保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]

第10回「遊びの価値を社会化していこう」

関戸博樹
掲載日:2013/02/10
みなさん、こんにちは。
今回は、「遊びの価値を社会化していこう」というテーマについてお話したいと思います。

前回は、「保育園・幼稚園・学校などの施設としての社会資源を中心に、地域社会全体で子育てを支えていけるような状態にすること」として、保育の社会化について触れました(保育園などの子どもの育ちの場の必要性を理解し応援する大人を地域に増やしていくことだと捉えて下さい)。

そして今回お届けする内容が、「遊びの価値の社会化」についてです。
遊びの社会化とは、「遊びは子どもの育ちを保つためには欠かせないものであって、その質は非常に重要であること」を理解する大人を、地域に増やしていくことです。

では、なぜ遊びの価値を社会化することが必要なのでしょうか。

第8回、第9回のコラムで、「関わるべきは大人」として、近隣住民や親などの地域の大人との関係づくりが、保育士の仕事の大きな比重を占めるということをお話ししました。 
なぜなら、その地域の保育環境の質にとって、地域の大人が子どもの遊びを肯定的に捉えているか否かということが、大きな影響を与えることになるからです。

多くの大人は、「子どもが遊ぶことは大切」ということは何となくわかっていますが、深く考える機会はなく、その理由を問われたとしても簡潔には説明するのは難しいでしょう。
これは実は当然のことで、遊びの当事者であった子ども時代は人間としての思考と言語が未発達の段階であることに由来します。

子どもは、自分が遊んでいる環境が自分の育ちにどんな影響を及ぼすかを客観的に捉えることはできません。加えて多くの大人は成長するにつれて、遊ぶことで育つ必要性がなくなり、子どものように遊ぶことをしなくなります。
そして、自分の子ども時代の遊びの記憶は、印象的だった出来事の断片を残して忘れていきます。

つまりは、大人になって思考と言語が発達した段階になった頃には、食事や衣服や旅行などの質について頭を使うことはあったとしても、遊びの質については思いを巡らすようなことはないのです。

また、このように遊びを忘れてしまった大人の中には、
「遊んでいる時間があるなら習い事や勉強に時間を割いた方が良い」
「子どもの遊びはうるさく、汚く、危険で迷惑だ」
と考えるようになる人も少なくありません。

そう、遊びとは誰もが子ども時代に経験していることなのにも関わらず、これまでの人類の歴史の中ではあまり関心をもって研究されてこなかったのです。

そのため保育士の仕事は、「子どものお守り」、「専門性など必要なく誰でもできる」、「子育て経験があればできる」、「子どもと遊んでいてお金がもらえて気楽な仕事」などと軽視されがちで、低賃金(平均325万円)の労働環境、勤続年数(平均7.7年、ともに「年収ラボ」参照 http://nensyu-labo.com/ )も短く、入れ替わりも激しい職業となってしまっています。

子どもと関わる方法についても、「善意があれば何でもあり」な状態となってしまっている部分もあり、第2回のコラムでお話ししたような、「やってあげる」ことを中心とした関わりや、もしくは反対に意欲の芽を伸ばすことにも手を差し伸べられない管理主義的な関わりがあったとしても、関わり方の質の話はあまり関心がもたれてきていないように思います。
保育に限らず、児童館職員、プレーリーダー、放課後児童クラブや学童クラブの指導員なども多かれ少なかれ、似たような状況にあるでしょう。

このような労働環境は専門性の流失にもつながり更なる悪循環を生んでいきます。
直接子どもたちと対峙している我々でさえこのような状況なのですから、一般の大人たちに「遊びの価値」が伝わることは現状ではなかなか期待できないことでしょう。

だからこそ今、私たちに求められていることは、子どもの遊びに関わる専門職として業種を超えて自身の職業の専門性を言語化して社会に発信していくことだと確信しています。

遊びの価値の社会化。

これは、“「自由」に遊ぶことができる環境は子どもが自分の人生の主人公として輝くためになくてはならない大切なもの”だということが、社会の大多数に理解される状態になることです。
この状況の実現は、保育の価値、保育士の価値に。
そしてもちろん、子どもたちが質の高い遊び環境のもとに育つことができるようになることにつながっていきます。
夢物語ではありません。「社会の常識」は意志ある少数の諦めない動きが発端で変化していきます。10年かかっても、20年かかっても、「今」のあなたや私の意志をきっかけに状況は転がっていきます。子どもの遊びに関わる同志のみなさん!遊びの価値を社会化していけるようにともにがんばっていきましょうね!

あさかプレーパークにて、たき火を始めた小学生を見つめる幼児。必ずしも自分がやることだけが遊びではありません。
あさかプレーパークにて、たき火を始めた小学生を見つめる幼児。
必ずしも自分がやることだけが遊びではありません。

予告

次回はいよいよ最終回!「信じよう子どもの力、あなたの力」として、これまでのコラムを振り返りながら、保育の中で遊びを保証していく取り組みが子どもやみなさんの力を引き出していくということについてお話をさせてもらいます。お楽しみに☆