<前編>子どもの心のとびらが開くとき〜りんごの木の保育から〜柴田愛子先生 オンラインセミナーレポート
大都市圏を中心に人の移動などが自粛要請されている中、それでも学びを続けていけるようにオンラインセミナーを企画、実施しました。
土曜の夜にもかかわらず、たくさんの方に参加いただきました。
「子どもっていいな」「保育っていいな」そんな気持ちになるセミナーでした。
2月6日に小学館『新 幼児と保育』とHoiClueが共同で主催したオンラインセミナーからのレポートをお届けします。
(この記事は『新 幼児と保育』(2021年4/5月号)に掲載された記事を、前後編でお届けしています。)
お話/柴田愛子先生
保育者。りんごの木子どもクラブ(神奈川・横浜市)代表。
子どもの気持ち、保護者の気持ちに寄り添う保育を基本姿勢とし、保育雑誌や育児雑誌への寄稿、子育て中の保護者、保育者向けの講演も行う。
『こどものみかた 春夏秋冬』(福音館書店)、『あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます』(小学館)など、著書も多数。
頭と心と体 一緒に動くのが子ども
今週(2月第1週)はりんごの木子どもクラブで「とことん週間」がありました。
月曜日から金曜日まで、自分で決めたひとつのことをやって極めていく1週間、毎年この時期にやっています。4歳児と5歳児70人が、11のチームに分かれました。3人〜14人とチームの人数はばらばら。チームは縫いもの、人形劇、忍者修行、トレーニング、探検、穴掘り、なわとび、あやとりなど。得意なものを選ぶとは限らなくて、自分はこれをがんばりたいから、とチームを選ぶ子もいる。自分がやりたいことを自分のペースでやれる場なんだけど、ほかの子を見て、刺激され、燃えたりします。
トレーニングチームを選んだゆらだけが、月曜も火曜も、全然何もやりません。
自分でトレーニングがやりたいっていってチームに入ったのに…。
「ちょっとパワーがないんだ」
っていうんです。
「昨日、お兄ちゃんがお父さんにすごく怒られた」
ゆらは4人きょうだいの末っ子。
「お兄ちゃん、悪いことしたから怒られてもしょうがないけど、私、きょうだいだから悲しい。お父さんが怒って、怖かった」
「じゃあ、絵でも描くか」
と提案しました。「とことん週間」の最後の日に、みんなにメダルをかけてあげようということになり、私がダンボールを丸く切り、ゆらが色塗りをしました。これがそのメダルです(下の写真)。
ゆらはお兄ちゃんの分のメダルも作って持って帰りました。
木曜日と金曜日のゆらはトレーニングに戻って、それはがんばりました。彼女がやらなかったのには、それなりの理由があったんです。心が動かないと、体も動かないのが子どもだと思うんです。
「心のとびらが閉まっちゃったの?」
りんごの木では、運動会の種目は子どもたちの話し合いで決めるんですけど、リレーは毎年あります。今は中学1年生になった、みあんがりんごの木にいたころ。3月生まれで小さい子だったの。みんなでリレーの練習をしているときにみあんは走らなかった。「走るっていったのに、どうして走らないんだろうね」とみんなで困っていたら、あすかがみあんのところに行ってこう聞いたの。
「心のとびらが閉まっちゃったの?」
そしたら、
「うん」
わかってもらえてほっとした表情でした。
「そうか」
ってあすかはいって、みあんの背中をなでました。
「じゃあ、一緒に走ってあげる」
そうやってみあんの心のとびらが開きました。
いよいよ運動会本番になりました。みあんも走りました。本番が近づくと、心のとびらが開いたり閉まったりする子どもたち。この感覚的な表現が、子どもにはぴったりくるのね。「心のとびら」っていう言葉はこの年、りんごの木の流行語になりました。
いつか自分のタイミングで
子どもの心が開いていく瞬間、今度はひかるのお話をします。
2歳からりんごの木に来ているけど、子どもの集団に入ろうとしないで、大人の近くにいつもいる子でした。4歳になってもほかの子どもたちとは一緒に動かない。心と頭は豊かになっているけれど、体はどうなのよ?って思ってたの。心配して保育者が、
