混ざりあって、違いを知って育ち合うー臨床保育の専門家・野本先生 × 児童発達支援施設「ゆわっこのおうち」と考えるインクルーシブな保育

野本先生から、ここなら子どもたちとの生き生きしたエピソードをお聞きできるのではとご紹介頂いた、ゆわっこのおうち。
ゆわっこのおうちは、全国でも珍しい幼稚園の敷地内に併設している児童発達支援施設です。幼稚園の子どもと発達の凸凹がある子どもたちが混ざり合いながら生活するスタイルをとっている施設ならではの子どもの姿や保育者の連携のようすについてお聞きしていきます。

座談会メンバー
長岐 裕美 先生
一般社団法人うるの木の代表理事。どんな特性を持つ子にも自分が生まれ育つ地域で、心が育つような経験や出会いをたくさん見つけ、特性を持って産まれた子もそうでない子も、多様な関わりの中での育ちから培われる「豊かな心」を地域で大切にしていきたいという想いの元、障がいがある子や、医療的ケアが必要な子の家族のための遊びの場waccaの運営、児童発達支援施設ゆわっこのおうちを創設。他園の併設型児童発達支援立ち上げサポート事業も行っている。
西 真歩 先生
港北幼稚園で幼稚園教諭として務めた後、ゆわっこのおうちで児童発達支援管理責任者として勤務。子どもたちの日常の「遊び」の中に発達支援要素を組み込み、園のみんなで楽しめるようなオリジナルプログラムの作成や幼稚園の先生・保護者・地域支援をつなぐ役割を担う。
野本 茂夫 先生
國學院大學人間開発学部准教授、教授を経て、現在は地域の巡回保育相談員、発達相談員をしながら保育者研修会講師、園内研究会講師などを務めている。ゆわっこのおうちの施設ができる前から、長岐さんと共にいろいろな特性のある子どもたちの居場所を作る活動に参加。
HoiClue 水岡 香
保育・児童発達の現場からHoiClue編集部へ。保育に携わる中で、発達の凸凹のある子たちがもっとのびのびと育ち合えるといいなと考えていた頃に、裕美先生、真歩先生、野本先生と出会う。
ちょっと一息つける、自分を取り戻せる場所
HoiClue 水岡
幼稚園と併設しているゆわっこのおうちとは、どんな場所になっているのでしょうか?
裕美先生
ゆわっこのおうちは港北幼稚園の敷地内に併設した、年少さんから小学校就学前の子を対象とした児童発達支援施設です。通園している子の中には、港北幼稚園と併用利用している子もいます。
ゆわっこでは何より「社会の中で生きていく」という視点をもって、かけがえのない子ども時代を過ごせることを大切にしています。療育というと、一対一で訓練して支援していくようなイメージがあるかもしれませんが、ゆわっこの過ごし方は少し違います。
靴下を履く練習を例にすると、一般的な療育の指導だと、靴下が子どもの前に置かれて「今から靴下を履いてみようね」と練習をすることがあります。でも、生活の中で考えた時に、靴下を履く(履き替える)には何かの理由がありますよね。なのでゆわっこでは、園庭で遊んで靴下が汚れた時に「汚れているから履き替えようか」と声をかけるところから始めます。そこから脱いだ靴下をどうしたらいいかを一緒に考えたり、履き替えた後にその子が感じる「きれいになって気持ちいい」などの実際の経験から感じる感覚を大事にしたりして、療育と生活が隣り合わせにあるようにしていきたいと思っています。
ゆわっこの支援が園生活や子どもの社会の中にどう溶け込めるか。楽しい日々を積み重ねていくためにどんな支援が生活の中にあったらいいかということを日々探しています。
それから、ゆわっこを開設するにあたってこだわった部分として、幼稚園と自由に行き来できるように、幼稚園とゆわっこの間に橋を作りました。その橋のおかげで、ゆわっこに通っていない幼稚園の子もよく来てくれるんです。

真歩先生
そうなんです。ゆわっこを利用していない子も、ゆわっこの部屋が好きな子が多くて。ここにあるブランコがやりたくて遊びに来る子や、ちょっと疲れてたり、今日は友だちとうまく話したり遊んだりできなかったというときの「ちょっと一息付ける場所」という感じで遊びにくる子もいます。
港北幼稚園に通いながらゆわっこを利用している子の中には、幼稚園生活が始まった当初、気持ちがザワザワしたらゆわっこ内の静養室を使いにくる子もいました。自分で気持ちを少しクールダウンさせて、落ち着いたらまた幼稚園に遊びにいくんですね。

