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「近くにいるのに、目に見えない〜追いかけ、繋がり、夢中になる〜」第59回「わたしの保育記録」大賞

新 幼児と保育
掲載日:2024/01/26

第59回「わたしの保育記録」応募作品の中から、大賞を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです)

<一般部門>
「近くにいるのに、目に見えない〜追いかけ、繋がり、夢中になる〜」
進藤真帆
和光鶴川幼稚園(東京・町田市)


1.穴を見つけ加速する子どもたち 置いていかれる私


謎の穴を見つける子どもたち(10月)
“謎の穴” の発見が続く。棒を突き入れて、奥へ続くことを確認。

夏休み明け、生き物好きのはるとさほみが園庭のツリーハウスの裏に小さな穴を見つけた。「絶対にモグラの穴!」と固く信じている二人だったが、私は(何の根拠もなく)“ネズミの穴かセミの羽化した跡でしょう”と思ってそこまで気に留めていなかった。その後も子どもたちは斜路の下、一本橋の後ろ、あそび小屋の脇…と穴を見つけ続け、穴探しがクラスにじわじわと広がっていった。「この穴は全部地下でつながっているんだよ!」という声、「駐車場でモグラが穴から走り出るのを見たもんね!?」という声…“モグラの穴説”は周囲を巻き込みながら力を得て、渦を大きくしていったが、私自身はその勢いにのってはいなかった。

10月、運動会を控え、毎日雑木林を通って隣接する小学校のグラウンドへ通う生活が始まった。雑木林の道には、毎朝モグラ塚が5メートル置きに並んで新設されていて、そこに目印の杭を打って歩くようになった。9月から園庭の穴を追い続けてきた子どもたちは、塚の土の色の違いや湿り具合に注目したり、塚の土の匂いを嗅いだり…と大分“マニアック”になってきていた。足で潰しても翌日にはまた新たな塚が出来る様子を目にし“確かにここにモグラが生息している”という実感があったようだ。1学期は土や砂に触れることが苦手だった子どもたちが、素手で土をかき分け、泥だらけになって塚を掘り、その奥に続くトンネルに棒を入れて確かめる姿に、穴というものの魅力と不思議、生き物の本能のようなものを見た気がした。

2. できるかなぁ…できるよ!

外でモグラ塚を探す一方、教室ではもぐらの人形を作ったり、自身がもぐらに変装してスタンプラリーをしたり、段ボールでもぐら叩きを作ったり、と“モグラ”がクラスの共通項になり、日々様々なあそびが生まれていった。

モグラにまつわる絵本や図鑑も教室に持ち込まれた。中でもひかりが持ってきた『もぐらバス』(文・絵 うちのますみ 原案 佐藤雅彦 偕成社)は子どもたちが特に好きになった絵本だった。ある日、ひかりが「もぐらバス作りたいんだけど」と小さな声でつぶやいた。本人は牛乳パックで作るつもりでいたようだが、周囲から「自分たちが乗れるバスにしよう!」「バスに乗ってもぐらレストランに行けるようにしたい」「潜れるトンネルがあったらいい」といくつもの声が瞬時にあがった。

戸惑いながら「できるかなぁ…」と言うひかりに、「できるよ!」「明日から作ろう!」と迷いがない周囲の子どもたち。加速するエネルギーに、私は気後れしてしまうほどだった。

今まで周囲に同調することが多く、どこかで自信がなかったひかりは、自分の呟きが仲間に受け止められ、思わぬ方向へと飛躍していくことに目を白黒させながらも、うれしさでいっぱいの様子だった。

もぐらバスづくりと同時に、もぐらのトンネル・多摩動物公園のモグラの家を再現したモグラのすみか・ミミズ料理が並ぶもぐらレストラン…と、教室では“もぐらのまち”づくりが一気に進んでいった。子どもたちの勢いに押されながら、私はその日のことだけしか考えられなかったが、失敗しながら進んでいく(止まっていられない)毎日がただ楽しかった。“子どもと保育者がわくわく・ドキドキを一緒に楽しむ”とは、二歩先のことはわからないけれど、一歩先(明日)に希望を見いだしながら共につくっていくことなのかもしれない。


もぐらバス(12月)
牛乳パックの大きさのつもりが…本当に乗れるバスになった!

3.  本当にモグラの穴だった!!

