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「保育士は大変な仕事じゃなくて大切な仕事」まちのこども園よよぎこうえんの出発点。

三輪ひかり
掲載日:2023/02/17
「保育士は大変な仕事じゃなくて大切な仕事」まちのこども園よよぎこうえんの出発点。

今回訪れたのは、東京都渋谷区にある“ナチュラルスマイルジャパン株式会社”が運営する、「まちのこども園よよぎこうえん」。

前編では、まちのこども園よよぎこうえんさんの園の特徴や、子ども、職員との関係性の築き方について、園長の伊藤美沙子さんにたっぷりとお話を伺いました。

後編でも引き続き、園や保育者の在り方としてのヒントがたくさんつまった、子どもへの温かな眼差しを感じる伊藤さんの言葉をお届けしていきます。


保育士は大変な仕事じゃなくて大切な仕事

私、他の職員から「保育バカ」って言われるくらいこの仕事が好きで、誇りに思っているんです。この会社に入ったのも、代表の松本が「保育士さんは大変な仕事をしているんじゃなくて、大切な仕事をしているんだ」と言っている記事を目にしたからで。

ー 保育士は大変な仕事じゃなくて大切な仕事。

そうです。保育士をやっているとよく「大変だね」と言われるじゃないですか。私は、そう言われることにすごくモヤモヤするんですよ。こんなに最高な仕事をしているのにって。

松本が言うように、私たちの仕事って本当に大切なことをしていると思うんです。だって、0歳〜6歳という人間の育ちの中でものすごく重要な時期に、親より長い間子どもたちのそばにいることもあって。しかも、私たちが声をかけたことによって、その子の体験することや考え方が変わることまであるんですよ。

子どもたちは大きくなったら細かいところまでは覚えていないかもしれないけれど、記憶の片隅には絶対保育園での経験が残っているはず。その子を根っことして支える大切な一部になっていると思うんです。

あとは、単純に子どもってめちゃめちゃ面白いじゃないですか。

今、毎日日替わりで「今日の献立」を子どもたちが書いてくれているんですけど、それも保育士が書いてとお願いしたのではなく、デバイス好きな5歳児の男の子が漢字の構造の面白さにハマったところから始まって。そこから文字を拡大しながら献立を模写する遊びが始まり、1年以上献立を書き続けています。最近は、漢字を模写するだけではなく、意味を理解して書いたりしているんですよ。

そうやって、子どものやることを一緒に楽しんだり、面白がったりする中で、あなたに愛情を注ぐのは親だけじゃないというのが、子どもたちに伝わるといいなとも思ってます。あなたのことを大切に思っている人がいるよと思えたら、強くなれるんじゃないかなって。

その子らしく、自由でいられるように

ー 子どもたちとの日々の中で、他にも印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

場所柄、私たちの園にはさまざまな国籍の子どもが在園していて、中には日本語を話さない子がいます。4歳児のAもそうで、同じ母国語を話す特定の子としかコミュニケーションをとらなかったり、保育室の中で泣いたりしている姿を目にすることが何度かあって、自分の気持ちを伝えられないって不安だろうな、私にできることは何かないかなと思っていました。

でも、彼のために何かをするということよりも、まずは仲良くなることだろうと思って、私から声をかけたり、遊びに誘ったりするようにしたんです。その中でAがチラシを細く長く棒にするという遊びにハマっていって、棒を作ってはふざけあって。給食が終わったら必ず、「いとうさん、くるくる!」(細い棒を作りたいという意味で)と、職員室まで来てくれるようになったんです。それだけでも嬉しかったんですけど、職員室ってたくさんの職員が出入りしていることもあって、そこからいろんな人とコミュニケーションをとるようになっていきました。今まであまり積極的に人と関わることをしなかったAが自分から棒で戦いを挑んだりする姿も見られるようになって。

そうしたらある日、5歳の子が「Aなにやってるの?え、こんな硬くて強い棒作れるなんて、すご!!」と声をかけてきたのに対して、こうやってつくるんだよと教え始めたんです。全く関わりのなかった子に対してそんなことをするなんて、びっくりしました。その時の得意げなAの表情と言ったらもう、本当に可愛くて。そして、そこからぱたっと職員室にこなくなったんです。保育室を見にいくと、部屋の中にいるんですよね。こうやって子どもは自分で成長していくんだなと感じて、とても心に残っています。


ー 伊藤さんに「こうするべき」という否定や抑制がなかったから、Aくんは安心して自分を出せるようになっていったんじゃないでしょうか。

園長になり職員室にいるのがメインになって、一保育士として保育室にいた時とは異なるタイミングで子どもたちと関わることが増えてから、子どもたちの安心できる居場所が保育室以外にもあったらいいなと思うことが増えました。大人も、ちょっとコーヒー飲んでから仕事にいきたい日とか、コンビニにちょっと寄りたくなる日があるじゃないですか。子どもたちも、園に入ったらすぐ自分のクラスに行かなくちゃいけない、じゃなくて、職員室に寄ったり、アトリエに寄ったりできたらいいなって思うんです。保育園の中では、子どもたちが自由でいられるようにしたい。

「行く場所」ではなく「居る場所」

ー 一歩外へ出ると公園という珍しい立地にあるまちの子ども園よよぎこうえんさんですが、この環境だからこその子どもの姿もあったりするのでしょうか?

