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\イベントレポート/「りんごの木夏季セミナー2021 online」を受講しました!

竹原 雅子
掲載日:2021/09/17
\イベントレポート/「りんごの木夏季セミナー2021 online」を受講しました!

りんごの木子どもクラブ代表の柴田愛子さんを中心として、登壇者たちが保育のこと、子どものことをたっぷりと語り合う「りんごの木夏季セミナー」。
毎夏の恒例のこの講演、昨年に引き続き、今年も録画によるオンライン配信での開催となりました。

生でお話を聞けない状況に残念な気持ちもよぎりましたが、講演にじっくりと耳を傾け、テーマについてゆっくりと考えを巡らせるオンラインならではのひとときとなりました。

そんな2021年の講演の様子を、簡単ではありますが、ほいくる編集部がレポートとしてご紹介したいと思います。

またりんごの木より、今回のセミナーの講演録も発売中です。
参加できなかった方、心に残るお話を手元に残しておきたい方、ぜひ手にとってみてください。

【りんごの木夏季セミナー2021 講演内容】
第1部『コロナ世代の子どもたち』講師:汐見稔幸さん
第2部『子どもの主体性 おとなの主体性』講師:大豆生田啓友さん
第3部『なぜ日本の子どもの幸福度は低いのか?』講師:西野博之さん
第4部『学校はなにするところ?』講師:木村泰子さん
第5部『子どもが自由に表現できなくなるわけ』講師:新沢としひこさん
第6部『愛子さん 私こんなに困っています』講師:柴田愛子さん

『第31回 りんごの木夏季セミナーブック』のご紹介!



第1部『コロナ世代の子どもたち』講師:汐見稔幸さん

昨年のセミナー開催の頃には、こんなに長く続くとは思っていなかった新型コロナ。長期化と出口が見えない状況の中、保育現場にも子どもたちにも現れ始めているその歪みについて、お話が始まりました。

正式な調査ではありませんが、コロナ禍になってから鬱の子どもたちが増え、自殺者も増加傾向にあるそうです。
言いたいことを言えない、マスクで感情や意見を閉じ込めてしまう。
コロナ感染拡大防止のためとはいえ「ダメ」「NG」が多い子どもたちに、様々な影響がみられています。

子どもたちに今必要なのは、自分の言葉で自由に話をしたり、抑圧された感情を思いきり解放したりすること。
そのために保育者や周囲の大人ができることはなにか。

いつか「コロナ世代の子どもたち」と呼ばれるようになるかもしれない、今の時代を生きる子どもたち。
それでも「コロナ時代の共通体験を大事にしていこう」と言い合えるようになったら、彼らはおもしろい世代になるはず、と語られた汐見先生。

大変な状況の中でもプラスに捉えられることを見つけて、より良い道を探りながら前に進んでいけたら…優しく背中を押していただいたような気持ちになりました。

汐見稔幸さん
東京大学名誉教授、日本保育学会会長、全国保育者養成協議会会長、白梅学園大学名誉学長
社会保障審議会児童部会保育専門委員会委員長。
専門は教育人間学、保育学、育児学。保育者による本音の交流雑誌『エデュカーレ』の責任編集者。



第2部『子どもの主体性 おとなの主体性』講師:大豆生田啓友さん

「主体的な保育」ということばが定着しつつある中、
「この保育は主体的ですか?主体的ではないですか?」
現場ではそんな声もあがるようになったそうです。
そんなふうに確認をしたくなること自体、保育者が主体的ではないのでは…?
そこで今回、大豆生田先生は「おとなの主体性」について、いくつかの現場の事例を通して語られました。

1歳児担任のベテラン保育士、4月の子どもたちの絵本との関わりを通した事例。
4歳児担任の若手の保育士、こだわりが強い傾向にある一人の子どもとの向き合い方を通した事例。
子どもの「行ってみたい」を起点に、企画から実施まで子どもたち主体での遠足を実現した園の事例。

「主体的な保育」では、子どもが主体的であることと、保育者が主体的であることは切り離せないこと。
その子の世界を自ら積極的に見てみようと動くこと、そしてそういう保育に共に寄り添い共感しあえる現場のチームワークの大切さ。
言葉にとらわれがちだった意識を、一つひとつ具体的なエピソードに絡めながら、わかりやすく解きほぐしてくださいました。

「子どもはその子らしく 私は私らしく ともに生きる」。

新しく何かを始めたり変えたりしようと構えることはなく、今、目の前にいる子ども、日々の保育を見つめ直すことから、保育者が「主体的」になっていくためのヒントも提示してくださいました。