謎の穴の発見から続いてきたモグラへの探求。教室で“もぐらのまち”づくりが進む一方、果たして園庭の穴は本当にモグラの穴なのか?この期に及んでもまだなお私は確信が持てないままだった。次々に生まれる子どもたちの問いに私では応えきれず、子どもたちの“どうするの!?”という欲求がピークに来ているのを感じていた。

そこで、モグラの研究をされている松山龍太さん(檜原都民の森職員)にお願いし、幼稚園に来ていただいた。松山さんが、子どもたちが杭を打った穴の一つひとつに手を入れ、丁寧に奥を調べていくと…なんと、子どもたちが見つけた穴は全てモグラの穴だったのだ。「ほら、やっぱりね!」と得意げな顔で私を見る子どもたち。モグラの穴を見抜く子どもたちの目と、こうして周囲の人たちを巻き込んで前へ進んでいくことに、私はとても感動していた。

そして松山さんは、子どもたちが試行錯誤して作った竹の捕獲器も(専門家から見ると、欠陥は沢山あったと思うが)「すごくいいの作ったね〜!」と褒めてくれた。これまで自分たちが続けてきたことを松山さんに認められ、子どもたちは大きな自信をつけた。そして、子どもたちは捕獲器を仕掛ける松山さんの手さばきをじっと見つめ、技を習得していった。そこには専門家への憧れと尊敬の念があふれていた。


松山さんと子どもたち(11月)
自分たちが見つけた穴がすべてモグラの穴だったとわかり、自信をつけた。

4.  捕獲器を仕掛ける日々 モグラが捕まるかも!?

翌日から園庭や雑木林に捕獲器を仕掛ける毎日、モグラとの攻防戦が始まった。「あ!!糸が張ってる!」「もしかして!?」と期待いっぱいに捕獲器を取り出してみると…モグラはかかっていないものの、中に大量の土が入り込んでいて「昨日もモグラが来たんだ!」ということがわかる。捕獲器のそばに掘られた迂回路を見つけると「あーやられた!」と言いながらも、どこかうれしそうな子どもたちだった。

そして罠を仕掛けようと、芝養生の網をめくってみると、網の下はモグラのトンネルだらけ!芝生の網と網の繋ぎ目に塚が出来ていることがわかった。芝養生の網は、モグラにとってトンネル天井板落下防止に格好だったわけだ。そして、塚は園庭と隣接する丘をつなぐスロープ下にも出来ており、モグラは丘に餌がなくなった秋から冬に、園庭に降りてきているのでは?という説が浮上した。松山さんに進捗状況を知らせると、次のような返事をいただいた。

トラップの入口に土を詰められ始めたら、モグラ捕獲のスタートです。モグラが毎日通るトンネルにトラップが置かれたことで、トラップに土を詰めて側道を掘り始めてきている証拠です。毎日トラップ入口の土を出していると、そのうちトラップにモグラが入るようになります。

冬場だけ芝にモグラが集まるのは、芝にエサの昆虫が集まってきているか、もしくは陽が当たるため、閉園後でも芝が暖かいからかもしれません!

12月13日 松山龍太


手紙を読んだ子どもたちは「やったー!」「もうすぐ捕まるかもしれない!」とまた期待を高めた。モグラを捕獲することが目的ではないとわかっていながら、いつの間にか私自身もモグラを捕まえてみたい気持ちが抑えきれなくなってきていた。

5.  “やれるだけ”やってみる!?

12月下旬、松山さん・松山さんの恩師の大澤進先生(元 高校理科教員)を招き、親子で園庭や丘に罠を仕掛けた。「でも、もし捕まえても教室で飼うのは無理だね」と何気なく子どもたちに呟いてしまった私の言葉を、大澤先生は「いや、飼えるよ」と遮った。大澤先生は自宅でモグラを飼育した経験を話してくれた。「疑問に思ったら何でも調べてみて。本に書いてあることよりも、君らの目や耳が大事!思っているだけでなく何でもやってみて。君らだって博士になれるよ!」と子どもたちに熱いメッセージを投げかけてくれた。

大澤先生の「思っているだけでなく何でもやってみて」というメッセージは私自身に深く刺さった。子どもたちは9月から夢中で穴を追い続けてきたけれど、私自身は自分の目や耳を使って、“やれるだけ”をやってみているだろうか?子どもたちの本気に対して、もっとやれることがあるのではないか?と心を揺さぶられたのだった。

大澤先生の協力のもと、冬休みの期間限定で私自身もモグラ捕獲に挑戦することにした。12月27日から1月9日までの毎朝、園庭のモグラ塚の位置を記録し、15台の捕獲器の中に詰められた土を出し、また仕掛け直す。4つの落とし穴型の罠は、脇に新設されている穴を確かめ、エゴマやヒマワリの種を置いて足跡をたどってみる。餌のミミズを食い逃げされないためにはどうするか、どう誘導するか、についても工夫を重ねた。

