「保育の“焦点”を掴むことでこどもの姿が見えてくる」まちのこども園よよぎこうえん(東京都渋谷区)
今回訪れたのは、東京都渋谷区にある“ナチュラルスマイルジャパン株式会社”が運営する、「まちのこども園よよぎこうえん」。
園名の通り代々木公園内に位置する「まちのこども園よよぎこうえん」は、2017年に開園。54ヘクタールもある広大な公園を自分たちの園庭のように駆け回りながら、0歳〜6歳まで128名の子どもたちが生活をしています。
「まちのこども園よよぎこうえんの特徴は?」
「子どもたちと関わる上で大切にしていることってなに?」
代々木公園の自然をめいっぱいに感じられる気持ちの良い園舎を回りながら、園長を務める伊藤美沙子さんが丁寧にお話をしてくださいました。
園長の伊藤美沙子さん
子どもの姿から明日の保育をつくっていく「小グループ活動」
私たちまちのこども園よよぎこうえんの特徴は、子どもたちが好きな遊びを選べるように「小グループ活動」を生活の中心に置いていることです。
たとえば、4歳児のクラスは現在25名の子どもがいるのですが、午前中は5人ずつ5つの小さなグループに分かれて活動をしています。秋頃からは、5歳児クラスに混ざって来年度の生活をイメージしてみたり、自分たちよりも少し大きな人たちとの遊びを楽しんだりしながら過ごすグループをつくったりするようにもなりました。
ただ、好きな遊びが選べるといっても、あらかじめ週日案を立てていますし、保育士側に「こんなことを経験してほしい」というねらいもあります。なので、「今日はクリスマスリースづくりと、外に行くグループとアトリエに行くグループにわかれようかと思っているよ」というように大枠は保育士が決め、子どもたちはその中からどの活動を選ぶのかを自分で決めています。
ー 保育士が提案はするけれど、あくまでも決めるのは子ども自身なんですね。
そうです。また、大枠は提案しますが、「大人が決めすぎない」ということも大事にしています。たとえば、保育士が「外でアクティブに遊ぶ」というねらいを持って子どもたちに外遊びを提案するとき、「外グループは、公園のどこの広場に行きたい?どんなことをして過ごしたい?」と、朝の会で子どもたちに聞いてみる。
今日だと、室内ではクリスマスリースづくりをしていますが、その中で保育士が用意した素材以外につけたいものがある子やアイデアを思いついた子がいたら、「今回はここにあるのだけでつくるよ」ではなく、「じゃあ明日、外に見つけにいってみようか」と、子どもの姿から明日の保育をつくっていくということを目指しています。
ー 小グループで過ごすことで、保育士も子どもをじっくりと見守りながら過ごすことができそうですね。
子どもの心の声をよく聴けることも、小グループ活動の良さだなと感じています。子どもの人数が多いと、「せんせい、みて!みて!」と声が大きかったり、動きの大きな子ばかりに注目してしまいがちになりますが、子どもが少ないと、表層の言葉だけじゃなくて、目の動きや、些細な動きにまで目を向けやすくなる。
そうすると、ただ土いじりをしているだけに見える子どもの姿も、実は土の探求をしていて、迷路をつくっているということに気付けたりもするんですよ。また、些細な子どもの姿に目も心も向けられることで、ドキュメンテーションも書きやすくなるなと感じています。
保育の全体像を掴むのではなく、焦点を捉える
ー いろんな保育者さんにお話を伺うと、ドキュメンテーションの必要性は感じているけれど、観察して、記録して…と時間がかかるし、保育や他の業務をしながら定期的に書くのは難しいという声を耳にすることもあります。まちのこども園よよぎこうえんさんは、園内にドキュメンテーションがいくつも貼り出されていて、子どもの姿を丁寧に書き残していらっしゃるのが印象的でした。
ドキュメンテーションを書くということが目的ではないので、「心が動いた時に書いてね」と保育士たちには伝えています。なので、うちの園でもドキュメンテーションを書く頻度には個人差はありますよ。でも、それでいいと思うんです。
というのも、私自身が一保育士としてドキュメンテーションに取り組んでいた頃、時間がないから書けないと思ったときもあったんですけど、本当に書きたいことがあったら書いていたんですよね。理想論かもしれないですけど、自分の心が動いて、書きたい!と思ったときには自ずと書くから、そのときに取り組めばいいと考えているんです。
ー それでもこれだけのドキュメンテーションが記録されているということは、園として工夫していることや取り組んでいることがあるのでしょうか?
