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<後編>子どもの心のとびらが開くとき〜りんごの木の保育から〜柴田愛子先生 オンラインセミナーレポート

新 幼児と保育
掲載日:2021/05/14
<後編>子どもの心のとびらが開くとき〜りんごの木の保育から〜柴田愛子先生 オンラインセミナーレポート

2021年2月6日に小学館『新 幼児と保育』とHoiClueが共同で主催した、柴田愛子先生のオンラインセミナー。

「子どもっていいな」「保育っていいな」そんな気持ちになったセミナー。
レポートの後編をお届けします。

(この記事は『新 幼児と保育』(2021年4/5月号)に掲載された記事を、前後編でお届けしています。)

お話/柴田愛子先生
保育者。りんごの木子どもクラブ(神奈川・横浜市)代表。
子どもの気持ち、保護者の気持ちに寄り添う保育を基本姿勢とし、保育雑誌や育児雑誌への寄稿、子育て中の保護者、保育者向けの講演も行う。
『こどものみかた 春夏秋冬』(福音館書店)、『あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます』(小学館)など、著書も多数。

サナギだけど 中で生きている

私自身の話をしますね。私は5人きょうだいの末っ子。きょうだいは3歳ずつ年齢が離れていて、一番上の兄とは15歳も年が違うのに、ごはんのときに自分のおかずが兄や姉より小さいと、
「ちがうからたべない!」
とか言っちゃうような子どもでした。「同じ子どもなんだからおかずだって同じじゃなきゃおかしい。もし食べきれなかったら、それはそれでしょう?」なんて主張していました。

それなのに、学校に行ったら、まるで借りてきた猫。早生まれで、学校の空気にどうにもなじめない。先生が何をいっているのかがわかりませんでした。私、小学校の6年間で、授業で3回くらいしか手を挙げていません。今思うと「場面緘黙(ばめんかんもく)※」だったのかとも思います。
私は、外から見たらまるでサナギでした。サナギは動かない。でも中で生きているんです。

※家では話せるのに学校などの特定の場面だけ話せなくなってしまう症状。

小学4年生の図画工作の夏の宿題で、家でブックスタンドを作るというのがありました。提出すると図工の先生が私の腕をつかんで、クラスのみんなにいいました。
「ほら、柴田さんはこんな細い腕で、のこぎりをひいてブックスタンドを作ったのよ」(すごく細い子だったんです)
あつかましいけど、「見えてないんだ」と思いましたよ。だってのこぎりをひいたのは兄だったから…。
「この人は、子どもの気持ちがわからない」
「この人はえこひいきする」
まわりのことを観察していたんです。信頼できる先生はいないと感じていました。

中学2年生のとき、初めて信頼できると感じたのが、数学のA先生でした。口の悪い、女性の先生だったんですけどね、ある日廊下で
「あなたは、自分が思うよりできる人ですよ」
と言うんです。意味はわからなかったけれど。

受験する高校を決めるときに、A先生に相談に行ってみました。
「私は私立に行きたいけれど、どこがいいでしょう?」
「うちの近くに、あなたに合う私立があるわ」
と紹介してくださり、その高校に進学することになりました。
もし私が公立高校に進学したとしたら、「できるのに、できない子」のままで終わるだろうとA先生は思ったのだそうです。

自分が開いたら 相手も開く

進学した私立高校で、私の心のとびらが全開になっちゃった出来事がありました。3分間スピーチの時間があったんですが、自分の順番がきたとき、心の中で思っていた本当のことをいってしまったんです。
「私は本当の友達が欲しい」
「あなたたちは本当の友達ですか?」
「友達のふりをする人は、いりません!」
そしたらね、「私もそう思う」って手を挙げた子がいたんです。彼女とは今も親友です。

保育者のみなさんも、心のとびらを開いてみてください。保育者が開けば、子どもも開きます。「自分は保育者だから」と肩書にこだわらないで。保育者と子どもは、ともに生活する仲間です。自分の中の子ども心を失わないまま心を開いて、子どもと一緒に育つことができる。それが保育の仕事のいいところだと私は思っています。


セミナー終了後、たくさんの感想が寄せられました。ありがとうございました!

元気が出ました。

月曜から元気に現場に行けます。

心を開くタイミングを大切に。
無理に開けようとしていた今までの保育を反省しました。

保育士していてよかった!

子どもたちに会いたくなりました。


セミナーの参加者からの質問コーナーの一部を紹介します。

質問1
保育者2年目です。ある子どもの心の奥に、なかなかたどり着けません。自由遊びの場面などで、担任の私ではなく、園長先生や主任のほうに行ってしまうのです。
どのようにその子とつながりを持っていけばいいのでしょうか。今の自分は、ただご機嫌をうかがっているだけのような気がしています。

園長先生のところに行きたくなる、その子のことを肯定しよう

私はもう若くなくて、子どもと鬼ごっこも一緒にしてやれないんだけど、それでも子どもたちは「愛子さーん」って寄ってきます。
「みて!みて!」が多いの。そうすると私、
「すっごいねえ!」
「できるようになったねえ!」って喜ぶんです。
りんごの木にはおじいちゃんのスタッフもいて、やっぱり子どもがよくなついています。子どもは「大勢いるとうるさいから、いやだ」と思う子も中にはいるのよ。あえてトラブルが起こらない人のところに行ってほっとする子もいるものなんです。

今度心を開いて「園長先生のこと好きなの?」って聞いてみたら?
「うん、そうだよ」
って言われたら
「そうよね、いいよね園長先生。私も園長先生好き」
っていえば、子どもは自分のことを肯定してもらえたな、うれしいなって思いますよ。
そのうち、
「園長先生のところに行ってくるね」
なんていいにきたら、
「うん、わかった。でも帰ってきてね。うちのクラスの子なんだから」
って言えばいいんじゃない?

子どもは、そのときどきでほっとできる大人を選んでいるんだと思います。担任だからって、すべてを引き受けなくちゃいけない なんて思わずに、「今は園長先生のところに行っているから、ほかの子を見られるわ」って思えばいいのよ(笑)。

質問2
保育において、肝に銘じていることがあれば教えてください。

どの子どもも否定しないこと

20代で、保育の仕事がまだわからないときに「これから出会うすべての子どものことを、好きになってみせる」という覚悟をしました。

園では、子どもにとって担任の保育者が「命綱」だと思うんです。園に来て親がそこにいない中で、子どもは誰かにすがるしかありません。担任から見たら、たくさんの子どもを見ているわけだけど、子どもにとって担任はただひとりの頼るべき人だからです。

園で会うと、あいさつ代わりにパンチしてくる子がいてね、それでこっちがパンチを返すと、
「いてー、足が折れた」
なんていって。
「私のこと好きなんでしょ」
って言うと、
「嫌いだよ」なんて言う。これはその子なりの「僕のことを見ていてください」っていうアピールなんだと思っています。

どの子どもも否定しないことを大事に。子どもを見るプロとしての、それが第一条件だと思っています。

文/佐藤暢子 イラスト/奥まほみ プロフィール写真撮影/藤田修平

 

この記事の出典  『新 幼児と保育』について

新 幼児と保育

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この記事の前編

<前編>子どもの心のとびらが開くとき〜りんごの木の保育から〜柴田愛子先生 オンラインセミナーレポート

<前編>子どもの心のとびらが開くとき〜りんごの木の保育から〜柴田愛子先生 オンラインセミナーレポート

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