汐見稔幸さんが提案する、「保育の質」に繋がる5つのヒント
前編(「子どもたちは、自分探しの旅をしている」— 汐見稔幸さんが考える本当の“保育の質”とは)で、子どもたちは日々、心にビビビと響いてくる出会いを通して「こういうことを私もしてみたい」と気づく「自分探しの旅」をしているということ。
そして、そのために、一人ひとりがその子にとっての「本物の文化」に出会っていくことが大切なのではないか、という考えをお話してくださった、汐見先生。
後編では、保育の質に繋がる「本物の文化」と出会う環境を保育の中でどのように作っていくのか、そのヒントについてお伺いしました。
1)子どもを「誘い出す環境」をつくる
実際に、保育の中で、子どもたちがビビビとくる「本物の文化」との出会いを作っていくには、本物の文化につながる“豊かな文化”がどれだけあるかが大事だと思うんです。
1947年 大阪府生まれ。東京大学名誉教授、白梅学園大学学長、日本保育学会会長。
2017年告示保育所保育指針改訂の検討を行った厚生労働省社会保障審議会児童部会保育専門員会の委員長を務める。
専門は教育学、教育人間学、育児学。育児学や保育学を総合的な人間学と考えていて、ここに少しでも学問の光を注ぎたいと願っている。保育者たちと臨床育児・保育研究会を立ち上げ定例の研究会を続けている一方、三人の子どもの育児にかかわった体験から父親の育児参加を呼びかける活動もしている。保育者と保護者の交流誌エデュカーレ編集長。
保育界隈ではよく「環境を作る」って言い方をしていると思うんですけど、まさにそれは、どれだけ“豊かな文化”があるか、といいうことと同じだと思っています。
ー豊かな文化って、例えばどのようなものなんでしょう?
文化って、素晴らしい絵があるとかそういうものを想定しやすいけど、そういうことだけじゃないんだよね。
日本語だとちょっと分かりづらくなってしまうから、culture(カルチャー)という言葉に戻して説明するとね、カルチャーというのはもともと農業用語で、cultivate(カルティべイト)っていう「土を耕す」という動作の名詞形なんです。
ー土を耕す、ですか。
要するに、文化ってね、豊かな実りを実現するために、「自分の持っている全てのものを注ぎ込みながら心を込めて取り組むこと」を言うんだと思うわけです。
だから子どもたちにとって、「何かいいものを作ってみたい」「きれいなものを作ってみたい」と思わせてくれる環境が、本物の文化になっていく。
例えば、ここに積み木があっても、10ピースじゃ大したものを作れないかもしれない。
でも100ピースあれば、もっと高いものつくってみようとか、かっこいいもの作ろうとか、ビビビと心に響いてそういう気持ちになっていくかもしれないでしょ。
つまり、“子どもたちを誘い出してくれる環境”をいかに作れるかっていうことが、保育者の役割として、大事だと思うんですよ。
ーなるほど。子どもたちを誘い出す環境を作るには、具体的にどうすればいいでしょうか。
まずは、子どもたちが今何に興味を持っているのか、これからどういうことに興味を持ちそうなのか、子どもの興味や関心に気付くこと、そして想像することじゃないかな。
2)子どもたちの心に“響く”確率をあげていく
ー子どもたちを誘い出す環境は、子どもたちの興味や関心に気付くための「観察する」から始まるんですね。
そうそう。
観察して、「今、子どもたちは、こういう活動をするといい顔をする」「目を輝かせる」っていうことを、上手に見つけたり感じ取ったりできるようになると、遊具や素材をより丁寧に用意したり、配置したりできるようになってくるよね。
そして更に、「こういうことに興味を持ちそう」ということまで想像できると、保育者がまず楽しんでみるという行動を取ることもできるようになってくる。
するとね、そこに環境があるだけでは興味を持たない子が、朝、先生が楽しそうにやっているのを見て、「あ、ぼくもやってみたい!」って、ビビビとくることがでてくるんですよ。
まさに、子どもを誘い出す環境を作ることができるようになっていくわけです。
ー保育園で子どもたちと過ごしていて、すごくそこの部分で難しいなって思うのが、誘導になってしまわないかっていう線引きで。
子どもたちの興味を誘い出す環境を整えたり、声掛けをしたり、自分自身が楽しんだりするのは、果たしてどこまで踏み込んでやっていいのか、結構悩みます。
僕はね、我々は、子どもたちがビビビとくるような文化と出会うために努力を惜しんではいけないと思うけど、あくまでも、どれにビビビとくるかは子どもが選ぶものだと思っていて。
いろいろ用意しても、実際には半分も子どもたちの心に響かないでしょう(笑)。
だから心配しなくていい。子どもたちは自分たちできちんと選んでますから。
逆にね、もしかしたら、「せっかくこれやったのに、どうして遊ばないの」って気持ちになることもあるかもしれないけれど、その時は、「子どもの興味は今ここになかったんだ」って、自分たち自身の未熟さとして受け止めるしかない。
子どもたちがビビビとくる確率を、ちょっとでも上げていくことが、保育者として成長していくことだとも思いますしね。