とにかく「何でもやってみる」…少しでも可能性がありそうなことは片っ端から試した。必死でモグラを追ううちに、寝ても覚めてもモグラのことで頭がいっぱいになっていった。しかしモグラはそう簡単には捕まらない。焦ったり落胆したり一喜一憂する私とは反対に、モグラの形跡からその生態を考察し、科学的に、そして楽しそうに追求し続ける先生の姿から教えられることが沢山あった。生き物・植物・地質…全ては繋がっていること。小さな自分の専門の外に、こんなにも大きな“知”があることを知った。

6.  いつしか私も夢中に

1月から始まる劇づくりや卒業前の多忙な日々を控え“私のモグラチャレンジは冬休み終了まで!”と固く心に決めていたものの、ここまできて私自身が諦めきれなくなっていた。結局、モグラ罠を仕掛ける生活は、卒業式前日まで続いた。モグラ塚は雨の日も雪の日も毎朝園庭に新設され、モグラが活発に活動していることを示していた。

「とんがりコーン」やソーセージ、箱入りのミミズを持って不意に子どもたちの前に現れる大澤先生の存在は、いつしか子どもたちにとってもモグラの共同研究者となっていった。

餌のミミズ確保のために教室にミミズ床を作ると、ミミズの繁殖にも成功した。クラス全体としてはモグラ熱がゆっくりと沈静化していきながら、モグラへの探求は細く長く続いていった。


ミミズ床でミミズ繁殖(1月)
ミミズが穴を掘って進んでいく様子に興味津々。

とうとう卒業の日まで、モグラを捕まえることはできなかったが、卒業式の最中に松山さんから幼稚園に宅配便が届いた。中を開けてみると…それは、松山さんが子どもたちのために檜原村のモグラで作ってくれたモグラの剥製だった。数日前まで生きていたモグラはまだ柔らかく、温もりが感じられ、子どもたちは愛おしそうに撫でていた。こんなに小さなモグラ一頭を半年間追い続け、夢中になった日々が走馬灯のように思い出された。

謎に包まれたモグラ。近くにいるはずなのに、その姿を見ることができないモグラ。

子どもたちが卒業した今でもモグラ塚を見つけると、そっとときめく私がいる。子どもたちも、幼稚園でのモグラの日々を懐かしく思い出すときが来るだろうか。


卒業の日
松山さんから届いた東京都檜原村の作りたてのモグラの剥製。愛おしそうに眺める子どもたち。

(写真提供/和光鶴川幼稚園)

受賞のことば

このような賞をいただき、心より感謝申し上げます。
「モグラの穴に違いない」と信じて突き進んでいく子どもたちに、はじめは半信半疑だった私でした。
子どもたちの探求心とエネルギーに突き動かされ、ついていったら、こんなにおもしろい世界にたどり着くことができ、私の生き方まで変わってしまいました。

思い込みや「わかったつもり」になっていることがいかに多いか……。
反省も込め、子どもたちと、モグラに感謝の気持ちでいっぱいです。

日々保育の記録を書き続ける中で、子どもの言葉を反すうし、子どもの姿をとらえ直し、自分を振り返り、気がつくことがたくさんあります。
これからも書きながら反省し、思考し、明日の保育を子どもたちと創造していきたいと思います。

講評

審査員
今井和子(「子どもとことば」研究会代表)

「活動の中で生じる『葛藤』をとらえる」
幼児同士が園庭の穴を見つけ、「モグラの穴ではないか」と気づき、土の匂いを嗅いでみたりし考える活動を展開していったこと、まさに「見つける/気づく/考える」を視野に入れながら、保育者と子どもたちとの対話的な関係を基礎に、協同的学びが展開し、感動を共有し合う姿が伝わってくる内容でした。

ただ、子どもの学びを見つけ、追究していく保育活動の中で「思いついたこと、わからないことも何とか乗り越えようとしている姿」「思いついたことや気持ちをいろいろな方法で表現すること」(ここでは捕獲器を仕掛けるとか、もぐらバスを作ってみるなどが表現されていましたが)その過程での子どもたち同士の意見の衝突や葛藤などはなかったのでしょうか。その過程がリアルに表現されるともっと読み応えのあるものになったのでは……と思いました。葛藤をどう乗り越えていくかが「保育」なのではないでしょうか。

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