保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]by 小学館

「本当の気持ちや表現」はじっくりと“遊び”が深まると見えてくるー 臨床保育の専門家・野本先生が大切に思う子どもたちの声の聞き方

水岡香
掲載日:2026/11/06
「本当の気持ちや表現」はじっくりと“遊び”が深まると見えてくるー 臨床保育の専門家・野本先生が大切に思う子どもたちの声の聞き方
保育のなかで出会う、乳幼児期の子どもたちや、発達の凸凹などから自分の思いをうまく表現しきれない子どもたち。その言葉になりきらない思いを、どう受け止めていくといいか。
保育者のみなさんも「この子は何を思い、伝えたいのかな?」と迷い立ち止まった経験があるのではないでしょうか。

そこで今回お話を伺ったのは、臨床保育の専門家・野本茂夫先生。

長年インクルーシブな視点を持ちながら、保育施設への巡回支援や保護者への子育て相談・研修などさまざまな保育の場に関わってきた野本先生に、多様で豊かな個性を持つ子どもの思いを理解する糸口となるお話をじっくり伺いました。

聞き手は、保育・児童発達の現場からHoiClue編集部に入った水岡。保育者としていろいろな子どもと出会う中でこの問いを抱き、その頃に野本先生と出会いました。


野本茂夫 先生

臨床保育の専門家
國學院大學人間開発学部准教授、教授を経て、現在は地域の巡回保育相談員、発達相談員をしながら保育者研修会講師、園内研究会講師などを務めている。
*
障害児教育と幼児教育を大学で学び、巡回保育相談や園内研で保育のお手伝いや保育者養成の仕事をしてきました。園にうかがい始めたころは、園児に「おにいさんせんせい」と呼ばれたこともありました。その内に「だれのパパなの?」、「おじさんだれ?どこからきたの?」と園児に話しかけられ、やがて「おいしゃさんなの?」、「えんちょうせんせいのおともだちなの?」と尋ねられました。忘れられないのは、年度はじめの頃に幼稚園の年少さんの組に入ったとき「ねんちょうさんなの?」と言われたことです。そして、今では「だれのおじいちゃんなの?」と云われています。思い返すと保育にかかわりはじめてから随分長い時間が過ぎたなあと思うこの頃です。

「厄介さ」から見える子どもの声

_ 長年多くの子どもたちと出会ってきた野本先生は、言葉にならない子どもたちの声や思いを、どのように受け止め、捉えてきたのでしょうか?

私が携わっている保育の臨床相談では、発達や特性が気になるお子さんや、障害のあるお子さんの支援に関わることが多くあります。そのため、子どもの声を聴く入口となるのは、ほとんどの場合、大人(保護者や保育者)です。

大人から届いたさまざまな訴えが、子どもの第一声のようなものになるんです。

野本先生

例えば、発達の凸凹があるないに関わらず、「叩く」押す」「噛む」といったようすが見られると、大人は困ったなと感じます。総じていうと「厄介な問題が起こった」ということで相談を受けます。

でも、それは子どもの姿を大人がまだ理解できていないからこそ、「大人にとっての厄介さ」として現れているとも言えます。だから私は、そうした「困った」という訴えも、子どもの声を聴くための入口として捉えています。

_ まず、大人が自分は子どもの行動のこんなことに厄介だな、困っているなと気付くことが、子どもの声をキャッチするはじめの一歩になるということでしょうか?

そうですね。「厄介だ」と感じるということは、その子に関心があるということでもありますよね。子どもの声を知ろうとするサインが打ち上げられたというわけです。

そこで大事になるのが、そのサインからどう子どもの声を聴くか。どう大人が受け止めていくかということです。

ある保護者や保育者は、子どもの就学や将来のことを考え、子どもの厄介な姿がなくなってほしいと考え、いろいろな取り組みをするかもしれません。でも取り除こうとすると、別の形でまた問題が出てくることがあるんです。

それで私はあるときから子どものやっていることを“厄介な問題”ではなく、どんなことを伝えているのかな?という視点を持ち、“表現”として捉えてみようと考えるようになったんです。そうしたら、子ども自身は悪意があってやっているわけではないことや、その子にとっては当たり前の行動として行っていることもあるのだと気づきました。

遊ぶ姿にじっくりと目を向けると見えてくるもの

_ いろいろな子どもたちがいる中で、特に発達の凸凹がある子たちは伝えたいことを言葉にできず、表現していることにどんな意味があるのか分かりづらいこともあると思います。そばにいる大人はどんなことに意識を向けると良いでしょうか?

子どもの表現に気がついて、受け止める人になるのは確かに難しいことですよね。

まずは「大人側が持っている基準」に子どもを合わせないことを意識するのが大切だと思います。保護者や保育者の中には子どもが集団の中で、みんなに合わせられるようになってほしいと願いを持つ人がいるかもしれません。

でも子どもたちの中には、もともと大勢の場にいるのが難しいと思う感覚を持つ子や、感じ方が違う子がいる。そういう少数派の子に出会ったときに、まず保育者がそういう感覚や感じ方を理解しようとして「子ども一人ひとりは多様だ」ということを意識できるかがポイントだと思います。

_ 野本先生は、子どもたち一人ひとりのその子らしい表現が見えるのはどんな場面だとお考えですか?

