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「そもそもなぜ?を議論しよう」ー 汐見稔幸さんと考える、これからの時代に大切になること

三輪ひかり
掲載日:2021/05/12
「そもそもなぜ?を議論しよう」ー 汐見稔幸さんと考える、これからの時代に大切になること

前編で、「保育所保育指針、幼稚園教育要領、認定こども園教育・保育要領の3法令が施行されてからの3年は、大きな変革がはじまった大事な時期だった」と語ってくださった、汐見稔幸さん。

後編では、園や保育者はここからどう歩んでいくとよいのか、未来へ目を向けてお話を伺います。

汐見 稔幸(しおみ としゆき)

1947年 大阪府生まれ。東京大学名誉教授、白梅学園大学学長、日本保育学会会長。
2017年告示保育所保育指針改訂の検討を行った厚生労働省社会保障審議会児童部会保育専門員会の委員長を務める。
専門は教育学、教育人間学、育児学。育児学や保育学を総合的な人間学と考えていて、ここに少しでも学問の光を注ぎたいと願っている。保育者たちと臨床育児・保育研究会を立ち上げ定例の研究会を続けている一方、三人の子どもの育児にかかわった体験から父親の育児参加を呼びかける活動もしている。保育者と保護者の交流誌『エデュカーレ』編集長。


そもそもなぜ、を考える。

ー 新型コロナウイルスの影響で、日々の生活をはじめ、行事のあり方や保護者の保育への参加の仕方などを変えた園がたくさんありました。汐見先生は、「その変革で起きた変化をコロナが終息したあとも洗練していくことが大切になる」とお考えだということでしたが、具体的にどんなことを意識しながら保育していくといいのでしょうか?

とにかく工夫せざるを得なくて、行事の数を減らしたり、縮小したり、保護者に協力を仰いだりしてきましたよね。それはとても大変なことだったと思いますが、それによって、「大きな規模で大々的にやることや、何度も練習が必要な難しいことをすることが行事の成功だと思っていたけれど、それは違うのかもしれない」ということに気がついた園や保育者もたくさんいたと思います。

じゃあ、そこで何が大切になっていくのか。僕は、「そもそもこの活動・行事はなんでやっているんだっけ」と議論をすることだと思うんです。


ー 「そもそもなぜ?」を考える、ですか。

そう。コロナが我々に突きつけているのは、「そもそもなんでこんな保育を、こんな行事をしているのかということまで立ち戻って考えなさい」ということだったんじゃないか。

たとえば、今までは「運動会が終わったから、次は展覧会の準備をしなくちゃ」とか、「次の行事の担当者は〇〇先生です。早く準備してね」とか、本当に忙しくしている園だと「行事をやっていたら1年終わっちゃった」となってたんじゃないかと思うんです。そして、「毎年やっていることだから、今年だけやらないなんてできない」と思い込んでいたり、「やめたら親御さんから絶対文句でるよね」と考えると、減らすことはできない。行事や活動って、増やすことは簡単なんだけど、簡単には減らせないんですよ。それで、どんどん忙しくなっていく。

でも今回、コロナで密にはなれないから、感染拡大予防のために…という観点からではあるけれど、行事や活動の見直しが起きたでしょう。そして、それが保育や子どもに多くのところでいい変化を生んだわけです。

だから、コロナが終息したら元に戻すような目先の変化で終わらせるのではなく、「こういうことをやってるけどそれで本当に子どもが育つのかな」、「行事の形を作るために子どもがやらされていない?」とかね、そういう“そもそも論”から改めて考えて、新年度も保育をしていってほしいんです。

総括して、その先へ。

そのために、行事や保育内容の見直し、保育の工夫など、この一年(2020年度)をきちんと記録し総括するということを、これから各園でぜひやってみてほしい。

総括によって、一つの行事をなくしたり、減らしたりすることで終わるのではなく、変えた大事なポイントを、他の行事や活動にあてはめて考えたり、応用することもできるようになっていきます。そうすると、普段の保育がいい方向に変わっていくと思うし、「今までよりもだいぶ無理がなくなったけど、ここはまだ自然なカタチではないよね」などと、新しい園のあり方にもどんどん繋げていくことができると思います。

まだまだコロナは簡単には終息しないと思いますけど、「コロナって私たちにとってなんだったのか」、「この期間の保育の中で、すごくよかったことはなんだったのか」についても、ぜひ合わせて議論してみてください。そうすると、保育の本質的な話へ議論がグッと深まっていくと思いますよ。


ー 「コロナを理由に活動や行事を変えました」だけで終わってしまうと、コロナが終息してから揺れ戻しが起きてしまう可能性がありそうだなということは感じていました。下手すると、「去年中止してできなかったから、今年はもっと盛大にやろう」ということなどが起きかねないなと。


そうなんですよね。せっかくオンラインというやり方もできるようになったんだから、それを完全になくすということなどもしなくていいと思うんですよ。

コロナがもたらした一つのメリットは、コミュニケーションの手段を多様化したということ。僕は今、いくつかの園で保護者の子育て相談をしているんですけど、オンラインになったことで、たとえば午前中と夜、2回にわけて行うことができるようになったんですよ。仕事をしている人は夜のほうが参加しやすいし、仕事を持たない主婦の人や、小さな赤ちゃんがいる家庭は、午前中の方が参加しやすい、ということもあるでしょう。この形だと、普段は時間が合わないからと断念していた人も参加できるし、会場を準備しなくちゃいけないという手間がないから、より気軽に参加や開催ができるようになる。それを活かさない理由はないですよね。

