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「自由は自由じゃないこともある」元気キッズチルズの子ども理解と眼差し。

三輪ひかり
掲載日:2024/08/02
「自由は自由じゃないこともある」元気キッズチルズの子ども理解と眼差し。

埼玉県朝霞市にある保育型 発達支援センター「元気キッズ チルズ」。

前編では、元気キッズ チルズの生活や環境の工夫を中心にお届けしました。

後編では、元気キッズ チルズの保育はどんな想いから成り立っているのか、施設長の平野由美子さんと保育士の丸山菜月さんのお話をお届けします。

平野由美子さん:株式会社SHUHARI児童発達支援部部長、児童発達支援センター元気キッズチルズ施設長。一般企業への就職後、児童福祉業界へ転職。その持ち前の明るさや行動力で、その子にとって最善は何かを常に考え支援を行う。株式会社SHUHARIでは児童発達支援部の部長を務め、だれからも頼られる存在。

丸山菜月さん:株式会社SHUHARI 児童発達支援センター元気キッズチルズ 保育士。成人入所施設や児童入所施設にて経験をつむ。児童だけでなく成人への支援経験から、若手ながらも子どもたちへの長期的視野での支援を目指し活躍している。

チルズの特徴は?

平野さん:
大きな特徴の一つは、いろんなバックグラウンドを持った職員がいることです。保育士経験がある人はもちろん、小・中学校で生活支援員をやっていた人や就労支援をしていた人、丸山さんみたいに入居型の施設で働いていた経験がある人もいるので、乳幼児期以降、チルズを卒園した後に子どもたちがどうなっていくのか、その先の姿を知っている職員がいるのはとても心強いなと思っています。小学生、中学生、大人になった時にこういう姿や課題があったという経験から、今こういうことに取り組むことで将来その課題が少しでも改善するのではないかと取り組むこともあるんですよ。


施設長の平野さん

丸山さん:
言語聴覚士や作業療法士、理学療法士、心理士など、いろんな専門職の方がいるのも大きいですよね。いつでも相談ができるし、保育室に見に来てくださったりするので、普段の子どもの様子を一緒に見てもらえるのは大きいなと思います。

平野さん:
子どもの成長を信じて疑わずにアプローチができる保育士と、子どもの成長をいい意味で課題を感じながら見守れる専門職の両方がいるというのはチルズの強みだよね。アドバイスをもらったことをどう保育に取り入れていくのかは難しい部分でもあるけれど、互いに意見を出し合えたり、共に子どもの育ちを見守ったりすることができたら、それは子どもにとってもいいだろうなと思っています。

たとえば、決まったマグでしか飲み物を飲まない子がいるんですけど、マグ以外でも飲めるようになるにはどうすればいいのかリハの先生(言語聴覚士や作業療法士、理学療法士、心理士の総称)と相談したんです。それで、マグのストローを少しずつ短くしたらそのうち飲めるようになるんじゃないかという話になって、保護者の方に了承を得てから本人に気づかれないように、5ミリずつ短くする、ということを試してみました。

短くなると舌の上にストローが乗らなくなるから、今までよりも唇に力を入れて吸わないといけなくなるんですけど、本人の頑張りもあって短くても飲めるようになっていき、次のステップとしてシリコン製のストローから市販のプラスチックのストローにする、そのストローでも飲めるようになったら次はコップを違うものにするというようにしていきました。

その過程でも、リハの先生は「この素材が嫌なら違う素材のストローを選ぼうか」というような環境の調整の提案や知識を共有してくれるので、それを参考に私たちも使うものを選んだり、逆にそういう提案があっても、毎日長い時間過ごしてる中での繋がりが子どもと私たち保育士の間にあるので「いや、これでいける!ちょっとやってみよう!」と、関係性でグッと前に進めることもあって、その両方があることが良く作用した出来事だったと思います。その子、最終的にコップの縁に下唇がちゃんとつくようになったんですよ。

子どもとの関わりで大切にしていること

平野さん:
本人に伝わっているかという視点を持つことを大切にしています。何かをうまくできた時に「すごいね」「上手」と声をかけたり、拍手をしたりしてしまいがちですけど、本人に伝わっているかということを考えると「すごいね」という言葉も拍手もいらない可能性もあるんですよね。

目があった時に「うん」と頷いてみせるだけでも本人がすごく喜んでくれたらそれでいい気もするし、ただぎゅーっとハグするだけで良い場合もある。本人に本当に伝わっているのかなというところに着目したいなと思っています。

丸山さん:
困った行動があると、そこに対してどう対応するといいのかはっきりした答えが欲しくなってしまいがちですが、その場面だけを切り取るのではなく前後関係をしっかり見ることが大切だなと思っています。というのも、その子が怒るというアクションを起こした出来事よりも前に実はイライラすることがあって、その場面ではなんとか頑張って気持ちを抑えていたんだけれどやっぱり尾を引いていたということも結構あったりするんですよね。

あとは、その時困った行動をカバーしたからといって、その後も同じように全てが上手くいくわけではないので、長い目でその子の育ちを見ることが大切だなと思って関わっています。