野本先生
保育施設で、常に大人の目が届くようにすることは、大事なことではありますが、大人と離れて子どもが自分の時間をゆっくりと持ち、休め憩える場所や時間も必要だと思うんですよね。
自分で気づいて、変わっていける。ゆわっこは、一休みできて「自分を取り戻せる場所」になっているんじゃないかな。
障害がある子も、ない子も誰かの支えになれる
HoiClue水岡
子どもたちが混ざり合って共に過ごすからこそ見えてきた成長のようすや、エピソードはありますか?
真歩先生
幼稚園に通う年長のAくんのエピソードなのですが。毎年幼稚園の運動会で年長児は、ダンスを踊っているんです。運動会が近づく中で、Aくんは「うまくできるか分からない」「なんだか恥ずかしい」という思いから、みんなの前では踊ることができませんでした。
Aくんのクラスには、ゆわっこを利用している発達がゆっくりのBくんがいて、AくんはBくんのことがすごく好きでした。それで「Bくんの通うゆわっこの部屋でならBくんがいるから踊れる」と教えてくれて、ゆわっこの部屋で秘密の特訓が始まったんです。
そして運動会当日、AくんはBくんと一緒に堂々とみんなの前で踊ることができたんです。Bくんの存在があったから、Aくんが頑張れたんだと感じました。
HoiClue水岡
発達がゆっくりなBくんが助けてもらう話かと思ったら、BくんがAくんの力になったということなんですね。なんだかすてきですね。Aくんは、なんでBくんがいたら踊れると思ったんでしょうか。
真歩先生
Bくんは発達がゆっくりなお子さんなんですが、誰かを否定したり、人によって態度を変えるような子ではなく、いつもニコニコしている子なんです。一緒にいて落ち着く存在だったんじゃないかなと思います。Bくんは他のみんなからも「ずっと一緒にいたい」って言われて愛されているんです。
Bくんには周りを安心させるような良さがあって、子どもたちもそれを感じとっていたのかなって。
野本先生
障害があるお子さんも、誰かの支えになれる存在になっているのがすごいよね。

大人の視点は、子どもにも伝わっていく
裕美先生
子どもたちからBくんが好かれていた背景には、まず大人がBくんの「すてきなところ」をみつけて大切にする姿があったことが大きいと思っていて。子どもって、大人の背中を見てるなとすごく感じるんです。

実際にゆわっこのおうちに通う子は、グレーと言われるお子さんや、障害があってなにかつまずきや困りごとがあるお子さんです。でも、ゆわっこの先生たちは、子どものつまずいている部分だけじゃなくて、いいところをいっぱい見つけるのが上手なんですよね。
大人が信じて丁寧に関わることで「子どもがこんなに伸びていくんだ」ということ、「どんな子でも大切にされるべき存在なんだよ」という姿を、幼稚園の子どもたちも見て感じていると思うんです。
保育者も混ざり合い育っていく
HoiClue水岡
確かに、大人の眼差しが周りの子どもにも大きく影響していくだろうなと感じます。
子どもが混ざれば、大人も混ざり合う必要があると思い気になったのですが、日々の子どものすてきな部分や成長のようすを、ゆわっこと幼稚園の2つの施設の職員の間でどんな風に共有し合っているのでしょうか?
真歩先生
ゆわっこでは、月に一回作業療法士さんが来て、ゆわっこに通う一人ひとりのケース会議を開催しているのですが、幼稚園と併用して通っているお子さんの場合は、担任の保育者にも参加してもらうことがあります。
裕美先生
それから、先生たちは日々すごく保育の話をしているなと感じています。朝の朝礼やその他の合間の時間にも、子どもの姿だけではなく、ゆわっこの職員と幼稚園の職員の連携についても「こんな伝え方だったら伝わるかな」と吟味しているよね。

真歩先生
幼稚園と併用して通っているお子さんの場合は、作業療法士さんとの会議に幼稚園の担任が参加して話し合うこともあります。幼稚園の担任保育者と話すときには、担任の思いを大事に受け止め、その上でプラスαの視点でその子の育ちがより良くなるような伝え方ができるように心がけています。
裕美先生
他にも幼稚園職員とゆわっこ職員で共有のアプリを利用していて、子どもの日々の記録を共有しています。ゆわっこにくる子の名前がアプリ内でトークのグループ名になっていて、日々の記録、連絡帳、保育中に撮った写真などを共有して、相談したいことがあるとグループにメッセージを送ってやり取りできるようにしています。
一人の子についてみんなで共有するので、担任の保育者が一人で抱えなくていいのはお互いの職員にとって大きなことかなと思っています。
私自身子どものことで悩むことも多くて子どもたちの様子を見ながら、自分の不器用さにも向き合うこともあります。でもやっぱり子どもの成長の面白さや嬉しさを職員や保護者と共有し合って、子どもと関わる仕事はすごくおもしろいと思えたらいいですね。

子どもと過ごす保育は、社会の一番先端を作る時間
子どもの表現を知ることや、保育の実践の話を伺う中で、インクルーシブな保育の、根っこの部分となる1つの課題にたどり着きました。
それは「子ども一人ひとりが多様であることに、今後保育者だけでなく、社会全体が気がついて変化していけるだろうか」ということです。
野本先生
平成、令和と時代が移り変わってきましたが、「一人ひとりが多様だということに気づき、互いに違うものがあるから育ちあえる」というインクルーシブな考え方が、日本の教育の中に浸透していくにはまだまだ時間がかかると思っています。
保育という仕事は、一般の社会から見ると社会に一番影響のない部分だと思われるかもしれません。でも、人として肝心な部分は幼少期に育つものです。
私は、「人は自分の周りにいる違う感じ方や考えを持っている人と関わり合い、その違いに興味を持って、自分にないものを得たり気づいたりしながら学んで育っていく」
そういう考えの中で幼少期から育った子が、大人になっていったときに、やっとインクルーシブな社会に変わるのだと思います。
そう考えると、保育の仕事というのは「社会の先端部分」を担う大事な仕事であり、しかもその最も先端には、障害がある子どもたちの存在があるということが見えてきます。
だから、保育の中で子どもたちがさまざまな形で、生き様を表現してくれているその「多様さ」に大人が気づくことができるか。そこがインクルーシブな保育や社会を作っていくための大切なポイントになると考えています。
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撮影:雨宮 みなみ
