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「行く場所と帰れる場所が小さくどこかにあるということの意味。」柴田愛子さん×子どものこころ専門医 山口有紗さん〈後編〉

三輪ひかり
掲載日:2023/10/27
「行く場所と帰れる場所が小さくどこかにあるということの意味。」柴田愛子さん×子どものこころ専門医 山口有紗さん〈後編〉

りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする新連載「井戸端aiko」。

第五回目のおしゃべりのお相手は、小児科専門医で子どものこころ専門医でもある山口有紗さん。

前編は、有紗さんのこれまでの歩みを振り返るなかで、有紗さんと愛子さんそれぞれが大切にされていることが浮き彫りになっていくような、大切なことに触れるような、そんなお話でした。

後半では、愛子さんが有紗さんに尋ねたいと思っていた、乳幼児よりももう少し大きな子どもたちの話題からはじまります。


失った小さな信頼を小さく回復していく

愛子さん
あなたに聞きたいと思ってたことがあってね。今、多くの子どもたちが生きづらさを感じていると思うんです。たとえば、あるラジオ番組で、コンカフェ(コンセプトカフェ)の取材をしていたんだけど、中高生の子が一日十数万もお金を使っていて、しかもそのお金をどうしたのかというと、パパ活で自分で稼いでいる子が多いっていうの。つまり、その子たちは自分で稼いで自分がホッとできる居場所を探しているって。

うちの卒業生でホストになった子がいるんだけど、その子もお客さんはおばさんじゃなくて、若い子が多いって言ってたの。え、どういうことって聞くと、高校生が来るんだというのよね。話を聞いてあげて、共感してあげて、励ましてあげて、みんな元気になって帰るんだよって。そう考えたらさ、あんた結構いいことしてるねって話になったのよ。

でもね、子どもたちが「私、苦しいの。私、寂しいの」って、お父さんやお母さん、先生とか、身近な大人に自分のモヤモヤしたものやストレスを吐き出さないで、自分の中に抱えたまんま自分でお金を稼いでその気持ちを処理してるなんて、やっぱりそうさせる社会はおかしいと思う。

児童相談所に一時保護される子の多くがリストカットをしてるといわれていたり、「親には言えない」と妊娠sosに相談にくる中高生の子が増えていたりもする。どんどんどんどん子どもたちの出口がふさがっていっているなと、私は感じるんです。

日本は、貧困の差は開いて問題はあるけれど、世界的に見れば裕福で、健康状態ではトップだし、学力だってまあまあいくわけでしょ。なのに幸福度が低い。さらに子どもの自死率が高いのよ。どうしてこうなっちゃったのかなって思うんです。

有紗さん
学校の先生や保護者の方からも、「どうしたら子どもたちが“しんどい”と言えると思いますか?」みたいなことを相談されることがよくあります。その結論は1つではないと思いますが、児童相談所で一時保護されてる子たちとお話をする中で、しんどいと言えない状況ってある日突然そこに起こるわけじゃないし、ある日突然大人たちはしんどいと言えない存在だと思うわけじゃないということを教えてもらっているようにも思います。

それこそ、遊んでいる時に「お母さん見て」と言ったのに見てくれなくて小さく諦めたとか、学校で先生に話しかけたかったけど出来なかったとか、友だちに相談したけど「それは普通のことだ」と言われたとか。そういう小さな、でも、「あ、違った」と感じるようなことの繰り返しで無力感が募っていき、世の中には相談できるところはないし誰も信用できない、自分でなんとかするしかないと思うようになっていくのかもしれません。

それで、身近にあるスマートフォンの世界の中にある、肯定してくれて、聞いてくれて、否定しないという、刹那的ではあるけれど現実と真逆の世界に惹きこまれていったり、その中で調べたらでてきた、リストカットやコンカフェに救いを求めたりすることもあるのかなと。でも、そこには搾取の構造があったりして、その構造に子どもたちが飲まれていく・・・そういう一連の流れのようなものが、ある程度子どもたちの中で共通してるようにも思われます。

じゃあどうしたらいいかというと、私は、たとえば周りの大人が幸福というかウェルビーイングな状態であることも大切なのかなと感じます。子どもに「見て」と言われた時に自然に目を向けられたり、「聴いて」と言われた時に、隣りに座ったりすることができる余裕や余白が一人ひとりにあるかどうかというような。

だから、短期的にやるべきことと長期的にやるべきことがあって、短期的にはコンカフェやホストではない子どもたちの居場所を作っていくこと。そして、そこで失った小さな信頼を小さく回復していく。しかもそれを家庭や学校や地域の居場所やオンラインなどいろんなレイヤーで小さく回復し続けていくということが大切だと思います。

長期的には、子どもや大人という区分を超えて、すべての人が生活の中に隙間や遊びがあって、ちょっと立ち止まったりぼーっとしたり、誰かのそばにいたりということが自然にできるような状態を含めた、ウェルな状態を作っていくことなのかなって。

子育て支援ってなんだろう?