丸山さん

平野さん:
今、保育園や幼稚園では子どもの主体性を大切にした自由保育が主流になってきていると思うんですけど、私たちチルズがやっていることってもしかしたら真逆なところにあって、「やらなきゃいけないルールをいかに自然と守れるか」を重視しているんです。

たとえば、保育園や幼稚園の先生方が視察にいらしたときに椅子を出して座っているのを見て、「うちの園は、全員が椅子に座らなくちゃいけないとは思っていないんですよね」とおっしゃる方もいたりします。気持ちはわかるんですけど、そういう時はわかりやすく椅子がある時の子どもの姿と、椅子ではなくゴザやマットの上に座ってもらう時の子どもの姿を見てもらうんです。そうすると、椅子がなく座る場合は、やっぱり場所がわからないので、わちゃつくし、寝っ転がるし、なんなら来ない子もでてくる。

つまり、子どものために椅子があるんですよね。大人がやらせたくて椅子に座らせるのではなく、椅子があることが子どもにとってわかりやすくて、子ども目線で見た時に椅子は必要。これが環境設定ですというようなことをお伝えしたりもするんです。

好きなタイミングで好きなことをやっていいよって、自閉傾向が強ければ強いほど過ごしにくい。何をやるのかがわかりやすかったり、次にこれが来るんだとわかってる方が安心して過ごせる子どもたちにとって、自由は自由じゃないということも忘れずにいたいなと思います。

保護者との連携やコミュニケーションで大切にしていること

丸山さん:
以前私が勤めていた入所型の施設だと、一日を通して子どもと関わったり様子を見ることができました。でも、ここでは限られた時間の中で子どもの育ちを見ることになるので、朝登園して来た時にまず保護者の方にお家での様子をしっかりと聞くということを大事にしています。

平野さん:
保護者の方と信頼関係をしっかりと築くことを大切にしています。

実は、チルズに初めて来た時に、「家では困っていないんだけれど、園の先生に療育に行くように勧められた」と戸惑っていらっしゃる保護者の方がすごく多いんです。「早期療育」という言葉もあるので、園の先生や周りにいる人は親切な気持ちで、療育へなるべく早く行くことを勧めることがあると思うんですけど、この間参加した研修で「早期療育ではなく、保護者が困った時に療育が必要なんだ」とおっしゃっているドクターがいて、本当におっしゃる通りだなと思いました。

なので、保護者の意向に反するようなことは最初は伝えず、今どのようなお気持ちなのかということをしっかり把握することからはじめるようにしています。まずは保護者の方の気持ちに共感しながら、ひたすらお話を重ねる。もちろん通っていく中で課題の共有もしますけど、7割ぐらいは「できたね、嬉しいね、ここ伸びたね」と、その子の成長を共に喜んでいます。

そうすると、家では困っていないとおっしゃっていた方でも「実は家でこんなことに困っていたんだ」という困りごとや「実はこういうことが過去にあったんです」とその子やご家庭の背景を教えてくれるようになるんです。そこでようやく、「こんなことをこんなふうにしていきませんか」とご家庭でもやってほしいことを小出しに伝えていったりします。

あとチルズでは、クラス名を毎年変えているんです。というのも、クラスを特性別で分けている関係上、保護者の方に「今年はここのクラスだったけど来年はこのクラスになります」とお伝えした時に、やっぱりがっかりされる方もいらっしゃるんですよね。その時に、決められたクラスだと上がり下がりを意識してしまいやすくなると思ったので、毎年ガラッと変えちゃうことにしました。来年は寿司ネタにする予定なんです。卵とイクラとサーモンとエビ。子どもたちに「お寿司屋さんに行ったら何食べる?」と聞いてみたら、この4品が人気が高かったので。

「夢」を教えてください。

平野さん :
最終的な本当のゴールは、療育施設がなくなることだと思っています。一般の保育園、幼稚園でもチルズの子たちが過ごせるような環境が整えられたり、この子たちに対応できるような職員もいるような園になっていくといいなと。

保護者の方のお話を聞くと、「健常のお子さんと遊ぶ機会がほしい」という気持ちを伝えてくれることがあります。正直、大きくなればなるほど、だんだんと限定されたコミュニティの中のみで生活するようなシステムになっているのが今の社会の現状です。そう考えた時に、せめてこの乳幼児期という時期に、みんなで過ごせるのが一番の理想かなと思っています。

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撮影:雨宮 みなみ

この記事の連載

「子どもたちには人生を楽しんでほしい」ー元気キッズ チルズ(埼玉県朝霞市)

「子どもたちには人生を楽しんでほしい」ー元気キッズ チルズ(埼玉県朝霞市)

今回訪れたのは、埼玉県朝霞市にある児童発達支援センター「元気キッズ チルズ」。
株式会社SHUHARIが運営する元気キッズグループの発達支援施設の一つで、地域の児童発達支援センターの役割も担っています。

“どんなGENKIもうけとめよう”ということをコンセプトに、アクティブな元気だけではなく、見た目には静かでも心に灯っている気持ちなども“元気”と総称してそれぞれの個性を大事にしていて、子どもが元気であるために、保護者の“元気”や、子どもと保護者を支える職員自身の“元気”も大事にしているのだそう。
その背景には、どんな想いや取り組みがあるのでしょうか。

施設の見学とインタビューを通して、たっぷりとお届けします。