大豆生田啓友さん
玉川大学教授。日本保育学会副会長。主著に『あそびから生まれる動的環境のデザイン』(学研)『21 世紀型保育の探求』(フレーベル館)『子育てを元気にすることば』(エイデル研究所)『保護者支援の新ルール10の原則』(メイト)等。



第3部『なぜ日本の子どもの幸福度は低いのか?』講師:西野博之さん

日本の子どもたちの精神的幸福度は、38カ国中37位。
…とても衝撃的なテーマでした。
学力も高く、健康状態も一番。なのに満足度は低く、自殺率も高い日本の子どもたち。
増え続ける「いじめ」が一番多い年齢は、小学校2年生が4年連続トップで、子どものストレスの低年齢化が浮き彫りになっているそうです。

西野さんが提示されたデータから、子どもたちが直面する現実に愕然とします。
そしてその社会背景についてうかがいながら、今の状況は急に起きたことでも衝撃的な結果でもないことを知り、さらにドキッとしました。
子どもたちを追い詰めているのは彼らを取り巻く環境、それを作ってしまっているのは社会であり大人たち。そしてその無自覚さが、ますます子どもとの乖離を生んでしまっているのでは…。

日本の子どもたちは失敗できないと思うから、幸福度が低い。
安心して失敗できる環境、居場所をつくっていくことが大人の役目。

「子どもたちは、私たち大人自身が幸せに生きているかをしっかりと見ている」というお話も、胸に突き刺さりました。

西野博之さん
NPO法人フリースペースたまりば理事長。精神保健福祉士。
1986年より不登校児童・生徒や高校中退した若者の居場所づくりにかかわる。
著書に『居場所のちから-生きてるだけですごいんだ-』(教育史 料出版会)『西野流「ゆる親」のすすめ 上下巻』(ジャパンマシニスト社)等。



第4部『学校はなにするところ?』講師:木村泰子さん

大阪市立大空小学校の初代校長を9年間務めた木村さんから最初に語られたのは、2006年開校当時のエピソード。
ほかの小学校に入学して2週間で不登校となった小学校1年生の男の子が、5年間のブランクののち、小6の4月から大空小学校に通い始めた頃のお話でした。

広汎性発達障がいを持っていたという男の子とその保護者、また彼と過ごしながら関わりを深めていった児童たち、先生がたの、一年間の歩みと葛藤、少しずつあらわれた変化について語られました。

「一人ひとりの学びを保障する」ことを目標として掲げている大空小学校。しかし一人ひとりの子どもに向き合うことがどれだけ大変で一筋縄でいかない日々であるのかも、知ることができました。

「それくらいの覚悟を持って、公教育を運営してくこと。」

木村先生のことばに、私たち大人も学校任せではなく、子どもたちの学びが保障される社会について、自分ごととして考えていかなくてはならないと感じます。

大空小学校で、先生がたがどんな子にもまずかける第一声は、
「大丈夫?なにか私に、できることある?」
なのだそう。
私たち大人は今、子どもたちとどう向き合うべきか。先の西野さんのことばにも通じるお話でした。

木村泰子さん
大阪府生まれ。2006年に開校した大阪市立大空小学校の初代校長を9年間務める。
「すべての子どもの学習権を保障する学校」を公教育の理念に掲げ、地域住民とともに「地域の学校」をつくることに尽力した。文科省特別推薦映画「みんなの学校」が公開された2015年春に、45年間の教員生活を終え、現在は講演活動で全国各地を飛び回っている。


第5部『子どもが自由に表現できなくなるわけ』講師:新沢としひこさん

歌うこと、絵を描くこと、踊ることも思うがままにのびのびと楽しんでいる2歳の子どもたち。
そんな表現に対して自由な年齢から、4歳以降、少しずつ不自由になっていくように見受けられるのはどうして…?
ちょっと難しくも感じる質問が、新沢としひこさんに投げかけられました。

4歳以降からは遊ぶことと表現することが違うものになり、表現が不自由になっていく気がする。
でも僕はそれを成長の一つだと思う。

…と、新沢さん。ご自身は小さい頃から絵を描いたり、踊ったり、表現することが大好きな子どもだったそうですが、幼稚園、小学校と成長する過程で、周囲の目線を意識することが増えていったと、幼い頃の記憶をたどりながら、当時の気持ちを鮮明に話されました。

