保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]

「保育者は“子どもに感動できる大人”を育てるのが仕事。」柴田愛子さんと捉え直す、私たちが居る意味。

三輪ひかり
掲載日:2020/09/17
「保育者は“子どもに感動できる大人”を育てるのが仕事。」柴田愛子さんと捉え直す、私たちが居る意味。

柴田愛子さんに会いに、3年ぶりに神奈川県横浜市にある「りんごの木子どもクラブ」を訪れた。

門をくぐると、外で水遊びをしている人もいれば、お弁当を食べている人(まだ10時である)、室内では、階段を滑り台に見立てて遊んでいる人もいる。

一人ひとりのリズムとそのまんまの姿を大切にした空間がそこには変わらずにあって、なんだかこちらまでホッとする。



今回、2020年秋発刊のほいくる初の本『こどもこなた』に掲載する巻頭インタビューのため、柴田愛子さんにお話を伺いにきましたが、本には載せきれないほど、子どもに寄り添うための保育者のあり方の話をたくさんしていただきました。

これは私たちの胸のなかだけに納めておくには勿体無い!…と思い、web記事特別号として、前・後編2本立てでみなさんにお届けすることにしました。

愛子さんと“子ども”を語る時間。ぜひお楽しみください。


子どもの実態と大人の理想

私ね、昔わらべ歌や観察画の研究会で大活躍している園に1年勤めてたの。その時、変だなあと思ったのが、あんなに力をいれてやっているのに、いわゆる自由遊びの時にわらべ歌を口ずさんでいる子が一人もいなかったのよね。

柴田 愛子
りんごの木子どもクラブ代表。保育者。1948年 東京生まれ。
37年間「子どもの心により添う」を基本姿勢に保育をするかたわら、保育雑誌や育児雑誌などに寄稿。子育て支援ひろばや、保育園、幼稚園、保育士や幼稚園教諭の研修会などでも講演。子どもと遊び、子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えることで、子どもとおとなの気持ちいい関係づくりをしたいと願っている。
主な著書:「つれづれAiko」「それって保育の常識ですか?」「こどものみかた」「保育の瞬間」

絵本:「けんかのきもち」(日本絵本大賞受賞)「ぜっこう」「ありがとうのきもち」「ともだちがほしいの」

絵も描かせて、作文も書かせてて、その時はその時でとっても立派な子どもになるのよ。でも自由な子どもになったときに、その姿は出てこない。つまり、子どもたちは大人がやらせることはやるけれど、その子の身にはなっていない。子どもの実態に近くないってことなのよね。


ー やらせればできるけど、子どもがやりたいことなのか、その子が今そう育ちたいと願っていることなのかと言われたらそうではない、ということですね。このギャップ、結構いろんなところで起きていそうな気がします。

そうね。それで私はおかしいなと思って、また違う園に入ったんだけど、次は本当にのどかな園だったの。大人同士の人間関係もいいところで楽しくて。そこで私、やりたいことをやり始めちゃったわけ。

たとえば、雨の日に外で遊んでた時に、「今日は雨なのでお部屋の中で遊びましょう」って園長にアナウンスされたことがあったの。だから私、「なんで雨の日に外で遊んじゃいけないんですか?」って聞いてみたの。そうしたら、「だって風邪をひいちゃうでしょう」って言われて、「本当にそうですか?」って、風邪ってどうしてひくのか調べることにしたのよ。当たり前なんだけど、雨にあたったからって風邪はひきやしないのよ(笑)。

体が冷えてて抵抗力がない時になるって。唇の色が変わっていたら、そりゃあ私にだって分かるじゃない。だから、「雨の日にも楽しいって子にしたいんです。雨の日だからこそ楽しいこともあるのに、雨の日はつまんないって子にしたくないんです」って伝えたの。そこは押せると思ったから。


ー 疑問を持ったことは、自分で調べるようにしたんですね。

そうしたら、どんどん自分のペースになっちゃったの。うさぎを部屋で放し飼いにしたり(笑)。


ー 豪快!!!(笑)

あちこちかじられてたから、「ケージの中に入れてね」と言われたんだけど、「動物を飼うってこういうことだと思うんですよ」って。不自由をかけて一緒にいてもらうんですから、こんな狭いところにいれたら気の毒。こうやってがじがじやられるのも含めて、生き物と一緒の暮らしをしたい。だからこういうことが起きるのは覚悟してほしいとか言っちゃってさ。

だから園長といつも喧嘩してたの。でも、そうしたらね、だんだん大人と子どものギャップが見えてきて、私はなんの為にこの仕事がやりたかったのかがわかってきたの。なんの為かと言ったら、子どもに健やかに育ってほしい。それだけだって気づいたのよね。




ここは、私のもう一つの居場所。

りんごの木を始めて思ったんだけど、「あぁ、たのしかった」って子どもが帰る日や、「今日の保育楽しかった」って保育者が思えることって数えるほどしかない。でも、その思いって強烈な印象で残っているのよね。

そして私は、やっぱり人が育っていくことに同居できる、その時に立ち会えるこの仕事って、すごい素敵だと思うし、その時に必要なものって、教育力や保育力じゃなくて、子どもが「ここは、私のもう一つの居場所だ」って思える安心感だと思うの。