保育日誌を少し加工編集すると、ドキュメンテーションになるようにしています。これはドキュメンテーションを少しでも書きやすくするという意図もありますが、「今日は製作で〇〇を作りました」というようなクラス全体の運営や動きを日誌に書くということが本当に必要なのかという疑問を持ったことも大きいです。
私たちが今取り組んでいる日誌は、週案や日案で立てていた保育の内容に対して、実際にはどんな子どもの動きや発言があったのかを具体的に書きこむようなつくりになっています。そうすることで、子どもの姿から翌週の保育も考えられる。保育の全体像を掴むのではなくて、保育の焦点を掴むことがすごく大事だと考えています。
あと、どのクラスも午後に30分間、日誌を書いて、書いたものを元に他者と一緒にリフレクション(内省)をする時間も設けているんです。今は職員室にいる私とすることが多いですが、いろんなクラスの職員とリフレクションできるように今後はしていきたいなと思っています。
ー 書くだけではなく、リフレクションをする時間があるんですね。保育士のみなさんも新たに気づくことや保育のおもしろさを再発見したりすることがありそうです。
この時間は、私自身もおもしろくて大好きなんです。ちなみに、日誌の下部には誰でもコメントが残せるようになっていて、そこでも他の人とやりとりができるようになっています。交換日記みたいに使ったりもしているんですよ。この交換日記欄の活性化は保育の活性化にもつながると考えているので、来年もっと取り組んでいきたいです。
一市民としての子どもの尊重
ー ホームページに「保育で関係性を大切にしている」という一文がありました。子どもたちと関係性を築く上で大切にしていることがあれば教えてください。
まちの保育園の理念に「一市民としての子どもの尊重」というものがあります。これは別に難しいことじゃなくて、「子どもを子どもとして見ないで、一人の人間として見ようよ」ということなんですけど、とても大切にしていることの一つです。
たとえば、赤ちゃんは話せないから伝えられないけれど、いきなりオムツを替えられたり、着替えさせられたりしたらイヤじゃないかなと思いを馳せること。そうすることで、「今からオムツ替えるね」とか、「私ですけどいいですか?」と敬意を払って声をかけることはできます。お昼寝の時も、子どもを寝させないと次の仕事ができないということに気をとられがちですけど、「こんなに手足が冷たかったら今日は眠れないよね」と気づけるかどうか。大人も手足が冷たいと眠りづらかったりするじゃないですか。それは子どもだって一緒です。
私はよく、「自分が子どもだったらどう思うか考えてみよう」と保育士たちに伝えているんです。鼻を垂らして子どもが遊んでいるときに、その子に気にするそぶりがなかったり、自分で拭くという技術がなかったとしても、不快ではあるはず。そういう時に、一声かけるとか優しく拭いてあげるということが、自分に置き換えると割と自然にできるんじゃないかなと思うんです。
ー 伊藤さんや他の保育士さんが子どもたちと接する場面を拝見して、子どもを子ども扱いしていない、ということを感じました。
多分、子どもたちは私のことを園長先生だとは知らないですし、私自身もそれは関係ないと思っています。
私たちの園では、子どもも、保護者も、職員同士も、職員のことを先生とは呼ばないでニックネームで呼んでいるんです。私も、みんなから「伊藤さん」と呼ばれているし、園長としてではなく伊藤さんとしてここにいたい。伊藤さんとして子どもと接したいし、伊藤さんが嫌なことは嫌だし、伊藤さんとして子どもを見てあげたいなと。
関係性を築く、関係性を深める。
