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「管理職の役割は基盤をつくること」RISSHO KID’S きらり坂本喜一郎さんと考える、保育園の“組織マネジメント”

三輪ひかり
掲載日:2020/06/18
「管理職の役割は基盤をつくること」RISSHO KID’S きらり坂本喜一郎さんと考える、保育園の“組織マネジメント”

全国的に深刻な問題になっている保育士不足。低賃金、職場環境や人間関係の難しさ、大切な乳幼児期に関わる重責など、様々な要因からこの状況が引き起こされ、「先生がどんどん辞めていってしまう」、「来年度の保育士が足りない」と多くの保育園や幼稚園の課題となっています。

そんな中、子どもに寄り添う方法(前編)や保育のあり方(後編)について、たっぷりお話してくださった坂本さんが園長を務める「RISSHO KID’S きらり」では、何年も働き続ける職員の姿があるといいます。

なぜきらりでは、辞めないのか。保育者を続けたいと思うのか。
その根底には、ある“考え方”がありました。


職員に目を向けることからはじめよう

保育の業界にもようやく「マネジメント」という考え方が入ってきました。

その中で、僕はここから管理職がマネジメントをきちんとできている職場とできていない職場とで保育の質がはっきりと分かれていく、と思っています。

坂本 喜一郎 (さかもと きいちろう)

社会福祉法人たちばな福祉会 RISSHO KID’S きらり 岡本 園長。
玉川大学、相模女子大学、和泉短期大学、洗足こども短期大学 非常勤講師。一般社団法人 Learning journey(LJ)理事。
「こどももおとなも生きることをとことん楽しめる保育デザイン」をメインテーマに、保育環境・組織マネジメント・保育者養成を研究。
『ヴィジブルな保育記録のススメ』(すずき出版)、『コンパス保育内容「環境」』(建帛社)など、執筆・協力も多数。
趣味はアウトドア全般(磯遊び・登山・サイクリング)、温泉につかり&美味しいものを食べること!

ー 個々の保育者、そしてチームの状態が「保育の質」に影響を与えるということでしょうか。

そうです。極端にいうと、保育園は園長や主任などの管理職員が現場職員を育て、現場職員が子どもを育てるという、二重構造になっていると思うんですよね。

ということは、もし保育がうまくいっていなかったり、子どもたちが自分らしく過ごせていなかったりする状況があれば、保育者の状態もよくない、管理職員と現場職員の関係がうまくいっていない可能性がある。

そこは必ずと言っていいほど関係していますから、管理職員はまずそこに目を向けてほしいなと。


給食後、ミーティングを行う保育者の姿が

実際、管理職員が部下である保育者に対してどう接しているのか、どう信頼しているのかという関係性が、今度はその保育者と子どもの間でもそのまま起こって、それが子ども同士の間でも起こるという連鎖がありますよね。

 つまり、管理職自身が理想に掲げていることをきちんとできていれば現場でもそれを実現できるし、できていなければそれが現場で実現できるわけがないんです。


ー なるほど。具体的に、マネジメントをする管理職の人たちの役割はどんなことだとお考えですか?

いくつかあげると、まず「園の保育理念を実現していくための基盤をつくること」が大切な役割だと考えています。

きらりで言うと、「ひとりの夢が、みんなの夢になる。ひとりの幸せが、みんなの幸せになる」が確実に実現できる基盤をつくること。

だからもし、子どもたちがやりたいことがあるのに、それを言えないような状況があるなら、まず先生たちの間で起こっている課題を改善することから始めます。

具体的にやっていることをあげるとしたら、職員に対して絶対に「NO」とは言わない。その代わりに、「やってみたら!」「きっとうまくいくよ!楽しそうじゃない!」と伝えるんです。それをとにかく徹底しています。

 


ー さらっとおっしゃいましたが、それが結構難しいことなんじゃないかと思うんです。信じていないと「やってみなよ!」とはなかなか言えないですよね。


たしかに、それができないとよく聞きます。なぜかというと、そもそも上司が不安だからなんですよね。
そして「やってみなよ!」の代わりに「大丈夫?」という言葉をまず上司が言いがちになる。前例がないから怖くて、つい言っちゃうんですよね。

でも、やってみようとする人だって勇気が必要なわけですから、そこで「大丈夫?」と言われてしまうと、一歩前には踏み出せなくなっちゃうんですよ。あ、これはやっぱり難しいかな…って。


ー 坂本さんは、先生方が「こんな保育をしたい」「今日は子どもとこれがしたい」と言ってきた時に不安になることはないのですか?