子どもの育ちの中で訪れる、表現活動に対する周囲への意識。
きれいに踊りたい子、ぐちゃぐちゃ踊りたい子…いろいろな子がいた時に「芸術ってなんだろう?」と突きつけられるのが保育。
「自分の価値観や考え方、感じ方が偏っていないか」を自分に問いかけながら、正解がない問いを柔軟におもしろがれたら、と、保育者さんに向けてメッセージを贈りました。

また幼児期には、音楽や歌に触れて心と身体が一致する身体感覚も獲得してほしいと伝える新沢さん。
ご自身の曲「風はともだち」「パレード」「にじ」を演奏してくださいました。
楽しく優しい歌を聴きながら、大人である私たちも、音楽を聞き身体から湧き出るエネルギー、自然に体を揺らす心地よい感覚を体感する時間になりました。

新沢としひこさん
シンガーソングライター。元保育者。神戸親和女子大学 客員教授。
中部学院大学 客員教授。こどもの歌研究所所長。20代の頃、りんごの木子どもクラブで、柴田愛子と一緒に保育を経験する。ファミリーコンサート、保育講習会など全国を回って活動している。



第6部『愛子さん 私こんなに困っています』講師:柴田愛子さん

「困るのは、意外に好き。」そうおっしゃる柴田さん。
その言葉だけでも、悩める人たちの背中を押してくれているようで、心強く安心してお話を聞くことができました。

そして保育者や子育て中のお母さんお父さんからは、たくさんの「困っている」が…。

・担当している4歳児の男の子。トイレにサンダルやブロック、ペーパータオルをいれて水を溢れさせたり、ベランダからおしっこをしたり。「おもしろそうだったから!」という理由で、もうやらないという約束しても守れない…。

・担当している年長児、発達障がいだろうなと見受けられる。行動が一人10〜15分ほど遅く、スケジュールをわかりやすくするよう工夫したがうまくいかない。保護者は気づいていないが、集団生活がむずかしいと感じている。自由保育の園なので、就学を見越すと心配…

・保育者。園の方針、周りの同僚とうまくいかない。「子どものやることっておもしろい、へぇー!」っと子どもをじっと見ていると、上司や保護者からも「もっと子どもたちをまとめて!」と注意されてしまう…

・園での「だめ!」をどうしたら減らせるんだろう…

…など。

保育の中で「難しい」と捉えられる子どもやその行動。
その子を“大人”としての眼差しで見るのではなく、その子自身の立場になってみてみたら…。

どんな質問にも柴田さんが一貫して語っていたのは、大人自身が、子どもの側に立つこと。
理解はしていても、日々の保育やくらしの中では見失いかけてしまうこともあるかもしれません。そんなブレを「原点」に立ち戻してくれるような、シンプルで核心をついたアドバイス。

長い保育者経験と、接してきたたくさんの子どもたちとの日々に裏打ちされた柴田さんのことばは、ただ解決策を教えてくれるばかりでなく、「大丈夫」と励ましてくれているようで、肩からふっと力が抜けるような気持ちに。

「いっぱい、困ってください!」というメッセージに、困ることは、決してマイナスなことばかりではないんだと、迷走気味な時代に大きな元気をいただく講演でした。

柴田愛子さん
りんごの木代表。保育者。保育雑誌や育児雑誌などに寄稿。
子育て支援ひろばや保育園・幼稚園・小学校の保護者、保育士や幼稚園教諭の研修会などで講演。37年間「子どもの心に添う」を基本姿勢としている。著書『とことんあそんで でっかく育て』(世界文化社)等。

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昨年の今ごろは、ここまで長く続くとは想像もしていなかったコロナ禍。
この一年間でも、保育現場や子どもたちとの日々には、何度も小さな波、大きな波が押し寄せ、その度に大人は迷ったり、悩んだりすることばかりだったと思います。
そして子どもたちのことを考えるあまり、大人はどこかで肩に力がはいり、何かしら正しい答えを求め過ぎてしまうことがあったかもしれません。

今回のセミナー6つの講演を通して感じたのは、今こそ一度、大人自身の子どもとの関わりを振り返り問い直してみることの必要性。
つきまとう不安や課題の中で落ち着いて柔軟に子どもたちと向き合っていくためにも、子どもへのまなざしの“軸”を持つことが大切なのではと、強く感じました。

『第31回 りんごの木夏季セミナーブック』

2021年度夏にオンライン開催されたこの「りんごの木夏季セミナー」の内容を、すべて読むことができるセミナーブック(講演録)です。

参加できなかった方も、今年の登壇者のことばを手元に残しておきたい方も。
ぜひ手にとって、先生がたのお話に心を傾けてみませんか?

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※『第31回 りんごの木夏季セミナーブック』は、売切れにより販売終了となりました。