「ひかる。見てて。ジャーンプ!楽しいよ」
ってやってみせた。そしたら、
「僕は結構です」
ですって!無理に誘うのはやめました。
4歳児の三学期に横浜市の「こどもの国」に行きました。子どもたちが崖を上る遊びをしているのを、ひかるは私と手をつないで見ていましたが、
「僕もやってみたい」
というんです。そこで一緒にやると
「もう一回」
そこにひろしが来て
「ひかる、来い」
っていって、ひかるの手を取って登っていったんです。「とびら」が開き始めました。
5歳児クラスに上がって、恒例のキャンプ(お泊まり保育)が近づいてきました。参加は強制ではありません。
「キャンプどうするの?」
とひかるが、大好きになったゆうねに尋ねました。
「僕は泊まるよ」とゆうね。
「じゃあ、ぼくも」
とひかる!その日お迎えに来たお父さんに私はいいました。
「長らくお待たせしました。ひかるの心と体が開き出しました!」
卒業するころには、ひかるの心も体もよく動くようになっていました。子どもが心を開くタイミングはそれぞれなんだなって思います。こっちはいろいろ思いを巡らせてやきもきしますけどね。子どもたち全員に同じことを保障しようと思うし、年長になったら、「こんなに立派になりました」っていって全員を送り出したいですよね。でも、それに乗ってこない子もいる。
思いを巡らせてあれこれ工夫したり指導してみたり…でも結局、最終的にはその子を見守ることしかないんじゃないかって思ってます。大人に見守ってもらって、安心していられたら、そのうちいつか自分のタイミングで動き出す勇気が湧いてくるのだと思います。
自分のペースでやってきた子どもは、自分で一歩を踏み出せるようになります。逆に自分の気持ちがまだ準備できていないときに、誰かに背中を押されて動くとつんのめってしまうでしょう?大人が強要してしまったら、子どもは自分で自分を歩いていくことができないんです。
心が開かなくても「そばにいるよ」
2歳児クラスのときからずっと仲よしで、いつも一緒だったそうたろうとけんちゃん。4歳になると、だんだん遊びの好みが違ってきて、そうたろうはけんちゃんと遊ばないでひとりぼっちになりました。自分の「陣地」の中にこもるようになります。いすを集めてバリアを作って、その中でひとり恐竜の図鑑を見ていました。みんなで集まる時間になると、ほっとした表情で出てきます。
1週間たち、2週間たち、それでも陣地の外で遊ぶ子どもたちを眺めるだけ。お母さんは心配して涙を見せることもありました。
1か月後、とうとう陣地から出てきました。恐竜になって(笑)。部屋で恐竜ごっこをしていた子どもたちのところにやってきて、ギャオー、ギャオーって、恐竜のまねが最高にうまいの。
1年生になったそうたろうは、いまだに恐竜のままだそうです。小学校では恐竜が好きな子が多いから、モテてるんですって。
子どもがそうやって変わろうとしているときに、私たちは何か気の利いたことがいえるといいんだけど…結局はその子がその子であることを保障するということなのかなと思います。どの子どもも自分の心を持っていて、閉じたり開いたりするんだけど、開かないときでも「そばにいるよ」というメッセージを伝えることが私たちのやれることかなと。
保育って心のドラマ。子どもが自分で一歩を踏み出すところを見ちゃうと、もう保育者はやめられません!
▶子どもの心のとびらが開くとき〜りんごの木の保育から〜柴田愛子先生 オンラインセミナーレポート<後編>に続きます。
文/佐藤暢子 イラスト/奥まほみ プロフィール写真撮影/藤田修平
この記事の出典 『新 幼児と保育』について
保育園・幼稚園・認定こども園などの先生向けに、保育をより充実させるためのアイデアを提案する保育専門誌です。
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この記事の後編
<後編>子どもの心のとびらが開くとき〜りんごの木の保育から〜柴田愛子先生 オンラインセミナーレポート
「子どもっていいな」「保育っていいな」そんな気持ちになるセミナーのレポート、後編です。