ありますよ!僕だって、本当は不安なんです(笑)。初めてのことはみんな不安。

でも、優先順位が違うんだと思います。「不安」をなくすことを優先するのか、それとも「やりたい」を叶えることを優先するのか。そうしたら、きらりの場合は「やりたいを叶える」ことが根底(理念)にあるわけですから、「大丈夫?」と言うコミュニケーションの仕方はしない、となるわけです。

もちろんそこで不安なことがあれば、「やりながら工夫することが必要だし、困ったことがあればいつでも相談してね」ということは伝えます。でもそれは否定ではないでしょう?いつでも力になるよ、ということです。

 

設立当初はね、職員たちも「本当に“やりたい”をやっていいの?」と半信半疑な感じだったんです。でも「NOを言わない」を徹底して2〜3年くらい過ぎた頃から、「否定されないで、本当になんでもやっていいんだ!」と分かってきて、みんな一気にアクセルを踏み始めるようになったんです。そうしたら、保育も、子どもたちの姿もぐんと変わりました。

ただ、うまくいってなさそうなことがあれば、僕から主任やリーダーに「もしかしたら職員(担任)はこういう点に気づいていないかもしれないから、こんな考え方もあるかもしれないよ、とあなたの言葉でアドバイスしてあげてね」と言うこともあります。


ー 坂本さんからは直接職員に伝えないのですか?

園長が言ったら、それが「答えだ」と思ってしまうでしょう。

もし職員がうまくいっていないことがあると上司に知られると、もうこれ以上は失敗したくない、バレたくないと萎縮しちゃうこともあるから、ただただ僕は知っているけど知らないフリをしますね。

そして改善されてきているなと思ったところで、間髪入れずに褒める。園長と主任、リーダーの中でも、役割はそれぞれできているわけです。


ー 先ほど、2〜3年過ぎた頃から変化が見られるようになってきたというお話がありましたが、徹底してやってきたことが少しずつ園の文化になり、広がっていくのかなと感じました。

それでいうと、今うちの園は8年目なんですけど、ようやく文化になってきたかなという感じがしますね。

僕、ふざけて「園長元気で留守がいい」とよく言うんですけど、実は本気でそう思っているんですよ。園長なんていなくても、保育は回る。園長は肝心な時に決断や判断をする、船が座礁しないようにするためにいる存在で、ようやくそれがきらりでもできるようになってきたなと思っています。

園長、主任、保育者、それぞれに役割があるわけだから、それをきちんと組織としてつくり果たしていくことが大事だなと、日々感じています。


「頑張っているね」ではなく、“正しく”評価する

ー ほかに何か工夫されていることはありますか?

僕、「私、頑張ってます!」って評価にはならないと思っているんですよ。そもそもみんな頑張っているんだから。精神論をどうやって評価したらいいの?って思うわけです。

もちろん、感情を認めることはできます。でも、評価をすることはできないんですよ。数字で表せないし比較できないでしょう、頑張っている気持ちは。だからそこは評価をするのではなくて、たっぷりと共感をする。

じゃあ評価はどこでするのか。それは「自分に与えられた仕事や役割を確実に遂行しているか」というところでみます。だから、職員自身が自分はここで何をするべきなのか、何をどう実現したいのかをきちんとわかっていること。それこそが大切になってくると思います。

 

