遊びはみんなの学びの場〜第53回「わたしの保育記録」佳作〜
第53回「わたしの保育記録」応募作品の中から、佳作を受賞した作品をご紹介。
(一般部門)
遊びはみんなの学びの場
学校法人亀井啓進会 府中白百合幼稚園(東京・府中市)
菊地 まゆみ
トラブル続きの毎日
年長に進級した4月、保育室での遊びはトラブルが絶えなかった。
「ね~!!じゃましないで!線路できないじゃん!」
「ここでお料理作ってるの!あっちいってよ!」
友達の遊びには関心がなく、皆自分の主張を通そうとしていた。
外遊びではドッヂボールで集団遊びを楽しみ、泥団子作りでは友達と共通の目的を持って楽しんでいる。しかし、室内遊びとなると、トラブルが絶えない。楽しい自由遊びの時間がちっとも楽しくない。
どうしたらお互いを受け入れながら遊べるようになるのだろう。コーナーを設定し遊びやすい環境を作ろう。でも、トラブルから学びあえることもあるはず。
悩んだ末しばらくこの状況を見守ることにした。
お部屋に線を引こう!
そんなある日「先生、お部屋で遊ぶ時の約束決めたい。毎日喧嘩ばっかりなんだもん」という声が上がりさっそく皆で話し合う場を設けた。
ドッヂボールのように、お部屋に線を引こう!ということで、ビニールテープで部屋を区切ることになった。ドッヂボールの線は相手との境界線があることでゲームがうまく進む。ということは、この部屋も境界線を作ればみんなで楽しく遊べる!と子どもたちは考えたのだ。
ビニールテープを貼った翌日は、皆で楽しく遊べる!はずだった。
しかし、「ね~なんでこっちに入ってくるの?」「遊びたいのに、線から体が出ちゃって入れないんだよ!」と今まで以上に喧嘩が増えてしまった。
数日後には、線からはみ出した子を取り締まる子ども警察が登場した。「あ、はみ出してる!」「ここは混んでるから入れません!」楽しく遊べるように作ったルールが、逆にお互いを取り締まるルールとなってしまっている。そして子ども警察の取り締まりは日に日に強化され、肝心の遊びに集中しきれなくなった。
「線がない時の方がみんな仲良しだったかも」
「先生、やっぱり線なくしたい」
わずか5日でビニールテープで作ったコーナーをなくすことになった。
仲間と楽しく遊ぶということは、仲間との境界線を引くことではない、ということに子どもたちは少し気付いたようだった。
線がなくなり室内遊びはまた振り出しに戻ったが、子ども警察の出番はなくなった。集団としての遊びのルールや約束を守る意識は着実に育っていることを実感した。
おもちゃ工場
今後の展開のための手立てを悩んでいた時「先生、みんなでおもちゃ作ったら楽しいかも」という声が上がった。
それを聞いたA男が「あ~おもちゃ工場にすれば」と言うと「おもちゃ工場」という言葉が皆の目を輝かせた。
「A君いいこと言うね!おもちゃ工場面白そう!」突発的な行動が多いA男は友達から誤解を招くことが多く孤立しがちな傾向がある。担任としては常に「何とかしなければ」という思いがあった。友達から褒められたA男の誇らしげな表情にホッとする。
「やりたい!」と全員が手を挙げたが、B男が「おもちゃを作ったらおもちゃだらけで大変だよ。今もおもちゃが一杯で、じゃま!って喧嘩になるじゃん」今までの喧嘩を思い出したのか部屋が静まり返った。
しぼみかけた子ども達の気持ちを励ますように明るい声で「じゃあ、どうしたらおもちゃ工場ができるかな」と尋ねると「今あるおもちゃをなくす!」との答え。
予想していなかった答えに驚いた。既成のおもちゃを無くして、楽しく過ごせるのか、色々な不安が頭をよぎった。その一方で、今まで自分の遊びにしか関心を示さなかった子ども達が「おもちゃ工場遊び」を通して友達と共通の目的を持って遊ぶきっかけが作れるかもしれない、という期待も生まれた。
神経衰弱
おもちゃ工場の呼びかけから、子ども達は新聞紙を使った輪投げ、ダンボールを使った探検ごっこや海賊ごっこ、アクセサリー作り、ペットボトルを利用した遊び等、思い思いのグループに分かれて意欲的に活動に取り組み始めた。ここでは、その一部のペットボトルの遊びに夢中になった子ども達の様子について紹介したい。
ペットボトルのキャップは種類によって大きさ、色、絵柄が違うことに気がつき、同じ種類に分別することに夢中になっていた。「模様が沢山あればいいのに」という言葉を聞いて何か楽しいおもちゃが作れそうな予感がしたので、シールを何種類か用意し、キャップの近くにそっと置いておいた。
翌日、シールを見つけると子どもたちの目が輝いた。
「いいこと思いついた!」
キャップの上に何種類かのシールを貼り、キャップで神経衰弱ゲームが出来上がった。慣れてくるとゲームが簡単になり、キャップの数を増やそう!ということになった。
遊んでみるとペアにならないキャップがでてきた。
「なんでだろう」
「同じシール同士じゃないのに誰か取った人いるんじゃない?」
「僕じゃないよ」
A男が大きな声で言う。何度も調べるが、全員ペアになったキャップを持っている。ズルをしている子は誰もいない。皆が申し訳なさそうにA男を見た。皆でペアになったキャップを机に置いていくと、奇数になっているキャップがいくつか出てきた。
それを見た子どもたちは「キャップが2人組みになるように作らないとダメなんだ!」と気付いた。
以前の室内遊びは、遊びが思うように進まなくなると、友達のせいにして遊びが終了していた。一瞬A男のせいにしようとするが、皆で何故だろうと悩み、そうだったのか!と発見し自分達の力で問題解決をすることができた。
