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子どもの気持ちに寄り添う ~Mちゃんの変化を見つめて~第57回「わたしの保育記録」佳作〜

新 幼児と保育
掲載日:2022/07/01
子どもの気持ちに寄り添う ~Mちゃんの変化を見つめて~第57回「わたしの保育記録」佳作〜
第57回「わたしの保育記録」応募作品の中から、佳作を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです)

(乳児部門)
子どもの気持ちに寄り添う~Mちゃんの変化を見つめて~
認定こども園七松幼稚園(兵庫・尼崎市)
髙木ゆう子

Mちゃんとの出会い

今年度(2021年度、編集部注)、私の担当は1歳児クラス低月齢の7名。その中の一人にMちゃんもいた。

Mちゃんは令和2年1月生まれ。当時私はMちゃんの兄の担任をしており、生まれて1か月程経った頃、母親に抱っこされて兄の送迎に来ていたMちゃんと初対面を済ませていた。

あれから1年が経ち、今度は弟のMちゃんの担任になったわけだが、Mちゃんにとって私は当然「知らない人」。朝の受け入れ時に母親から預かると、〝抱っこして欲しいのはこの人じゃない!〞と言わんばかりに手足を突っ張り、体をのけ反らせて大声で泣いていた。

そのうち、部屋に入って来るや否や、まだ母親の抱っこ紐の中にいるにも拘わらず、うわーんと泣くようになった。泣いているのはもちろんMちゃんだけではない。どの子どもも皆、不安な気持ちを泣き叫ぶことでアピールする日々が続き、もう一人の担任である1年目のK先生は途方に暮れた表情を見せていた。「大丈夫! もう少し日にちが経てば落ち着くからね!」と励ましつつ、自分にもそう言い聞かせていたのだった。

Mちゃんの隠れ家

涙とよだれまみれになりながら、精一杯泣いていたMちゃんであったが、3週間を過ぎるころ、受け入れ後に泣く時間が少しずつ短くなっていき、次第に保育者の抱っこからも離れられるようになっていった。

そんなある日、ふとMちゃんの姿を探すと、ベッド庫とついたての間にできた半畳程のスペースに身を潜めるように座っていることに気づいた。翌日も、そのまた翌日も、そこに座っていることが多くなった。隠れ家のようなその場所で何をするわけでもなく、ただじっと、部屋の様子や友達の様子を眺めている。私はMちゃんに向かって、「ここにいたのね。いい場所見つけたね〜」と声をかけた。Mちゃんは表情を変えず、じっと私を見つめ返していた。

『隠れ家』で遊ぶMちゃんと友達。

イエスの気持ち

Mちゃんの兄は、車のおもちゃで遊ぶのが大好きだったことを思い出し、Mちゃんにも車を手渡してみた。この時も表情は変えなかったが、車に手を伸ばしてくれた。Mちゃんは入園して以降、笑顔を見せてくれたことはなく、泣き声以外に声を発したこともなかった。しかし、嫌な時はイヤイヤと首を振ることがわかったので、表情を変えずにじっと私の目を見るのは、Mちゃんにとって「イエス」という意味なのではないかと思い始めていた。

もうひとつ気づいたことがある。クラスの枠を超えて、0歳児と1歳の低月齢児が合同で遊び、複数の保育者と共に過ごす時間帯があるのだが、Mちゃんが『隠れ家』にいるのは、その合同の時間が多い気がした。案の定、合同の時間が終わって0歳児とその担任が隣の部屋へ移動していくと、Mちゃんは『隠れ家』から出てくるようになった。Mちゃんは、人数が多い状況が苦手なのではないか。そう思った私は、少人数になった時だけ「これで遊んでみる?」と誘いかけ、人数が多い時間帯にMちゃんが『隠れ家』にいる時には〝ちゃんと見てるよ〞という視線を送るだけにした。

Mちゃんに視線を送ると、たいてい目が合った。きっとMちゃんも〝先生何してるのかな?〞と、私の姿を目で追ってくれているのだと感じた。 

電車のおもちゃで遊ぶMちゃん。

隠れ家は大人気

そんなMちゃんのお気に入りの『隠れ家』だが、他の子ども達の目に留まらないわけがない。Mちゃんが入っていると、次第に他の子ども達も真似をして入るようになった。時には二人、三人……と入っていくので、Mちゃんが押しつぶされないかと心配して覗いてみると、Mちゃんは少し迷惑そうな顔をしながらも、入ってきた友達の様子をまたそこでじっと見ているのだった。

ある日もまた、『隠れ家』は少々密であった。誰か出てきて欲しいなぁと思い、私は『隠れ家』に向かって「いないいない……ばぁ!」と仕掛けてみた。早速一人の子どもがうれしそうに「ばぁ!」と応じ、続いてもう一人も「ばぁ!」と顔を出して、きゃっきゃっと笑いながら出てきてくれた。そうして、入れ替わり立ち替わり、みんなが出たり入ったりして、『隠れ家』は大人気となった。

Mちゃんは相変わらず『隠れ家』にいる時間が多かったが、表情が少し明るくなってきたような気がした。友だちが『隠れ家』に入ってきたことで窮屈な思いもするが、同時に、「自分以外の存在がいるんだな」「オトモダチっていうんだな」という気づきに繋がったのではないだろうか。

焦らない、焦らない……

ある日Mちゃんに、チェーンのおもちゃとボトルを渡してみた。他の子どもがチェーンをボトルに入れて遊ぶ様子を、Mちゃんは『隠れ家』からじっと見ていたように思ったからだ。Mちゃんはこれまた表情を変えなかったが、私の手からチェーンを受け取ると、迷うことなくボトルに入れようと試みた。「やっぱり!」。私はうれしくなった。Mちゃんはただただ『隠れ家』でぼーっと座っているのではない。あれは何かな? どうやって遊ぶのかな? と、確実に「観察」していたのだ!