それは、“遊び”だと思っています。私はプレイセラピーをしてきた経験から、子どもは言葉で表現できない思いをいっぱい持っていると知りました。同時に、子どもたちは、遊びの中で、少しずつ自分のしたかったことや思いを表現しているということも分かったんです。

例えば、この間会ったAくんの話なのですが、Aくんは園の廊下で繰り返し、おもちゃの車を引っ張って行ったり来たりしていました。そのうち、車を壁にバンバンと当てたり、思い切り走らせたりし始めたんです。はじめは、その様子(表現)からはなかなかAくんの本当の気持ちや、やりたいことが理解しづらかったのですが、担当の先生と一緒に口を出さず、そのようすを20分くらいじーっと見続けた頃「Aくんは今までの時間、やりたいことを思い切ってできなかったのかもな」となんとなく分かってきたんです。

しばらくすると、Aくんはホールのステージの上から下に向かって、車を思い切りバーン!と投げたんです。

そのとき「あぁ〜、そうか。これがこの子のやりたかったことだったんだ、やっとやりたいことを出せたんだ」と分かりました。

その後やりたかったことを表現して遊びきったAくんは、自分からお弁当を食べに行きました。いつもは保育者が誘っても行かないのに(笑)

_ 表現できる空間を保証されたことがAくんに伝わり、徐々に安心してAくんは本当にやりたかったことが表現できるように変わっていったんですね。

そうなんです。やりたいことや気持ちを言葉では言えなかったとしても、遊びがじっくりと深まる中で、子ども自身が表現したいことを出せるようになり、大人も本当のその子の思いを知ることができることってあるんですよね。

表現って、受け止める相手がいて、初めて成立するものだと思うんです。そう考えたら、子どもたちが表現しているものをまずは受けとめよう、観察してみようって思いますよね。

決められた枠ではなく、やりたいことを試行錯誤して取り組むことが子どもたちの“表現”であり、“遊び”なんですよね。その姿を「そうだね。」とじっくり肯定しながら見ていくと、子どもから出てきたいろいろな表現が、一人ひとりの声となり、そこにその子の育ちがあることが少しずつ分かってくるのです。

子どもが製作したことについて伝えようとしているとき、野本先生はぐっと腰を曲げ「そうなんだね」と優しく耳を傾けて受け止めていました。

語り合いから広がる子どもの姿、深まる専門性

_ “インクルーシブ”という言葉が保育現場でも多く使われるようになっていますが、インクルーシブな保育の中で、大切な環境の1つが保育者の存在だと思います。多様な子どもたちの表現を受け止め、一人ひとりへの理解を深めるためには、どのように専門性を深めていけると良いでしょうか?

私が講師を務める研修会ではいろいろな保育をしている人たちが集まって保育を振り返り、話し合うことで、さまざまな意見や考え方に気がつく姿があるのですが、それは同じ園の中でもできることで、複数の先生の視点で子どもを見て、気づきを共有し合うことで、担任は子どもの新たな姿を知ることができます。

例えば、クラスの中に留まらない子がいたとしても「〇〇ちゃんは上の学年のところにいて、ゆっくり遊んでいたよ」という様子を聞いて、どうしてそうなったんだろう?と子どもを真ん中に置いて話し合って保育を振り返ってみる。そうすると「クラスではできなかったけど、本当は〇〇ちゃんはこんなことがしたかったのかもしれないね。」などと保育者同士で気づき合うことができる。そこから、次の保育の展開や配慮したい点について考える事ができるんです。

そうやっていろいろな角度から子どもを知って、考え、保育者自身が自己探求、自己解決、自己成長ができることーーそれこそが、保育の専門性だと思うんですよね。

_ 以前保育をしていた中で、障害のある子が園で過ごすのに慣れるまでの姿について、毎日のように同僚の先生と相談し合っていました。後から振り返ると、その子のおかげで学べたことがいっぱいあったと感じるんです。そういった日々の何気ない子どもについての話し合いの積み重ねも、保育者の専門性を高めてることに繋がるということでしょうか。

そうですね。障害のある子どもの保育というのは、実は「保育の原点」でもあると思うんです。子どもも大人も、互いの違いを知ることで学び合える。保育者自身も、子どもから学ばせてもらっているんですよね。

そして、一生懸命子どもと関わっていたらそれを語りたいのが保育者だと思うんです。保育者も表現したい。

人間は人の考えや意見と照らし合わせながら「自分の問題ってなんだろう」と思考して、だんだん自分の考えがはっきりしてくる。だから違う視点を持つ保育者同士の話し合いがすごく重要なんです。

そして、表現したものに共感してくれて、受け取ってくれる同僚がいることで、保育者自身も保育を探求していけるんですよね。

後編では、野本先生と児童発達支援園施設ゆわっこのおうちの保育者さんと、インクルーシブな保育を実践する中での子どもたちの姿を振り返りながら、いろいろなお話を伺っていきます。

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撮影:雨宮 みなみ