キャップ持って来たよ
用意していたペットボトルのキャップは、あっという間になくなった。キャップ集めについて保護者に協力の手紙を書くことも考えたが、子ども達の気持ちの高まりを考え、皆の行動力に懸けてみたいと思った。
「先生~持って来たよ~」
A男がビニール袋一杯にクラスの誰よりもたくさんキャップを持ってきた。数えてみると30個以上もある。この遊びが始まった時からずっと家でキャップを集めていたに違いない。
キャップ遊びに夢中な友達もA男の実行力に驚かされた。
「お母さんにキャップを2人組みにするゲームの話をしたけど、ぜんぜんわかってなかった」
「トランプでやる方法しか大人は知らないんだよ。」
「だってこれはゆり1組がおもちゃ工場で作ったゲームだもんね」
新たに集まった大量のキャップのおかげで、もっとたくさんのペアキャップができる、という共通の目的に向かって、子どもたちの意欲はさらに高まっていた。
僕たちの発明
キャップでの遊びが盛り上がりをみせる中、遊びに加わらない子もいた。しかし手にはキャップを持っている。
「一緒に遊ぼう」声をかけると「今実験してるからいい」と言う。
時に担任の支援が、子どもの活動を妨げてしまうこともある。私は2人の活動を見守ることにした。しゃがみ込んだ2人は2つのキャップをテープで貼り付け、コロコロと転がしていた。
「もっと早く回さないとね」
「チーター位ね」
親指にひねりを加えて回そうと試みている。少し経つと2人は嬉しそうに私の所にやって来た。
「先生、僕たちすごい発明した!見てて」とキャップを回して見せた。
神経衰弱グループの子も近寄ってきて「コマだ!」「キャップがコマになった!」友達と一緒にキャップでおもちゃを作る、という共通の目的が、創意工夫を生んだ。
A男の気持ち
数日後、事件が起こる。A男がキャップで作ったコマをこっそり園庭に持ち出したところを友達に見つかってしまった。
「砂と泥で汚れちゃうよ」
「なくしたらどうするの」
「部屋のおもちゃは外に持ってきちゃダメ」
A男は「滑り台からコロコロってしてみたかったんだよ」涙声で言った。意地っ張りで決して涙を見せないA男が涙ぐんだことに皆が動揺する。
「ちょっと待ってて」とクラスのまとめ役のB男が手に持っていた泥団子を置き、水道で洗った手をズボンで拭きながら、走って戻ってきた。
「滑り台から転がしていいよ。僕が下でキャッチするから」
他の子もB男にならって水道に向かって走り、手を綺麗にし、滑り台下で待機した。中にはハンカチを広げて受け止めようとする子もいた。
A男は喜んで滑り台へ駆け上がり「いくよ~」とキャップを転がした。予想以上の速さで転がったキャップは誰も捕らえられず砂と泥まみれになった。しかし、今度は誰もA男を責めることはしない。
「すげ~」
「スポーツカーより速かったね」
その言葉を聞いたA男はホッとした表情で「洗って綺麗にしてくる」と自分なりにクラスの一員として責任を果たそうとしているように見えた。友達が興味を持った遊びに関心が持てるようになり、A男の気持ちを受け入れることができた。遊びを通して仲間を知り、仲間を受け入れる許容範囲が広くなったのだ。
自由遊びは相互理解を促す
「おもちゃ工場は失敗と成功の繰り返しだね」
皆の気持ちをまとめてくれたB男の言葉だ。
たくさんのトラブルや失敗を経験し、創意工夫しながら自分達の力で楽しいおもちゃを作ってきた。もうこのクラスには既成のおもちゃは必要ない。トラブルが学びのきっかけになったのだ。
そして、この学びは1人ではできない。仲間がいるからこそできるのだ。コーナーを分けなくても、友達の遊びを受け入れ、一緒に楽しもうとする姿が見られるようになった。
遊びによって子どもの興味関心は広がり、深まり、大きく発展していった。遊びの時間を決しておろそかにできない。遊びとは、子ども同士の相互理解を深める絶好の場であり、学び合える場であると痛感している。
受賞のことば
この度は佳作に選んで頂きありがとうございます。今現在もこのクラスには既成のおもちゃはなく、自分たちで新しいおもちゃを次々に作り出しています。
他学年を部屋に招待し手づくりおもちゃで一緒に遊んだり、他クラスにもペットボトルキャップで作ったコマが流行したりと、発展をしているところです。
こうして保育記録を書くことで日々の保育を見直すことができ、改めて子ども達の気持ちにも気付くことができました。遊びは子どもたちの学びの場であると同時に、私自身の学びの場でもあることを子どもたちが教えてくれました。今後も子ども達の声に耳を傾けながら保育に向き合っていきたいと思います。
講評
鶴見大学短期大学部教授 天野 珠路
「自分たちの生活を自分たちで決める」という5歳児ならではのパワーを感じる保育記録です。トラブルが絶えないので、線引きをして互いの行動空間を確保したら、違反を取り締まる子どもが登場し遊びに集中できなくなったというエピソードを読み、子どもたちの決断と行動を少し離れたところからニコニコして見守る保育者の存在を感じました。また、クラスの中で孤立しがちなA男の「おもちゃ工場にすれば」という提案を生かしつつ、子どもたちのアイデアや行動力に任せると、キャップの遊びが様々に展開し、いつの間にか子ども同士の関係は深まっていました。いずれも「主体的・対話的で深い学び」を支える保育者の関わりが鍵となっています。