ー 私の居場所だと思える安心感。

大人になってからも、りんごに訪ねてくる子って結構いてね。それで昔話なんかするんだけど、私のほうがよく覚えてるのよ。「こういうところ連れていってあげたじゃん」とか言っても、なんも覚えてないの、残念ながら。

でもある子が、勘を頼ってここまで辿り着いた時に、「この場所が懐かしいんだよな」って言ったのよ。その時に、思い出したらホッとできる、思い出すとなんか元気が出るって、それほどの大きな役目はないんじゃないのって感じたのよね。

だって、「あそこでしつけてもらったおかげでこれができるようになった」って思い出して、ほっこりする人がいる?いないわよね。だから私は、親にも「こういうところ(保育施設)にしつけを求めないでください」って言ってるの。やりたいことを保証することのほうが、どんなに大事か。でもどちらかというと品がよくて、きちんとしつけをしている子を育ててくれている園のほうが評価は高いんだけどね。

ー 大人側が提供したり、やらせていることって、すごいことだったりはするんですよね、結果として。でもそれが子どもにとって「面白かった、あぁ楽しかった」って思えることなのかどうかという視点を抜きにして語っちゃいけないなあと思います。

お遊戯会があって、運動会もあって、組体操や鼓笛隊もするという園って結構あるわよね。でも、そういうことで大人を感動させようと思ったら、“子どもレベル”じゃダメなのよ。


ー どういうことでしょう?

子どもたちは生まれて何年も経っていない、未熟な存在。感性は素晴らしいけど、テクニックはそうじゃないでしょう。その子どもたちが、自分よりも長く生きている大人たちを感動させようと思ったら、いくらやっても追いつかないわよ。だからどんどん煽られていく。そして、保育者もどんどん怖くなっちゃう。

散歩に行っている時に、組体操をしている保育園があって、立ち止まって子どもたちと見てたら、「そうじゃないでしょう!」って怒ったのよ。りんごの木の子どもたちは「あ!おこった!!」ってびっくりしてた。

それくらいに先生も必死にならないと、親を感動させることはできないのだろうけど、でもそもそもそんなことするより、子どもってこんなに素敵だよって、今のありのままの子どもに感動できる大人の気持ちをつくったほうがいいと思うの。


子どもに感動できる大人をつくる

ー ありのままの子どもに感動できる大人、ですか?

そう。たとえば、りんごの木って子どもたちが食べたいタイミングでお弁当を食べたりするでしょう。

その日、ある保育者が大きい組(4歳以上)の園舎に遊びにいったんだけど、自分が小さい組で担任していた4歳の子が、「おなかがすいた」って言いにきたらしいの。だから「だったら、お腹がすいたからお弁当食べるって言えばいいじゃない」って言ったら、「たべない。だってがまんできるって、おとなっぽいでしょ」って言ったんだって!

大きい組になったプライドが生まれていたり、我慢できることが大人っぽいって思うようになるなんて、なんて面白い子どもの姿なんだろうって、私は思うわけよ。

昨日はね、これも4歳の子なんだけど、「◯◯ちゃんがすごいすきなんだけど、△ちゃんがきにするって。だからバレないように、さきに△ちゃんにこえかけるの」って言ったわけ。すごいでしょう。4歳くらいになると、こういう他者との関係性も変わってくるのよね。こういう子どもの成長の変化を話すと、親も感動するものよ。

他にも、子ども同士が気遣いしたり、泣いている子がいたら小さい子でも撫でにいったり、涙を拭いてあげたりする姿って、もう本当素敵って。

おもちゃを取り合っている姿もそうなんだけど、「今日、あんたんちの子、立派なケンカしたのよー。この子、譲れないって初めてよね」って。なんでも譲ってた子なのよ、でも譲れないって、こんな顔して相手のこと見てさ…って伝えると、親は泣くほど喜んだわよ。

今言っただけでもこんなにあるけど、本当は日常に子どものことで感動できることっていっぱいあるのよね。


ー 何も、大人側が特別なことを用意しなくても、日常の中に感動できることは、実はたくさんあると。

そう。だから、そういうことをともに感動しあえる親との関係性をつくれれば、立派な組体操や鼓笛隊をやらなくたって、親は喜べるのよ。

私は、保育者の専門性ってそこだと思うのよね。“親が感動できる保育”をしていくんじゃなくて、いかに“子どもに感動できる大人”を育てていくことか、だと思うの。





インタビュー・文:三輪ひかり
写真:中野亜沙美


この記事の連載

「子どもも大人も無理しなくていい」りんごの木・柴田愛子さんからの言葉。

「子どもも大人も無理しなくていい」りんごの木・柴田愛子さんからの言葉。

神奈川県横浜市にある「りんごの木子どもクラブ」の柴田愛子さんを訪れた、今回の取材。

前編では、保育者の専門性は、“親が感動できる保育”をしていくことではなく、いかに“子どもに感動できる大人”を育てていくことにある、と語ってくださった愛子さん。
後編ではさらに、保育者の「役割」や「在り方」について、たっぷりとお話を伺います。



柴田愛子さんのインタビューが掲載されているHoiClue冊子「こどもこなた」はこちら

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