愛子さん
そうだよね。私も、やっぱり人は人と繋がることでしか生きていけないと思うの。周りの人には迷惑をかけてはいけないとか、個人情報だからという理由で自分の鎧を厚くしていくような世の中だけど、それだと孤立して、親も子も苦しくなっていくわよね。

みんなが長屋に住んでいたような時代は、そりゃあ嫌なこともいっぱいあったと思うけど、少なくとも風邪をひいたら気にかけてくれるような人が、火事が起きたら荷物を背負って逃げてくれるような人が、そばにいたわけじゃない。今は、子どもが鍵を忘れてマンションに入れなくて外で泣いてるようなことがあっても、「あら、どうしちゃったの。じゃあ、お母さんに連絡してあげるから、うちにおいでよ」ってなかなか言えないような世の中になっちゃった。

有紗さん
そうですね。私、いつもこういうの(ハンドスピナー)をかばんにいれて電車に乗っているんですけど、赤ちゃんとかが泣いていたり、癇癪を起こしたりしているときに、近づいて回してみたりするんです。

愛子さん
へぇ、それはいいわね!


有紗さんのハンドスピナーをまわす愛子さん

有紗さん
泣き声とかに気が付いた時に、そこを目指せたり、リマインドしてくれるものをお守りとして持つと、自分の在り方が変わってくるなと思っていて。この間も、電車に乗っていたら、隣の車両から癇癪を起こしているような泣き声が聞こえてきて、泣いている子のところまで行ってこれを回しました。2歳と4歳ぐらいの子がお母さんと一緒に電車に乗っていて、結局泣いていた下の子は全然これに興味を示さず泣き続けたんですけど、お母さんが泣き出したんですよね。ポロポロ、ポロポロって涙を流して、「ありがとうございます」と。

しばらくお話ししてそのご家族が電車を降りた時に、私が近くの席に戻ったら、とても派手な色の髪の毛とメイクの方が声をかけてくれて、そこにもちょっと対話が生まれて。その方が「自分も見てて。いていいよって言いたかったんですけど」みたいなこともおっしゃっていて、「ああ、そうですよね、いていいよって言いたいけど声かけていいか迷うことありますよね」とか話していて、その親子が降りていくのを一緒に見送りました。

そういうことって、実はいろんな人の中で起きているんじゃないかなと思うし、どういう施策を打つのかということだけではなくて、日常の中で、私たち一人ひとりにできることってあるんじゃないかなと思います。

愛子さん
そうなのよ。だからね、子育て支援、子育て支援っていうけど、本当の意味での子育て支援は税金を使っていいっていうことよりも、一声声をかけることだと思うの。「やんちゃな子を連れてると、電車に乗るのドキドキしちゃうわよね」とかさ、「何で泣いているのかわからないと困るよね。でもこの子よく育ってるわね」とかさ。そういう一言で、「私一人じゃない」って思えるわけじゃない。

残像と心のともしび

愛子さん
うちの卒業生のお母さんなんですけど、まだ子どもがりんごに通っていた時にね、夫と喧嘩をすると、子どもを連れて夜の街を泣きながら歩いてるというのを聞いてね、「あんた何やってんの。泣きながらうちに来なさい」って言ったの。

それで色々話してたら、彼女が「私には帰れる実家が場所がないんです」って。帰れるところがないって、やっぱりすごい大変なことじゃない。「じゃあさ、あたしがあんたの実家になってやるからさ」と、携帯の番号を教えてね。そしたらね、家に帰ってから、「帰れるところがあるって思っただけで、こんなふうに安心するんですね」って連絡がきたのよ。

有紗さん
私がある意味恵まれていたなと思うのは、自分が学校を辞めてフラフラしてた時に、頼れるところがいっぱいあったこと。世の中誰も頼れなくて自分は孤独なんだってもうどうしようもなく苦しいこともあったけれど、結局学校も行っていないし、仕事もしていないし、本当に何もなかったので、人に迷惑をかけないと生きていけないし、生きちゃっているとつながる以上のオプションが何もなかったのかもしれません。しかも、一個だけ頼れればいいみたいな大きな柱みたいなものがなかったので。だから、行く場所と帰れる場所が小さくどこかにあるっていうことの意味、私、すごくわかる気がします。

だから、その方も愛子さんがいてくれたことですごく安心しただろうなと感じています。知識としてではなくて、経験として小さくホッとすることのできる居場所を作っていけるといいですよね。

愛子さん
私は、保育業界の中ではどっちかって言ったら少数派の考えで、認可を受けないでここまでやってきました。私がやりたいことをやってきたんですね。そこに入れてって言ってくれる親と子がいた。でも、小学校に行ったら苦労するかもしれないなと思ったの。