子どもたちとの関係性だけでなく、職員同士の関係性もフラットでありたいと思い、副園長や主任、クラスリーダーなどの役職を置くのもやめました。園長職は置かなくちゃいけないので、私には一応園長という役職名が付いていますけど、「園長とは?」と問われたら、「一番なんでもやる人」と答えます。園長は一番偉く、園の中心にいる人なのではなく、先生たちを応援してあげる人。園の周りにいる一人として私が機能できるといいなと常に思っています。
また、役職は置いていないですが、自分の特性を保育に活かしていく人たちのことを「エキスパート」と呼んでいて。
ー エキスパートですか。今までいくつもの園を取材してきましたが、はじめて聞きました。
去年、5歳児の担任で子どもたちと対話をしてキーワードを拾ってくるのがとても上手な職員がいたんです。今年、その職員に一つのクラスでその対話を行うだけでなく、どのクラスでもやってもらえるといいなと思い、そこから特性を活かして保育をする「エキスパート」という役割を思いつきました。
対話のエキスパートの他には、保育に使う素材をコーディネートするエキスパートや、ドキュメンテーションのエキスパート、木工のエキスパート、コミュニティーコーディネーターなどがいます
ー エキスパートのみなさんは、たとえば他にどんなことをされているんですか?
ドキュメンテーションのエキスパートは、ドキュメンテーションを書くことはもちろんですが、子どもの姿を捉えるのがとても上手なんですよね。たとえば、アトリエに紙を出したときに、2歳児の子どもたちが絵を描いたり、折り紙のように折ったりするのではなく、ぐるぐると丸めていることに気がついて。
さらに子どもの姿をよく観察をしてみると、服も畳むのではなくぐるぐると丸めていたり、自分自身もぐるぐると回転して遊んでいたりと、他の生活や遊びの場面でもぐるぐるが溢れていることにも気がつきます。そこから、子どもたちを「ぐるぐる」というテーマで捉えるようにして、アトリエの環境を整えたり、遊びを提案したり、継続してそれをドキュメンテーションで発信してくれています。
鉛筆削りで「ぐるぐる」
布を持って、自分自身が「ぐるぐる」
ー まさに先ほどおっしゃっていた「保育の全体ではなく、焦点を掴む」ですね。
そうです。園だよりでも、エキスパートに活躍してもらっていて、全クラスの保育士たちからあがってきたドキュメンテーションを見ながら、今月のキーワードはこれなんじゃないかというものを見つけて内表紙にその説明とともに載せてもらっているんです。そうすることで、職員だけでなく、保護者のみなさんとも焦点を共有できて、繋がれる。
まるで小冊子のようなボリュームの園だより。各学年のドキュメンテーションも掲載されている。
ー 伊藤さんのお話を聞いていると、関係性と一言で言ってもいろんな方法で築いたり、深めたりすることができるんだということに、改めて気づかされます。
これは子どもから教えてもらったことなんですけど、スタッフとの関係性で私が意識しているのは、すれ違いざまに必ず名前を呼んで声をかけることなんです。というのも、私がここに着任したばかりの頃に、5歳の男の子が「いとうさんおはよう!」と言ってくれたんですよ。その時に他のだれでもなく、私におはようと言ってくれたんだと、とても嬉しくて。それから私も誰かに声をかけるときには、名前も呼ぼうと決めているんです。
他者との関係性の築き方もそうですが、たくさんのことを子どもたちから学ぶ毎日です。
撮影:雨宮みなみ
(写真の一部ご提供:まちのこども園よよぎこうえん)
この記事の連載
「保育士は大変な仕事じゃなくて大切な仕事」まちのこども園よよぎこうえんの出発点。
前編では、まちのこども園よよぎこうえんさんの園の特徴や、子ども、職員との関係性の築き方について、園長の伊藤美沙子さんにたっぷりとお話を伺いしました。
後編でも引き続き、園や保育者の在り方としてのヒントがたくさんつまった、子どもへの温かな眼差しを感じる伊藤さんの言葉をお届けしていきます。