その日から、私はますますMちゃんの視線が気になっていった。今何を見ているかな? 〇〇ちゃんが遊んでいるのを観察しているみたいだな……と、Mちゃんが関心を持つ事は何なのか知りたくて、こちらも観察する日々が続いた。

Mちゃんの表情から、これはいけそうだ! と思ってMちゃんを『隠れ家』から誘い出し、他の子どもが遊んでいるそばへ連れて行き、一緒に遊んでみたりもした。Mちゃんがおもちゃを手に取り遊び始めたので、よし! と思ったのも束の間、ちょっと目を離した隙にMちゃんは『隠れ家』に戻っているのだった。いつの間にか他の子どもは別の遊びに移り、Mちゃんが部屋の真ん中で急にうわーんと泣いてしまったこともあった。

やはり無理強いはいけない。「Mちゃんが自らの意思で動く」ことが重要なのだ。私は、焦らない! と心に決めた。

チェーンをボトルに入れようと集中するMちゃん。

お気に入りの遊びが見つかった!

Mちゃんが『隠れ家』にいる時間が少しずつ減っていったのは、それから数週間経った頃だろうか。私が渡さなくとも、自らチェーンとボトルを手に取って遊ぶ姿が見られるようになっていた。

そんなある日、Mちゃんはいつにも増してチェーン遊びに夢中になっていた。私は少し離れたところでその様子を見ていた。何度かチャレンジするうちに、ジャラ! という音と共に、とうとうチェーンがボトルに入ったのだ。Mちゃんはパッと顔を上げ、その瞬間私と目が合った。「すごいねMちゃん! 入ったね!」と私が拍手すると、Mちゃんはニコっと微笑み、自分でも手をパチパチと叩いたのだった。

それからというもの、Mちゃんはチェーン遊びの他にも様々な遊びに興味を持つようになった。『だるまさんシリーズ』の絵本を読み聞かせると、初めて声を出して笑ってくれた。ダンゴムシを見せてみると、真剣な顔で見つめた後、小さな指でダンゴムシを捕まえようと必死に追いかけた。鉄棒にぶら下がり、両足を持ち上げて「ほら! すごいでしょ!」と言わんばかりに得意顔を見せてくれた。『隠れ家』でじーっとしていた頃には想像もしなかった姿ばかりである。

不安でいっぱいだった心を少しだけ穏やかにしてくれる場所を見つけたMちゃん。そこでゆっくりと観察を続け、勇気を出して、自ら「外の世界」へ一歩踏み出したのだ。Mちゃんはもう大丈夫! 私はそう確信した。

終わりに

たとえ子どもと関わる仕事に何年携わっていようとも、たとえ子育て経験があろうとも、毎年担当をする子ども達とは新たな出会いであり、ゼロからのスタートである。特に言葉でのコミュニケーションが未発達な乳児期の子ども達と信頼関係を築くためにはどうすればよいか。私は、「視線を合わせること」が大切なのではないかと思う。

Mちゃんがまだ『隠れ家』にいる時間が長かった頃、よくMちゃんからの視線を感じた。泣いて泣いて、まだ心を開いてはいないけれど、「この先生はボクのことちゃんと見てくれてるかな? 信じていい人かな?」と、私を試してくれていたのかも知れない。

コロナ禍でマスクをしたままの保育が続く今、目しか見せることができないからこそ、なおさらしっかりと視線を合わせ、これからも子ども達と心を通わせていきたい。

友達との関わりも少しずつ増えてきた。

講評

神長美津子(大阪総合保育大学特任教授)
この作品は、Mの表情の変化や視線の先を追いながら、Mにとっての「隠れ家」の意味を問い、安定に向かうMの心の揺れ動きをとらえています。

入園当初は、Mは隠れ家で身を潜めるようにすわっていました。そこは見知らぬ園環境の中で、しばし気を休めることができる場です。次の段階では、合同保育の時間になると隠れ家に入っています。いつもと違う雰囲気の中で、隠れ家は落ち着く場を求めて逃げ込むところです。

さらに、隠れ家から外を「観察」する姿は、ようやく安定の場を得て「外の世界」に関心を持ち始めている姿です。まさに、保育記録を通して子ども理解を深め、保育者としてのかかわりを振り返りつつ、子どもの心の動きに応じようとする姿勢を読み取ることができます。

受賞のことば

 

このたびは、このような賞をいただき、ありがとうございます。まだ言葉でのやり取りが難しい1歳児ですが、「なんだろう?」「やってみたい!」という表情を見せてくれたときはそれを見逃さず、好奇心や意欲の芽を伸ばしていきたい。そう思いながら日々の保育を行っています。

しかし、自分の気持ちをあまり表に出さず、部屋の隅でじっとしている子どもに対しては、どのようなかかわりができるのか……。保育記録を書くことで、自分の保育を見つめ直すよい機会となりました。

今回はMちゃんにスポットを当てて書きましたが、どの子どもにも日々変化があり、物語があります。そんな一人ひとりの成長に向き合える喜びを感じながら、これからも温かなまなざしと心で、子どもたちに寄り添っていきたいと思います。

写真提供/認定こども園七松幼稚園

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