有紗さん
なんで椅子に座らないといけないの?なんで並んでるの?どうして給食は12時なの?どうして15分で食べ終わらないといけないの?とかですよね。

愛子さん
そうそう、誰が1年1組って決めたんだって言った子もいたのよ(笑)。でもその時に、私には、この子たちが帰れる場所にする責任があるって思ってたのね。それでね、毎年、1年に1回はハガキを出し続けてきたの。

有紗さん
すごく素敵です。

愛子さん
最初に卒園した子はもう40歳近いんだけど、毎年みんなをりんごの木のキャンプにお誘いしてて、150人もやってくるのね。それ以外にも、結構相談に来たり、電話かけてきたりする子も多いんだけど、今年もさ、お正月のまだ三が日だというのにさ、大学生の男の子が、「親子関係無理!愛子が入らないと無理」って連絡してきて。まだ今日1月2日なんですけどって(笑)。でもしばらく経って、「なんとかできたよ、自分で」って連絡がきて、よかったわねって。だからまあ何するわけじゃないのよ。


有紗さん
残像なんだと思うんですよ。心の中に自分のことを真剣に考えてくれる人がいたような気がするという、その残像。そういう人がいたということをリマインドされないと、人間って気持ちが荒んでいくと忘れちゃうんですよね。あたかも、自分がすごく孤独なような存在で、誰もわかってくれないと思ってしまう。でも、「私のことを真剣に思ってくれた人が確かにいた」みたいなことが、ハガキとかなんでもいいから小さく織りなされて、日常でちょっとずつ思い出すみたいな。それだけでほっとできる人って、きっとたくさんいます。

愛子さん
なるほどね。鬱っぽい知り合いも何人かいてね、春先に気持ちが落ち込みやすいから、そういうときに1本メールするの。お元気ですかって。それだけでいいんだよね。

有紗さん
「便り」ってやつですよね。

愛子さん
だから、私はやっぱり子どもは社会の宝だし、地域も人も繋がっていられるといいなと思うの。

有紗さん
私も、一人ひとりの人を支えられるのは、関係性のある人だけじゃないと思います。私はよく「小さい心のともしびを思い出す」と表現するんですけど、みんな一人ずつできることってあると思うんですよね。

たとえば、私が妊娠中にやってたのは、お腹が大きくなってくると席を譲ってもらうことがあったので、いつも「ありがとう」と練り込んである飴を持っていて、譲ってくれた人に渡すみたいなことをしていました。そういうことをすると、機械的ではないことが起こったり、「実は姪っ子が生まれて」というような会話が生まれたり。それを見ている車両全体が、なんかちょっと自分の中のあたたかなものを思い出すみたいな。

だから、そんなに偉大なことではなくて、やっぱり小さなことの積み重ねなんだと思うんです。

山口有紗(やまぐちありさ)さん

高校を中退し大学入学資格検定に合格後、立命館大学国際関係学部を卒業、山口大学医学部に編入し、医師免許取得。東京大学医学部附属病院小児科、国立成育医療研究センターこころの診療部などを経て、現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所や一時保護所での相談業務などを行なっている。国立成育医療研究センターこころの診療部臨床研究員、内閣官房こども政策の推進に係る有識者会議委員。こども家庭庁アドバイザー。ジョンズホプキンス大学公衆衛生学修士。

柴田愛子さん

1948年、東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが多様な教育方法に混乱して退職。OLを体験してみたが、子どもの魅力がすてられず再度別の私立幼稚園に5年勤務。
1982年、「子どもの心に添う」を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活動中。テレビ、ラジオなどのメディアにも出演。
子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、‘子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり’をめざしている。
著書
「子育てを楽しむ本」「親と子のいい関係」りんごの木、「こどものみかた」福音館、「それって保育の常識ですか?」鈴木出版、「今日からしつけをやめてみた」主婦の友社、「とことんあそんで でっかく育て」世界文化社、「保育のコミュ力」ひかりのくに、「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」小学館、「それってホントに子どものため?」チャイルド本社、絵本「けんかのきもち」絵本大賞受賞、「わたしのくつ」その他多数。

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撮影:雨宮 みなみ

この記事の連載

「子どもたちにとって一番大切なことってなんだろう?」柴田愛子さん×子どものこころ専門医 山口有紗さん〈前編〉

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りんごの木子どもクラブの柴田愛子さんが、子どもの世界の淵(ふち)にいる方とおしゃべりをする新連載「井戸端aiko」。

第五回目のおしゃべりのお相手は、小児科専門医で子どものこころ専門医でもある山口有紗さん。今回は、ライターの三輪から「ぜひ、愛子さんにお繋ぎしたい!」と提案をさせてもらい、山口さんとの対談が決まりました。