子どもたちが代々木公園にすごく愛着を抱いているなと感じています。たとえば、毎日のように代々木公園へ出ているからか、木の根っこがすごくごつごつしているところは「かいじゅう広場」、大きなイチョウのある場所は「イチョウ広場」というように、いつの間にか子どもたちが勝手に広場の名前をつけて、その通称名がみんなの共通の認識になっているんです。

「つくったものをころころ転がしてみたいから、おやま広場に行こうよ」とか、「まつぼっくり拾うならまつぼっくり広場だね」と、その通称が生活の中で当たり前のように使われていて、すごく面白いなと思うし、こうやって自分たちの居場所に愛着を持って、大切にしているのは素敵だなと思っています。

そんな子どもたちの姿から感じるのは、彼らにとって代々木公園は「行く場所」じゃなくて「居る場所」になっているということ。

先日も、土間(園舎のエントランススペースにある、地域に開かれた空間)で打ち合わせしながらふと外で遊んでいる子どもたちを見た時に気づいたんですけど、他園さんだと「みんなでどんぐりを拾おう」とか「みんなでつくった凧をとばしてみよう」というように、目的を持って代々木公園へ訪れることが多いと思うんですが、うちの園の子どもたちは散らばって遊んでいるんですよ。

広場の端っこに枯葉が集まるのを知っているから、そこで焚き火ごっこをしている子がいれば、ベンチの下にある土は柔らかいからと、そこにある土を枝で掘り続けている子がいたり、制作物のために自然物を拾っている子の横で、1月だけどお日様がよく当たって暖かいと日向ぼっこをしている子がいる。


代々木公園の自然物でつくったコラージュ

この公園をよく知っているからこその姿だと思うんですけど、一人ひとりがとても伸びやかで、自然体で。その光景がとても良くて、打ち合わせ中なのに涙が出てきちゃいました。そして、その時に改めて思ったんです。この園で保育ができて幸せだな、でも私がそう思うだけじゃなくて、子どもたちにもそう思ってもらえる園にし続けていこうって。

まちの子ども園よよぎこうえんの環境

遊びをそのままにできる


保育室内には、いくつもの遊びの続きが。


給食スペースは、キッチンの目の前。大きなガラス張りの窓があり、子どもたちがキッチンの様子を、給食のスタッフが給食を食べる子どもたちの様子を見られるようになっている。

保育室とは別にランチルームがある、まちの子ども園よよぎこうえん。ランチルームをつくることで、「給食だから」「片付けの時間だから」という理由で遊びを一旦おしまいにしなくてはいけないという状況をなくしたのだそう。

アトリエを園の中心に


アトリエでは、さまざまな素材にも出合える。

登園した子や外へ遊びに行く子がふらっと立ち寄りやすいように、園の中心にアトリエを設置。お昼頃には食事スペースにもなり、動きのあるアトリエとして、園の環境の大きな柱として機能している。

思わず手にとりたくなる環境

各保育室やアトリエに、美しく並べられたさまざまな素材。5歳児の保育室には、遊びの中で自然と数字や文字に興味を持ったり、覚えたりする仕掛け。思わず手にとってみたくなる環境が、いくつも設定されている。



撮影:雨宮みなみ
(写真の一部ご提供:まちのこども園よよぎこうえん)

この記事の連載

「保育の“焦点”を掴むことでこどもの姿が見えてくる」まちのこども園よよぎこうえん(東京都渋谷区)

「保育の“焦点”を掴むことでこどもの姿が見えてくる」まちのこども園よよぎこうえん(東京都渋谷区)

今回訪れたのは、東京都渋谷区にある“ナチュラルスマイルジャパン株式会社”が運営する、「まちのこども園よよぎこうえん」。

園名の通り代々木公園内に位置する「まちのこども園よよぎこうえん」は、2017年に開園。54ヘクタールもある広大な公園を自分たちの園庭のように駆け回りながら、0歳〜6歳まで128名の子どもたちが生活をしています。

「まちのこども園よよぎこうえんの特徴は?」
「子どもたちと関わる上で大切にしていることってなに?」
代々木公園の自然をめいっぱいに感じられる気持ちの良い園舎を回りながら、園長を務める伊藤美沙子さんが丁寧にお話をしてくださいました。