ともかく今、そもそも論に立ち返って保育を検討するという姿勢を持つことが、とても大事になっていると思います。コロナはそれを促してくれたんだとおもっています。


今だからこそ、改めて読み返してほしい。

ー そもそもを議論したり、 総括をしていく際に、指針や要領を改めて見返すとヒントになったり、見えてくることがありそうですね。

実はこのあいだ「改めて指針を学ぶ」という研修を頼まれました。改定してから3年近く経って、なんで今なんだろうと思ったのですが、コロナで保育を全部見直していかなくちゃいけないという時に、見直しの視点というのかな、どういう風に見直していくといいのか、考え方のヒントが指針や要領の中にあるんじゃないのかということに気がついてくれたんですよね。

その時に話したのは、三密は避けろ、ソーシャルディスタンスを保てと言われるけど、あれは保育の現場では不的確ということ。フィジカルディスタンスは多少注意しなくてはいけないけれど、緊急事態が続き、いつもと異なるお父さんやお母さんの姿を見て、子どもも不安になっている。先生たちもマスクしていて、顔もよく見えない、なんか変だなって思っているはずですよね。そういう子どもの心の状態を考えた時に、心はむしろ距離を遠ざけるんじゃなくて近づけないといけない。「大丈夫だよ」、「今日も楽しいことしよう」、「楽しかったね」って、子どもたちが生きる楽しさを感じられる体験や日々を過ごすことがとても大事になるわけです。

特に0、1、2歳児はそうですよ。新しい指針でなぜわざわざ「養護」を総論に取り出して書いてあるのか。コロナ禍で不安もあるからこそ、子どもに向き合うとき、先生から大事にされているんだ、愛されているんだって、そういう気持ちをより丁寧に育てていかなくちゃいけない。そのヒントになるような基本的なことが指針や要領には書いてある。


ー 今この状況だからこそ、保育者一人ひとりの指針や要録の読み取りかたにも変化があり、深まっていきそう。

そう、深まるんじゃないかなと。だから、コロナでネガティブなことや大変なこともあったけれど、それを機に、保育がより良くなったり、保育者一人ひとりの子どもの捉え方がより深くなっていくチャンスでもあるのかなと、やっぱり僕は思います。


汐見先生が責任編集をされている『エデュカーレ』について

『エデュカーレ』は、「保育のことをもっと勉強したい!」「悩みについてみんなの意見を聞きたい!」「自分の思いを発信したい!」そんな人たちのための雑誌。
2020年10月に、創刊100号記念としてMOOK本が発行されました。

ゆるゆると学ぶ保育の質と指針・要領

この度、この記事を読んでくださったHoiClueの読者から抽選で10名様に、この『創刊100号記念ムック』をプレゼントいたします!

※お申し込み期限:2021年5月21日(金)12:00まで
※抽選結果は、当選された方にのみ、メールにてご連絡させていただきます。
※プレゼントは、エデュカーレを発行している臨床育児・保育研究会から発送させていただきます。予めご了承いただき、お申込みをお願いいたします。

汐見先生のその他のプロジェクト「ぐうたラボ建設」について

八ヶ岳南麓にある、保育者のためのエコカレッジ「ぐうたら村」。
今そこに、保育者や子どもの育ちに興味がある方々のために開かれている研修スペースの建設に向けたプロジェクトが動き始めてします。
▶詳細はこちら

ご興味のある方は、ぜひこちらも合わせてご覧ください。



この記事の連載

「保育者や環境が変わると、子どもが変わる。」指針・要録改定から3年。汐見先生の感じた変化と今。

「保育者や環境が変わると、子どもが変わる。」指針・要録改定から3年。汐見先生の感じた変化と今。

「保育所保育指針」、「幼稚園教育要領」そして「認定こども園教育・保育要領」の3法令が施行されて、もうすぐ3年。
改定時にもインタビューをさせていただいた、保育・幼児教育の第一人者でもある汐見稔幸さんに、この3年間での保育現場の変化についてお話を伺うことにしました。


汐見稔幸先生へのインタビュー記事

「子どもたちは、自分探しの旅をしている」— 汐見稔幸さんが考える本当の“保育の質”とは

「子どもたちは、自分探しの旅をしている」— 汐見稔幸さんが考える本当の“保育の質”とは

2017年に「保育所保育指針」「幼稚園教育要領」そして「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」の3法令が改定され、いよいよ今年(2018年)4月に執行となりました。

この3法令の改定は、改めて保育者一人ひとりが、そして私たちほいくるが、自分たちの保育や子どもと向き合う姿勢、そして保育の質について考える機会でもあると思います。

そこで今回、改定にも大きく関わり、保育・幼児教育の第一人者でもある汐見稔幸さんにお話を伺うことにしました。


汐見稔幸さんが提案する、「保育の質」に繋がる5つのヒント

汐見稔幸さんが提案する、「保育の質」に繋がる5つのヒント

前編で、子どもたちは日々、心にビビビと響いてくる出会いを通して「こういうことを私もしてみたい」と気づく「自分探しの旅」をしているということ。そして、そのために、一人ひとりがその子にとっての「本物の文化」に出会っていくことが大切なのではないか、という考えをお話してくださった、汐見先生。

後編では、保育の質に繋がる「本物の文化」と出会う環境を保育の中でどのように作っていくのか、そのヒントについてお伺いしました。