そしてその時に、管理職が「職員のモチベーションマネジメントをすること」がとっても重要ですね。

どんなに努力をする人であったとしても、その人に見合った役割や目標じゃないと苦しくなってしまうでしょう。だから、職員のことをよく理解して、モチベーションがあがるような役割を適切に設定する、もしくは、努力すれば叶うような役割を設定することが大事だと思うんです。


ー たしかに適切な設定ができていないと、そこに向かって進んでいく方法がわからず前に進めなかったり、途中で挫折してしまうということが起きてしまいそうですね。そして、そうならないためには、まず管理職員が、職員一人ひとりの状況や状態を理解しようとすることが大切な気がしました。

きらりでは、職員理解を深めるためにも、年度始めに「ライフデザイン」というものを立ててもらうんですよ。その年に自分はどんなことをやるのか、何をしたいのか書いてもらって、それも参考にしながらポジションや役割をこちら側も設定しているんです。

でもこの時気をつけたいのが、管理職がなんでも設定して与えてしまわないこと。モチベーションが上がるような選択を職員自身ができる“仕組み”をつくることもしないといけないと思うんです。


ー 仕組みをつくる、ですか。

たとえば、きらりでは「ライフデザイン」を立てる時に、研修計画も自分で考えてもらうんだけど、その結果が評価に繋がる「研究手当」というものを実験的に始めています。

何かというと、前年度の自分の研修計画に対してどれだけ遂行できたかを、職員たちに手当として還元するもので、換算の仕方もちょっと工夫していて。

勤務時間内に行った研修は、そもそも仕事ですから、研修時間1時間に対して研究時間も1時間とカウント。でも休日や平日勤務が終わってからいく研修は、自分のプライベートの時間を削っていくわけですから、研修時間1時間に対して、研究時間は3時間としてカウントするんです。

だから、仕事でいった研修3時間は研究時間3時間にしかならないけど、休みを活用していくと、9時間に相当する。それが翌年の研究手当に反映されるんです。


ー ちなみに… 研究手当はいくらつくんですか?

一番低い人で月に5000円。去年の実績(前歴)がないので、新人も5000円です。でも一番高い人だと、12500円になります。月7500円(の差)、累積すると1年で9万円くらい違う。

そんなに差があるのと思う人もいるかもしれませんが、一人のプロとして専門性を磨く努力をどのように行ったのか、それは評価されるべきだなと思っています。

今後は「運転手当」というのも始めてみようかなと思っているんです。保育のなかで小型車を運転する人、園バスをいつでも運転する人は、そこに手当をつけましょうと。

なんでもいいからいろんな役割、評価が混在して、あなたの努力や特性が正しく評価されるというシステムを作っていくべき。もっとそれぞれの個性に反映されるものがあるといいなと思いながら、日々試行錯誤しています。


大人の状態が子どもに影響する

ー 最後に、同じように園長や主任、リーダーなどの管理職をされている方にメッセージがあればお願いします。

保育者のみなさんは、最初、保育という仕事に夢や憧れを持っていたと思うんです。「保育の仕事がしたい。なぜなら…」と、きっとそれぞれに理由があって、この仕事を選んだはず。

僕たち管理職は、そこを蔑ろにしてはいけないと思います。上司の思うように働く部下を育てるんじゃなくて、夢があって入ってきているんだから、それが実現できるように応援して、この仕事って面白いと感じてもらえるような環境を整えていくことをしたいなと思うんです。

だから、ピアノを弾きなさい、製作の準備をしなさい、あれも、これもできなくちゃいけないではなくて。まずは管理職が職員の夢を認めて、応援して、本人が自信がついてその上で「もっとこれもできるようになりたい」と思った時に、「よし、ピアノもやってみようかな」と努力をするようになるものではないでしょうか。順番を間違えないようにしたいなと、僕自身思っています。

そして、繰り返しになりますが、「大人の状態が子どもに影響を与える」ということを忘れちゃいけない。

まずは先生たちがお互いを大切にする。その姿を子どもたちは見ていて、自然とそういう関わりを素敵だと思い他者とするようになっていくのですから。




インタビュー・文:三輪 ひかり
写真:雨宮 みなみ



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