるのか気になります。
思いついて試しに2つ、3つ分解してみたらすごい楽しくてって感じです。結構そういう感じでうまれるものもあって、『くらべる図鑑』も編集チームで井戸端会議のような会議で、「アメリカウミザリガニという1メートルぐらいあるザリガニがいるんだよね」「大きさでいうと、他にもこんな大きな生物がいるよ」みたいなことを話しながらみんなでメモしたことが形になったものなんです。もちろん監修の先生にも見てもらうんですけど、監修者からすると「こんなぶっ飛んでいる本を監修するのか…」という感じだったと思います(笑)。
ー 他にもちょっと変わったシリーズってあったりするんですか?
作りたいなと思っているのは、自衛隊の図鑑。航空ショーの時の人出ってびっくりするくらい多いので、あれだけの人が来るなら興味持っている人って多いんだろうなと思いますし、僕自身子どもの頃って、軍艦や戦闘機に憧れたので。他にも色々テーマがあるんだよなと思っていて、働いている人にスポットをあてることもできるだろうし、他にも基地ごとの名物料理とかもあるだろうからそういうのも載せるのも面白いかなと思ったりしています。なかなか手がつけられていないですけど、こういうことを考える時間も楽しいです。
ー 本当に楽しみながら図鑑制作に携わられているのが伝わってきます。
そうなんですよ。図鑑制作をする時に特に大事にしているのは、どんなジャンルの担当になろうとも楽しんでやることなんです。
図鑑って参考書や問題集のように必要だから買ってもらうものじゃなくて、欲しいから買ってもらうもの。楽しんで読んでもらうものなのに、作る側が楽しんでいないと読み手もきっと楽しくないだろうなと思うので。
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撮影:雨宮 みなみ
この記事の連載
図鑑ってどう見たり使ったりするのがいい?ー 図鑑編集者に教わる、図鑑の楽しみ方。
後編では、ほいくる編集部が疑問に思っていた「子どもと図鑑」について質問にお答えいただきました!