保育と遊びのプラットフォーム[ほいくる]

「“時間・空間・ヒト・モノ”で保育を考える」—くらき永田保育園(神奈川県 横浜市)

三輪ひかり
掲載日:2017/08/03

インタビュー

お話をお伺いしたのは、子どもを見守る視線の温かさが印象的だった、園長の鈴木 八朗さん。

園長の鈴木八朗さんの写真

「くらき永田保育園」の特徴はどんなところ?

お話をする園長先生と子どもたちの様子

「誰もがみんな安心してこの場にいれる」ということを大事にしていることだと思います。

15年前園を立ち上げる時に、初めて保育の世界に入って、正直びっくりしたんです。「片付けなさい!」とか「さっき言ったでしょ」とか、大人の命令で子どもたちを動かす場面があまりに多くて、すごく違和感を感じました。

ぼくはこの仕事に就くまで、母子生活支援施設で虐待を受けた子どもや夫の暴力から逃れてきた母子の心身のケアの仕事をしていたんですけど、そこで今までぼくが接してきた子どもたちを、こんなところには通わせたくないなと思ったんですよね。

だから、大前提として、安心して子どもたちが来られる園でありたい。そしてそのために、やらせる保育ではなくて、「見守る保育」をすることを大切にしようと思いました。

例えば、園を見てもらって感じたかもしれないですけど、先生たちの声全然聞こえなかったでしょ?

これは見守る保育をする上で大事にしている、“見守り12か条”というものの一つでもあるんですが、子どもたちにとって大人の声って、行動を左右されやすい、集中力の妨げになることもあるほどの大きな環境の一つで。

だからくらき永田保育園では、「声は飛ばさす、手渡しで」という意識で、保育者たちは子どもに何か伝えたいときがある時は、必ず子どもの側にいってから話をするようにしているんです。

印象に残っている「くらき永田保育園」らしいエピソードは?

手作り納豆を作る先生と子どもたちの様子
こたつの中で納豆を作った時の一場面

ある日、ひとりの子が「えんちょうせんせい、たねとまめのちがいってなに?」って聞いてきたんです。

でもぼくそれにうまく答えられなくて、一緒になんなんだろうって調べてみたんだけど、それでもよく分からないってことがあって。

そこで、普段からお世話になっている農家の鈴木さんという方に聞いてみよう、と。そうしたら、「種も豆も一緒だよ。人間はね、色んな種を主食に生きているって知ってた?お米やパン、麺や大豆も全部種なんだよ」って教えてくれたんです。

そこから子どもたちの興味が、大豆に移っていって…。協力いただけるお家を巻き込んで、大豆の栽培をしてみたり、その大豆を醤油や納豆にするにはどうすればいいんだろうって、工場まで保育士が研修に行ったりして(笑)、予期していなかった方向にどんどん物語が広がっていったんですよ。

保育を保育の中だけで完結しないで、関係する人たちと繋がっていったからこそ起きたことだなと思うと、くらき永田保育園らしい出来事だったなと感じています。

「おもちゃ」や「遊び」で大事にしていることってなに?

積み木の写真

おもちゃって、子どもが出会う初めての文化財だと思うんです。

だから保育士は、子どもに目を向けることも大事だけど、おもちゃや絵本にもきちんと目を向けて、初めて出会う文化財としてどう子どもたちに届けるかということを考えなきゃいけないと思っています。

ぼくも知ったときにはびっくりしたけど、とある大きなおもちゃ屋さんでは、今年販売されている商品の95%が来年はもう売られないんだって。

つまり、伝承するおもちゃが全然なくて、キャラクターのものとか消費されていくものが多いということなんですよね。

おもちゃだけじゃなくて、遊びもそうで、「おれも小さいときこれやってたよ!」という言葉一つで通じていた遊びが、今は通じなくなってきている。

だからこそ、どんなおもちゃや遊びと子どもが出会うような環境を作っていくのかは、とても大事にしています。

子どもがしてほしくない遊び方をしていたら、どうする?

子どもたちの全ての発達は、遊びを通して育まれるなと思っていて。

例えば乳児さんが、何でもかんでも投げて、困るなぁって時期とかあると思うんですけど、それはつまりその行為を獲得したい時期なんだということなんですよね。

だから、「投げちゃダメ!」で終わらせるんじゃなくて、投げられる場所を作る、投げられるものを用意してあげるようにしています。

棚に並んだ手作りおもちゃの写真
子どもたちのやりたい!が繰り返し行える「手作りおもちゃ」がたくさん

園庭にある遊具も「危険だから」の一言で、子どものやりたいという意欲を片付けるようなことはしたくないなと思っていて。

子どもたちが予期しないところで起きてしまうような危険(ハザード)をどうすればなくせるかということをきちんと考え、環境を作ることで、子どもたちは高さが2m50cmもあるところからバシバシ飛び降りられる(笑)、ということを保障できました。

2m50cmの遊具から飛び降りる男の子
2m50cmの高さからジャンプをする男の子


今子どもが獲得したいと思っているものを、体現させてくれるのがおもちゃや遊び。

だから「音楽の時間とかで1回やったらそれでいいよね」とかじゃなくて、何回も繰り返し、失敗でさえ保証してあげられる、「時間、空間、モノ」が大事だと思います。

その中で、保育者の役割は?

3人の園児の面倒をみる先生の様子

東大の遠藤先生(※1)も仰っていることだけど「情緒的利用可能性」であることが保育士の役割だと思います。

子どもたちが、本当に困ったとき、初めて何かをするので怖いときとかに、ピタッとくっつくことができたり、「できないです」って堂々と困っていると言える相手であること。そしてその時にすぐ動いてあげられる存在でありたいなぁと。

※1: 東京大学大学院教授 遠藤俊彦先生。専門は発達心理学

くらき永田保育園の考える「保育」とは?

先生と多くの園児が活動する教室内全体の様子

保育は、まるごとだなと思います。

どうしても、体育の時間とか◯◯ができるようになる時間というふうにと時間や空間を一部分だけ切り取って考えてしまいがちになったり、子どもばかりに目がむいて、子どもを変えようとしてしまいそうになるけど、保育は「時間・空間・モノ・ヒト」がぴたっと揃って初めて成り立つもの。

だから、いろんな視点からまるごと捉えることが、子どもの健やかな育ちや、自分で自己決定をして意欲的に日々送れることに繋がっていくと思っています。

くらき永田保育園の「夢」とは?

園庭で遊ぶ子どもたちの様子

街を豊かにしていきたいですね。

特定の人だけで子どもを育てるんじゃなくて、もっと街全体、地域全体で子どもが育てられるようになっていきたい。

子どもたちにとっても、保育園は生活の一部分でしかないので、園外で起こった出来事も含めて、彼らの子ども時代が豊かな楽しいものになってほしいなと思います。

街をいい街にすることが子どもの未来にも繋がる。
その中のひとつという意識で、これからもくらき永田保育園も在り続けたいです。


◆基本情報
名称:くらき永田保育園
運営:社会福祉法人久良岐母子福祉会
住所:〒232-0072神奈川県横浜市南区永田東2-5-8
http://www.kurakids.ed.jp

沢山の赤い実をつけた木の写真


取材・文・写真 三輪ひかり

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